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Photo & Essay

◎  出発〜到着 


3月11日〜13日
奄美大島へ行ってきたので
今日からその写真をアップする


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まずは羽田空港から出発

窓に映る飛行機は隣のゲートだから
これに乗ったのではない

奄美大島直行便は人気のようで満席!


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2時間半のフライトで奄美大島空港に到着

さすが南国!
椰子と蘇鉄にカメラが向く


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田中一村美術館の見学があるとのことで
ツアーに申し込んだのだが
その時点で
奄美大島がどこにあるか正確に知らなかった

地理の知識の確かな方は読み飛ばして欲しいが
地図を載せて説明しておく

地図の上にあるのは九州南端
下にある細い島が沖縄本島
赤い印が奄美大島で
鹿児島県に属している

奄美大島の面積は離島の中で5番目とのこと
書き並べると
1番 択捉島
2番 国後島
3番 沖縄本島
4番 佐渡島
5番 奄美大島

◎  あやまる岬 


到着してすぐ
空港から少し北にある「あやまる岬」に行って海を見た

「あやまる」の名の由来
奄美の乙女たちは
正月になると
赤・青・黄の色とりどりの糸で刺繍した綺麗な手毬で
手毬歌を歌いながら鞠つきします
この岬一帯のなだらかな地形が
「綾に織られた手毬」によく似ているところから
いつの間にか地名になったと伝えられている

とのこと


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あやまる岬に到着


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あやまる岬から北を望む

干潮のようで浜が広い
満潮の方が
「あやまる」らしく美しい岬になるのではなかろうか

目の前の海のその向うに見える半島の先端が
奄美大島北端の今井崎で
その岬から向こうは東シナ海
見えている海は太平洋


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あやまる岬から東を望む

見て欲しいのは水平線の上に薄く見える島
これが喜界島
俊寛が流された島として
名前だけは知っていた

サンゴ礁でできた島で
少しずつ隆起しているとのこと
因みに奄美大島や沖縄本島などは年々少しずつ沈下しているそうだ

◎  奄美市郊外 


あやまる岬の後は
奄美市郊外の古い家を訪ねた
それは後日に紹介するが
付近の様子だけ載せておく


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街並み

本土と変わるところはないようだ


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マンホールの蓋

「なぜし」つまり「名瀬市」
島内最大の市だったが
2006年に付近の町村と合併して
「奄美市」となった

つまり名瀬市時代に置かれた蓋である
奄美らしく魚と珊瑚が描かれている


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ヘンヨウボク(変葉木)

さすがに南国
植物園の温室で見る観葉植物が
民家の庭先に植えてある


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ベンガルヤハズカズラ(ベンガル矢筈葛)

これも温室で見る花
道端に咲いていた

◎  金作原原生林(1) 


二日目の午前は
金作原(きんさくばる)原生林へ

中型バスで山道を登った
ネイチャーガイドさんがついてくれて
バスの中でも色々説明してくれた

その中からハブの話を・・・

今は噛まれる人も少なくなり
噛まれても救急体制が整っているので
命を落とすことはないが
やっぱりハブを減らしたい
それでハブを捕まえてきた人には
1匹につき3000円の報奨金を市が払ってくれる

捕まえるには
捕まえる棒と入れる袋が必要だが
1式5〜6千円するから
2匹捕まえれば元が取れるとか

高校生などで小遣いの欲しい子は
この制度を利用するとか

年に何十万円も稼ぐので
ハブを飼育しているのではないか疑われる人がいるとか

タクシーやバスの運転手は捕獲器具を車に積んでおく人が多く
道路を横切っているハブを見つけたら
車を降りて行って捕まえるそうだ
因みにわれわれが乗っているバスの運転手さんに
ガイドさんが確認したら
道具はちゃんと持っているとのこと

などなど


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バスを降りて歩き始める前
ここでしばらくガイドさんの話を聞いた
彼はタブレットを持っていて
そこには説明のための動植物の写真がいっぱい収めてあった

