Photo & Essay

◎  水辺 

7月7日、
久しぶりに新宿御苑に行きました。
あまり花もないし、
人も少ないし、
暑いし、
でした。


1_IGP7162.jpg

日陰の水辺は涼しそうです。


2_IGP7158.jpg

日向は暑いのですが、
木陰に入ると風が涼しく、
ほっとしました。


3_IGP7152.jpg

盛りを過ぎていますが、
紫陽花が水辺に咲いていました。


4_IGP7155.jpg

清涼感を出すよう、
やや露出オーバー気味に撮りました。

実はカメラが故障して
露出がオーバー気味になったのです。
この写真はそれなりに
いい具合に撮れましたが、
真っ白になったり、真っ黒になったり・・・
でした。

後日カメラメーカーで見てもらったら故障でした。
修理に10日以上掛かるとのことですが、
仕方ありません。
保障期間が先月で切れてしまったのですが、
この程度の日数オーバーなら無償で直します、
センサーのクリーニングもやっておきます、
修理が終わったら無料でご自宅までお送りします、
とのことで、
嬉しくなって置いてきてしまいました。


◎  空蝉 


ウツセミ

空蝉(うつせみ)

1. この世に現に生きている人。転じて、この世。うつしみ。
《「うつしおみ」が「うつそみ」を経て音変化したもの》
2. 蝉の抜け殻。また、蝉。《季 夏》
3. 源氏物語第3巻の巻名。またその登場人物。


ウツセミ

源氏物語 第3巻。
空蝉と継娘・軒端の萩が碁を打っているところを
光源氏が覗き見しています。

空蝉は顔も姿もさしてよくないのですが、
物腰態度が優雅で魅力的でした。
継娘の方は顔かたちでは空蝉よりましなものの、
気品では劣って見えました。

碁をさし終えると、
母と娘は一緒に寝所に入りました。
空蝉に惹かれている源氏が忍び込むと、
人の気配に気づいた空蝉は薄衣を残して隠れてしまいます。

源氏は心ならずも、
残された軒端の萩と契りを交わし、
蝉の抜け殻のような薄衣を持ち帰りました。

翌朝、
源氏は歌を贈ります。
空蝉の 身にかへてける このもとに
猶人がらの なつかしきかな


歌を贈られた空蝉も
源氏の愛を受けられない己の境遇のはかなさを嘆きます。
(空蝉は人妻で後妻。軒端の萩は先妻の娘)


ウツセミ

この蝉は道路をゆっくりと、
歩いていました。
まもなく死を迎えるのでしょう。


ウツセミ

蝉の亡骸が西日を受けています。
なぜか蝉は腹を見せて死ぬようです。

蝉の死骸に蟻が群がっていることが
よくあります。
少し前に流行った「送り人」に見えます。

生まれて、生きて、死んで、送られて、
先日紹介したメタボリズム(転生)の輪が回っています。


◎  長岡の花火 

なかなか秋が来ません。
二十四節季でいうと、
8月7日が「立秋」、
23日が「処暑」、
そして間もなく、
9月8日は「白露」です。

「立秋」は春分と秋分の中間点ですから、
暑くても当然です。

「処暑」は調べるといろいろな表現があります。
暑さが止まる時期。
暑さが峠を越えて後退し始める時期。
暑さが落ち着く時期。

今年の夏は、
暑いまま高止まりして落ち着いていると、
こじつければ、
3番目の説明が当たっているようです。

「白露」は
秋の気配が感じられ始める頃。
だそうですから、
大いに期待しています。

高齢者は特に熱中症に気をつけなければいけませんから、
それを、しっかりと守っていて、
さっぱり写真を撮りに出ません。

1ヶ月も前のことになりますが、
8月3日、長岡の花火を見てきましたので、
その写真です。


錦鯉

旅行社のバスツアーで行きました。
これの利点は見る場所が確保されていることです。

途中、越後湯沢で昼食。
レストランの入り口前に細い流れが作ってあって、
そこに錦鯉が沢山泳いでいました。

裏手に養鯉池があるというので、
昼食後、見に行こうとしたら、
ものすごい豪雨になっていましたので諦めました。
錦鯉よりも、
雨で花火が上がらないことの方が心配でしたが、
結果的には局地的な短い豪雨でした。


夕日

パンフレットには「桟敷で花火見物」と書いてありましたが、
実は青いシートを広げただけの場所でした。
でも見るには良い位置でしたし、
寝転んで見れるくらい広さもゆったりでした。

