Photo & Essay

◎  堀切菖蒲園(2) 


堀切菖蒲園に同行したUさんは
園内に入るなり
「ここの管理は素晴らしい!」と言いました。
昨日の花殻が綺麗に摘み取られていることを
褒めているというのが
私の理解でしたから
「そうだね」と応じました。

あまりの暑さに
屋根の下で休憩した時
Uさんが説明してくれました。
以下はその受け売りです。

花菖蒲は植えて4〜5年すると株が大きくなって
中心部が枯れてきます。
花も小さくなってきます。
観賞に堪えなくなります。

そうなる前に抜いて株分けをします。
抜くのは
株が大きくて根が深いから大変な作業です。
分けた株を今抜いたところに戻すのでありません。
土を代えなければいけません。
だから綺麗に咲いている菖蒲園は
ものすごい人手が掛かっているのです。


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◎  堀切菖蒲園(1) 


奈良の旅の第1日目が終わったところで
6月9日快晴〜真夏日に行った
堀切菖蒲園の写真を数回掲載します。

ウィキペディアによれば
室町時代に堀切村で花菖蒲の栽培が始まり
江戸時代には「江戸百景」に数えられ
名所案内や紀行文、鈴木晴信・歌川広重の浮世絵に登場。
昭和34年に堀切園を東京都が購入
東京都立堀切菖蒲園として公開。
昭和50年葛飾区に移管。

とのことです。

高名なこの菖蒲園に
初めて行ってみました。


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◎  夜の散歩(2) 


夕食後の散歩の続きです。


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酒場

通り掛かったら
ウエスタン調の女性店員が姿を見せました。


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のぞき穴

薄色の小さな文字を読むと

気になったらのぞき穴。
気に入ったらどうぞ中へ。

と書いてあります。
私は気になったので撮りました。


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細い路地

ここを抜けて行くとホテル前の道に出ます。


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ホテルはもうすぐです。
夜更けの感じですが8時ちょっと過ぎです。

おやすみなさい。

◎  夜の散歩(1) 


猿沢池を見た後は夕食です。
食後夜景を撮りながら帰りました。


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三条通り

この後夕食でした。


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信号待ち

8時頃です。


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ビルの窓

半月が2個写っています。
本当の月も入れて3個撮りたかったのですが
あまり小さくなるので2個で我慢しました。


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街灯

◎  猿沢池 


奈良の繁華街である三条通りの東の果てに
猿沢池があります。
なぜかこの池が好きで
奈良へ来ると必ずここへ来て
池に映る興福寺の五重の塔を眺めます。


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猿沢池に到着


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興福寺南円堂


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興福寺五重塔


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池の対岸のホテル

近づいてみると結婚披露宴が行われているようでした。
大安でありませんが日曜日です。

◎  夕暮れの散歩 


新幹線でお昼頃京都について
奈良へ向う途中
黄檗駅で降りて萬福寺
宇治駅で降りて平等院
2箇所も途中下車した後
ようやくJR奈良駅に到着しました。

今回の宿は近鉄奈良駅のすぐそばです。
わずかな距離ですがくたびれたので
バスで近鉄奈良駅まで行って
ホテルにチェックインしました。

ひと休みの後
夕食がてらカメラを持ってホテルを出ました。


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午後7時近く
奈良の街も黄昏かけています。


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外が薄暗いから
店先の照明が明るく見えます。


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修学旅行の中高生相手のお土産屋さんですが
もう彼らの姿はありません。
間も無く閉店です。


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猿沢池まで来ました。
奈良町への細い道です。
宿へ帰るのか
夕食の場所を探しているのか
三々五々と人の姿が・・・


◎  宇治川 


帰り道では
宇治橋まで行き
宇治川を眺めたりしました。


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宇治橋

下を流れるのはもちろん宇治川。
この川は
大津市で琵琶湖から流れ出て瀬田川と呼ばれ
京都府に入るあたりで宇治川と名を変え
さらに京都府と大阪府の境界付近で桂川・木津川と合流して
淀川になるそうです。


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宇治橋欄干の擬宝珠と柳


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宇治橋からの眺め(下流)

赤い橋(朝霧橋)と手前右の小さな橋との間に
宇治川先陣の碑があるそうです。

寿永3年(1184)木曽義仲と源義経が宇治川で戦いましたが
雨で水嵩の増した宇治川の急流を
義経軍の梶原景季と佐々木高綱が
それぞれ名馬にまたがって先陣を争い
高綱が先陣の名乗りを上げたそうです。


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紫式部像

無骨な先陣争いの後は優雅な「源氏物語」です。
宇治橋のたもとに紫式部の像があります。

像の手前に「夢浮橋之古蹟」と書かれた石碑があります。
これについての説明板がありましたので下記します。

『源氏物語と宇治』
「源氏物語」は十一世紀初めころ作られた長編小説です。
作者は藤原彰子に仕えた女房紫式部であると伝えられています。
物語は全部で五十四帖(巻)からなります。
このうち最後の十帖は
光源氏の息子薫や孫の匂宮と宇治に住む三姉妹との実らぬ恋の物語で
特に「宇治十帖」と呼びます。
「橋姫」で始まり
「夢浮橋」でおわる「宇治十帖」には
朝霧にけむる宇治川の流れが不可欠でした。
「源氏物語」は実話でありませんが
いつの頃からか
物語の舞台はここであってほしいという人々の思いによって
宇治川周辺に宇治十帖の古跡が作られました。
今古跡を訪ねることで
遠く王朝文学の世界をしのぶことができます。


◎  平等院(3) 


鳳翔館(宝物館)に入って
お宝を見て
鳳凰堂の裏側の小道を歩いて
表門に戻りました。


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鳳凰堂背面

中央上部は中堂
手前右は尾廊です。

鳳凰堂は
阿弥陀如来を安置する中堂を中心にして
その左右に翼廊
背後に尾廊が配置されています。
高いところから見れば鳳凰の姿に見えるのでしょう。


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景勝院

鳳凰堂背後にある平等院の塔頭です。


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樹影

白壁の中に入ってみると
松の陰が綺麗で
塀の向こうに鳳凰堂左翼の屋根が見えました。


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景勝院玄関


これで境内をひと巡りしたことになり
門を出て
来た道を宇治駅まで戻りました。

◎  平等院(2) 


鳳凰堂の前の阿字池に沿って歩きましたが
何故か正面の全景が撮ってありません。

正面からの全景を
もし見たいと思う方がおられたら
10円玉を見て下さい。


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鳳凰堂斜め全景


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鳳凰(南側)


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鳳凰(北側)


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鳳凰堂右翼側面

◎  平等院(1) 


平等院に到着しました。
萬福寺と違って
拝観券を買うのに行列の後に並ばなければいけません。


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観音堂

門を入るとすぐあります。
手入れの良い松と白壁と・・・


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観音堂の屋根

「天平の甍」かと思って撮りましたが
調べて見ると
鎌倉時代前期の建物らしいです。
しかし「天平以来の格式高い様式に倣っています」と
お寺のHPに書いてありますから
天平の面影は残しているのでしょう。


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鳳凰堂全景

平等院は永承7年(1052)
関白藤原頼道によって父道永の別荘を寺院に改め創建されました。
その翌年の天喜元年(1053)に阿弥陀堂が建立され
その建物が現在鳳凰堂と呼ばれている。

(パンフレットから)


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中堂

ここには
定朝作の阿弥陀如来像(国宝)が安置されています。


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