奄美は暖かいと前日体験して
そのつもりの服装で来たのに
ここは風が冷たく
とても寒かった

しかし歩いたのはこの道でなかったから
その後寒い思いをしないで済んだ


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台風で折れた木

奄美は台風銀座の目抜き通りにある
大きな木がこんな風に倒れると
待っていた小さな木が伸びるそうである

大木が倒れるのは
後進に道を譲ることである


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テンナンショウ(天南星)
(マムシグサともいう)

ゆっくり歩きながらも
ガイドさんは八方に目を配っていて
こんなものを見つけては説明してくれる




◎  金作原原生林(2) 


金作原原生林の探索ウォーキングの続き


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クワズイモ

見るからにサトイモである
でも食べられない
それで付いた名は「喰わず芋」

芋は食べられなくても
観葉植物として愛好されているらしい


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これも観葉植物として扱われていると思うが
名前が分からない


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イモリ

ガイドさんが水たまりで見つけてくれた


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手のひらの上のイモリ

ガイドさんの手のひら乗っているから
大きさがわかる


鳥を含めて生き物は
このイモリ以外出会わなかったが
足跡と糞を見つけて
タブレットで姿を見せてくれたのが「アマミノクロウサギ」

これは奄美大島と徳之島だけに生存する
原種的ウサギで
耳は大して長くないし
ぴょんぴょん跳ぶことはなく
のそのそ歩くらしい
爪が発達していて
急な坂を登るのが得意とか

ここで昨日のハブの話に戻ると
1979年ハブ退治のためマングース30頭をこの島に放った
ところがマングースは
ハブよりもアマミノクロウサギなどの希少動物を捕食したので
絶滅が危惧される状況になってしまった

そこで1993年から
マングースを捕獲・駆除する事業が始まり
2000年頃には1万頭もいたマングースが
現在ではほとんどいなくなり
アマミノクロウサギも復活してきているそうである

◎  金作原原生林(3) 


金作原原生林で一番の見ものはヒカゲヘゴである

ヒカゲヘゴ(日陰杪欏)は
大型の常緑木生シダで
日本では最大のシダ植物である
沖縄本島から八重山諸島にかけて森林部でよく見られる
高さが平均5~6m
最大で15mほどになる
葉だけでも2m以上はある

ヘゴ科の植物はシダ植物の中では比較的新しく約1億年前に出現したものであるが
ヒカゲヘゴはその大きさから古生代に栄えた大型シダ植物を髣髴させるものであり
その生き残りと呼ばれることもある

(Wikipediaより抜粋)

この説明の通り
ジュラシックパークの舞台に相応しい姿をしている


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ヒカゲヘゴ

初めて見たときは感激した
こんな大木が羊歯なの?!


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ヒカゲヘゴ群生

こんな写真を何枚も撮った


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ヒカゲヘゴの新芽

シダ類だからゼンマイと同じだ
くるくる巻いているのが伸びて開くと葉になり
下の葉は落ちていく
そして1枚目の写真の幹に見られるように
蛇紋のような痕跡を残して成長していく

◎  金作原原生林(4) 


気にいったヒカゲヘゴなので
もう一回紹介を・・・


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ヒカゲヘゴ

鳥の羽のような葉を広げて
どんどん空に向かって伸びていく


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年数を経た背の高いヒカゲヘゴ

長い幹を上から下へ目を写すと
他の植物が蔓を絡ませているが
それは関係ない

幹の様相が途中から変わる


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ヘゴ

様子が変わった幹の姿には見覚えがある
昔植木鉢でポトスを育てたとき
心棒に立てたヘゴ棒そっくりなのだ

そっくりなはずで
これこそがヘゴ棒の材料である

水はけがよく
保水性に優れ
腐りにくく
耐久性があるので
つる性の観葉植物や着生の蘭を
栽培するのに最適とのこと

◎  金作原原生林(5) 


金作原原生林探索も今回が最後


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着生植物

細長い葉っぱの塊はこの木の葉でない
他の植物が場所を借りて住んでいる
雨が多く湿度も豊富なので
必要な水分は空中から取り込むから
家主には何の負担も掛けていない
それ故「寄生」とは言わず「着生」という


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オキナワウラジロガシ

これは樹齢150年以上と推定される奄美大島最大級の大木の根っこ
(高さ:22m 胸高直径:1m)
根が板状に張り出す板根(ばんこん)が見られる

この木が散策コースの一番奥にあり
これを見学したら同じ道を戻る


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ギンリョウソウ(銀竜草)
別名:幽霊花

これもガイドさんが見つけてくれた


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新緑

奄美大島の木々は紅葉しない
春になって
新芽が出ると
古い葉は落ちるそうである


これで金作原原生林探索は終わり

◎  マングローブ(1) 


金作原原生林を散策した後は
マングローブ原生林を
カヌーで散策することになっている

「マングローブ」という植物があると誤解していたが
そうではなくて
熱帯や亜熱帯地域の河口で
満潮になれば海となり
干潮となれば陸地になる
「潮間帯」と呼ばれる地域に生えている植物の総称とのこと

世界中には100種類以上の植物がマングローブと呼ばれているが
日本には20種類ほどあるそうだ


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黒潮の森マングローブパーク入口

この中で
まずマングローブについてビデオで学習し
その後簡単にカヌーの漕ぎ方を教わり
カヌーに乗せられて
流れに放り出される

どうなることかと心配になるが
初心者でもシニアでも大丈夫というから
深く考えないことにして出発した


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カヌーから前方を望む

先頭を切って漕いでいるわけでない
すらすら進んでいるわけでもない
誰もいないところを狙って・・・

この日の満潮は 9:32
干潮は 16:01
漕ぎだしたのが 14:40 頃だから
かなり潮が引いた状態であり
まだ引きつつある状態である

川の流れなのか
引き潮の強さなのか
どちらか知らないが
かなりの急流である


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ご覧ように深くはない
屈強の男たちが大勢腰までの長靴を履いて
水の中にいてくれる
曲がったり
ぶつかったり
トラブっているカヌーがいると助けてくれる


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水底

ここは淡水なのか海水なのか
ちょっと舐めてみればよかったと
今になって思っている

◎  マングローブ(2) 


マングローブの森の中の流れを
カヌーを巧みに(ウソです!)操りながら
下っていく


乗る前に
「干潟に上がってみたい方は靴が汚れますから
サンダルか草履に履き替えてください」
と注意があり
我がグループの方々はほとんど履き換えたようである


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この日の干満差を調べてみたら
満潮時 170cm
干潮時 34cm
となっているから
その差は136cmもある

満潮時には
この樹木の根は全て海水の中になっていただろう 


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板根

マングローブの特徴は根にある
こんな板状の根の他にも
膝を曲げたような形の屈曲膝根
タコ足のような支柱根
(1枚目の写真参照)
などなど

柔らかい泥地に生えて
上げ潮下げ潮で毎日流れにさらされ
地域的には度々台風に襲われながら
その地にしっかりつかまっていなければならない

もう一つは塩水の問題
普通の植物は塩水をかけられたら死んでしまう
マングローブは塩分をろ過する装置を根に持っているそうである


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干潟に上陸

ぶつかり合って操船ままならないわれわれを
係りの人たちが
一艘ずつ浜に乗り上げされてくれた

船底にべったり腰を下ろした状態から立ち上がるのが大変!
これも手を差し伸べ
体重を支えてくれて
みんなが無事に上陸した

◎  マングローブ(3) 


干潟に上陸して
説明を受けたり
写真を撮ったり


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メヒルギ(雌蛭木)

整然と並んでいるが植林したわけでない


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オヒルギ(雄蛭木)

メヒルギとオヒルギとあり
「雌」と「雄」かと思うがそうでなく
単に名前がそうなっているだけとのこと


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オヒルギの花

赤いのはガクで
中に黄色い花があると聞いたので
下から撮ってみたが
黄色い花は見えなかった
これから伸びてくるのかもしれない


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若木

ヒルギ科の植物は
果実が枝についている状態で
根が伸び始め
ある程度の大きさに達すると
その根の先端に新芽がついた状態で
果実から抜け落ちる。
親植物の上で子植物が育つので
このような種子を胎生種子と呼ぶ。
親を離れた種子は
海流に乗って分散(海流散布)し
泥の表面に落ちつくと成長を始める。
親植物から離れてすぐ
下の泥に突き刺さり
その場所で成長することもある。

(Wikipediaより)

◎  マングローブ(4) 


マングローブの最終回
干潟からの眺めの続き


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三叉路

われわれは左の水路からここへやってきた
正面(画面奥)に進むと海に出るのだと思われる
右には広い水路がある


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上の写真で説明した右側の水路

われわれのグループは干潟に上がったが
この人たちは右の奥までカヌーを漕いで行ってきたらしい
係りの人たちの姿が見えないのは
流れが緩やかで
自力漕艇が可能なのだろう
陸地から見ていると
楽しそうに漕いでいる

でもここから以後の帰り道は
どの船も助けを借りていたから
そう言っては何だが
大した腕前ではないような気がする


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干潟からの帰途

干潟での見学を終えて
帰途につくことになった

流れが急なので
帰れるだろうか心配だったが
カヌー5〜6隻を紐でつないで引張てくれる
これなら無事に帰れる
有難や〜有難や〜

流れの緩いところまで戻ると
紐は外され
自力で漕ぎなさいと・・・

なんとか出発点に戻って
カヌーによるマングローブ探索は終了


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帰り道からのマングローブ俯瞰

バスに乗ってホテルへ帰る途中
写真ストップしてくれた
「マングローブが見えます」と

マングローブの中を蛇行する川がなんとか見える
もうちょっと高いところから見下ろせれば
もっと潮が満ちていれば
と思うが
バスを止めてくれたことに感謝しなければ・・・

とは言うものの・・・
ここは他力本願
JALの写真をお借りしておく

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◎  奄美大島の海(1) 


あちこちで撮った
奄美大島の海の風景を・・・


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名瀬新港観光船パース
(ホテルの窓から)


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立神島(たちがみじま)
(バスの窓から)

名瀬湾入り口にある無人島で
神が降り立った島として
崇められている


奄美大島の民謡では「島娘」が有名である
一番の歌詞がよく知られているが
♩赤いソテツの 実もうれる頃
加那も年頃 加那も年頃
大島育ち

(「加那」は恋人または愛しい人という方言)

そして3番には
♩朝は西風 夜は南風
沖の立神や 沖の立神や
また片瀬波

と立神島が歌われている


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ススキのある風景
(バスの窓から)

もう3月半ばなのに
ススキの穂が・・・

◎  奄美大島の海(2) 


夕方にホテル近くを
散歩して撮った海の風景


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白波

滞在中は
好天に恵まれたが
風は強かった


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岩礁と白波


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夕日


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夕食メニュー

同じホテルに2泊したが
夕食は会席風
これは2泊目のもの

テーブルには
最初3品くらい並べてあるが
後は食事の進行に合わせて1皿ずつ運んでくれる
ウエイター・ウエイトレスは合わせて4〜5人
揚げ物を持ってきてくれたのは30代くらいの男性
男性「海老と長命草の天婦羅です
長命草は・・・アシタバですね」
私「明日葉は大島で食べたよ」
男性「?????」
私「あ、ごめん! 
明日葉を食べたのは伊豆大島
ここで大島といったら奄美大島のことだよね」

この男性はとてもフレンドリーなので
テーブルに来てくれるたびに
ちょっとずつお話した
彼は東京でしばらく働いていたそうだが
島に帰りたくなって戻ってきた
「ここでは時間がゆっくり流れています」
「島での暮らしに満足しています」
とのことだった

◎  奄美大島紬村 


奄美大島の旅3日目は
紬村でTシャツの泥染めをやることになっている


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奄美大島紬村到着

入り口を入ってすぐの建物で
これから泥染めする材料・・・
自分に合ったサイズの白地のTシャツを受け取る


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随分広い敷地のようで
植物園みたいだ


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この狸の前を右に行くと実習工場があるとのこと
いつも通り
写真を撮りながら
最後尾で歩いていく

◎  泥染め 


いよいよ泥染め実習である


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「泥染め発祥の地」説明板

読んでも分かりにくいのでHPを参照して説明する

泥染めは
絹糸を
シャリンバイ(バラ科の植物)の木の皮で染め
この地の泥田に浸すことを
85回以上繰り返す

こうすることで
絹糸のタンパク質とシャリンバイのタンニン色素と泥田の中の鉄分とが化学結合し
色落ちしない
深い光沢の
渋い黒色に染まる

泥田に含まれる鉄分が隕石に起因するとして
「天の川伝説」と称しているようだ


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シャリンバイで染めた絹糸を
泥田の水で丁寧に洗っている


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染めれられた絹糸



実習は
絹でないし
染めの回数も少ないし・・・

染める前に
「絞りで模様をつけてください」
突然そう言われても
どういうデザインにして良いか・・・

染めの実習というよりは
絞りの実習みたいだった


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染め上がったTシャツ

白いシャツのあちこちを糸で縛り
アルカリ液に浸けてからシャリンバイの染め液に漬ける
それを2回繰り返して(自分でやったのはここまで)
最後に泥田で洗う。

それを水洗い〜脱水して
ポリ袋に入れて渡してくれた

◎  紬村の樹木 


紬村の中は広くて植物園のようである
園内全てを回ったわけでないが
通りすがりに撮ったものを・・・


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トックリヤシ(徳利椰子)


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ソテツ(蘇鉄)


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デイゴ(梯梧)

大きな枯れ木があった
何の木だろうと思って眺めていたら
案内の人が「デイゴです」と教えてくれた
写真には一部の枝しか写っていないが
この大きな木に赤いデイゴが満開になったら・・・
と想像した

◎  紬村の花 


紬村の植物園内に咲いていた花


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ハイビスカス


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ハナチョウジ(花丁字)


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ブーゲンビリア


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ツツジ(躑躅)

撮ったのが3月中ばだから
南国の花ということにしておく


紬村はこれで終わり

◎  田中一村記念美術館 


紬村の後は「奄美パーク」へ

以前は空港だったが
ジェット化によって滑走路の長さが足りなくなり
近くに新しい空港ができて
不要になった空港はパークに変わった

その一画に「田中一村記念美術館」がある
今回の奄美行きはこの美術館が主目的だった


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美術館への通路

パークの中ほどにある駐車場を降りたところで
パンフレットとチケットをもらい
自由に見学する

真っ先に美術館に向かった
美術館の入り口はこの正面とのこと


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喫茶室

美術館に入るとすぐの場所


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美術館

水に浮かぶ三つの建物からなっている

この度の新元号決定に際して
元号に関する有識者懇談会のメンバーに選ばれた
千葉商科大学教授の宮崎緑さんが
パークの園長と美術館の館長を兼ねていて
年に数回はお見えになるとか・・・

◎  アダンの海辺 


田中一村記念美術館を見学

田中一村(1908〜1977)は日本画家
栃木県に生まれ
幼少より画才(南画)を発揮し
7歳にして父より「米邨」の号を与えられた

東京美術学校に入学するも2ヶ月で退学
その後は南画家として活動
第19回青龍展に「白い花」(1枚目の写真参照)を出品入選するが
その後中央画壇で入選することはなかった

昭和13年千葉県に移って活動していたが
昭和33年50歳で奄美大島に移住
紬工場で染色工として働き
蓄えができると絵を描くという生活を繰り返し
亜熱帯の植物や動物を描き続け
独特の世界を作り上げた
絵描きとして
清貧・孤高な生き方を通した一村は
昭和52年69歳で
誰にも看取られずひっそりと生涯を閉じた

その後
一村の作品が紹介されると大きな反響を呼び
少しずつ世に知られるようになった


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パンフレット

左側の絵は「不喰芋と蘇鉄」
大きな葉っぱが先日紹介した「クワズイモ」

右側の上が唯一の入選作「白い花」
この写真では緑の葉っぱしか見えないが
満開の山法師の白い花が描かれている

右下は昨日紹介した一村美術館の建物


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アダンの海辺

今回展示されていた絵の一枚「アダンの海辺」


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アダン

マングローブでカヌーに乗った後
添乗員さんが「あれがアダンです」と教えてくれた

アダン(阿檀)は
タコノキ科タコノキ属の常緑小高木
亜熱帯から熱帯の海岸近くに生育し
非常に密集した群落を作る
時にマングローブに混生して成育する

(Wikipediaより)


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アダンの実

上の木の実を望遠で撮った


美術館内に一村の作った俳句がいくつか書いてあった
その中から一句

熱砂の浜 あだんの写生 吾一人

◎  奄美の郷 


奄美パークの中には
一村美術館の他にドーム状の建物「奄美の郷」がある
美術館でゆっくり時間を費やしたので
ほとんど見てないが
奄美の自然・歴史・文化を展示している

建物の外は
元空港だけあって
広々としており
いろんな植物が植えてある

パンフレットを見ると
美術館の奥に「一村の杜」という区画があって
一村が描いた植物が集められているそうだが
行かずじまい


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奄美の郷


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椰子


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クロトンノキ(?)

◎  田中一村終焉の家 


「田中一村終焉の家」

奄美大島に着いた初日
この家を訪れたが
写真掲載は美術館見学の後にしようと思い
今日まで伸ばしてきた

昭和33年
50歳の田中一村は奄美に移り住んだ
最初は国立療養所奄美和光園の官舎で医師と共同生活
その後市内の借家に移り
紬工場で染色工として5年働き3年画業に専念する
そんな生活を繰り返しながら
亜熱帯の植物や魚を描き続けた

昭和52年9月1日
長年住んだ借家から和光園近くの畑の中の一軒家に移り
「ここは御殿のようだ
ここなら好きなように絵が描ける」
と喜んだが
僅か10日後の昭和52年9月11日
夕食の準備中心不全で倒れ
69歳で死去

毎年命日には
この場所で地元有志による一村忌が行われている


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田中一村終焉の家

区画整理のため
取り壊されることになったので
ここに移設して保存することになった

戸口が開いているが
バスガイドさんが開けてくれたから


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裏口

家の中は真っ暗なので撮ってない


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家の周りの空き地

かなり広い敷地らしく
「一村が描いた植物の多くが植えられていますから
回って見て下さい」
とバスガイドさんが言うので
この小道に入ろうとしたら
もう一言
「ハブがいるから気をつけて下さい」
怖くなって進めなかった
結局誰も行かなかった


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バナナの花

これは小道に入らなくても撮れた


先日も1句載せたが
一村の俳句を・・・

奄美流寓 二階に娼婦 下に吾

恋文の 代筆果す 吾五十二


どちらも
和光園を出て
市内で借家した時の句と思われる

◎  ビーチのレストラン 


泥染めと美術館と終えて
遅めの昼食は
真っ青な海と空とを窓外に見ながらの昼食


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海辺から見たレストラン


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ビロウ(蒲葵、枇榔、檳榔)

ヤシ科の常緑高木

古代天皇制においては松竹梅よりも
何よりも神聖視された植物で
公卿(上級貴族)に許された檳榔毛(びろうげ)の車の屋根材にも用いられた
天皇の代替わり式の性質を持つ大嘗祭においては
現在でも天皇が禊を行う百子帳(ひゃくしちょう)の屋根材として用いられている
民俗学の折口信夫はビロウに扇の原型を見ており
その文化的意味は大きい
扇は風に関する呪具であったからである。

(Wikipediaより)


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西を望む


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東を望む

◎  サンゴ 


砂浜を歩くと
白い石見たいなものがあちこちに転がっている
サンゴの死骸?


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これは15cmくらいあった


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レストランの外に置いてあった
(50cmくらい)


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2枚目の写真の一部を接写

◎  レストランの人形たち 


レストランの中には
小さな人形が飾ってあった

遅めの昼食を済ませて
ビーチを散歩した後だから
もう誰もいない店内
ゆっくり撮影した


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この後は空港に向かう
楽しかった奄美の3日間
日本で一番日照時間の少ない土地とのことだが
ずーっと晴れていてくれた
ありがとう 
奄美大島さん


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