眩しく輝いて、暑かった陽がようやく西に傾き、
風が渡るようになってきました。
大勢の人がシートの上に立上がって夕日を撮っていました。

花火を揚げるのは夕日の真後ろ、
信濃川の、
古くから架かっている長生橋(長さ:850.8m)と
約1km下流の大手大橋(長さ:878.3m)の間の中州です。
両岸から見ることができますが、
今回は左岸からでした。


花火

花火が始まりました。
場所が広いから、
ほとんど尺玉です。
これが夜空に広がると、
カメラのズームをワイド側一杯にしてもはみだしそうです。
あっちこっちで揚げられると手に負えません。
撮るよりも、見ることにしました。
(三脚も持って行きませんでしたが・・・)


花火

ときどき思い出したように撮りましたが、
みんな金色に写っています。
赤や緑や・・・
色がキレイなところで、
シャッターを切るのですが、
一瞬の遅れで色が消えて、
みんな金色に写っています。


花火

なんとか、
少しだけ色が写った写真です。


花火

花火は久しぶりでしたが、
大仕掛けのスターマインなどがほとんどでした。

最大の仕掛けは「天地人」で、
昨年のNHK大河ドラマのテーマ音楽を流し、
かなり長い曲でしたが、
それに合わせて、
これでもか~という位にどんどん打ちました。

昔から有名な三尺玉は、
大きいために、遠い、別の場所で揚げるので、
尺玉よりも小さく見えました。
(比較のため、
直前に7寸と1尺を打ち揚げてから見せてくれたので、
大きさの差は分かったのですが・・・)

見るには絶好の観覧席でしたが、
写真を撮るには近過ぎたようです。


◎  佐久間ダムの水仙 

あっちへ行けば「佐久間ダム」があるといわれて、
聞いたことのあるダムだな、と思いました。
ウイキペディアによれば、
「佐久間ダム」は静岡県浜松市天竜区と愛知県北設楽郡豊根村にまたがる、
一級河川・天竜川本流中流部に建設されたダムだそうです。

ここは千葉県南房総です・・・
検索で調べると、
千葉県鋸南町に「佐久間ダム・親水公園」というのがあり、
桜の名所のようです。
今は水仙が満開です。


4IMGP0409.jpg



1IMGP0398.jpg



2IMGP0399.jpg



3IMGP0404.jpg

天気がよくて、湖面が輝いていました。


この後移動して、
保田神社から水仙ロードハイキングをしました。
往復6kmで、名の通り、水仙がたくさん咲いていました。
道ばたに説明文が掲示してありました。

保田地区の水仙は江戸時代から有名で、
船で江戸に出荷され江戸の正月を飾る花として、
江戸の町家や武家屋敷に呼び売りされ、
とても人気がありました。
その昔、近くのお寺の和尚さんが中国から持って帰り、
植えて広まったのが保田の水仙の始まりと伝えられています。
和水仙は別名「雪中花」とも呼ばれています。


折り返し点に地蔵堂があって、
(そこは小高い地点ですが)
富士山が見えます。
(見えてはいるのですが、裾の方ばかりで、頭は雲の中でした)

ここにも掲示があって、
漱石と子規の俳句が書いてありました。

夏目漱石・正岡子規は水仙が大好きで俳句を多数詠み、
水仙図を描いたり、飾ったりしていました。
夏目漱石は明治22年の夏休みに保田を訪れ房総紀行「木屑録」を書きました。
これは無二の親友でライバルの正岡子規ただ一人に宛てたもので、
漱石の文学的資質を作る転機となりました。
正岡子規は「木屑録」を読み房州の魅力にひかれ、
明治24年に房州を訪れ、
紀行文「かくれみの」を書いています。
漱石も子規も房州を仙境・仙地と書いています。
(仙境---俗世間を離れた平和な世界。桃源郷・ユートピア)

水仙の花鼻かぜの枕もと    漱石
廓然無聖達磨の像や水仙花    漱石
水仙にさわらぬ雲の高さかな    子規
古書幾巻水仙もなし床の上    子規



保田の海岸は日本で最初の海水浴場だったそうで、
漱石もここで海水浴をしたとのことです。


◎  日光 

先週、13日に日光へ行ってきました。
日の光の強い、暑い日でした。
逆光の青葉が美しいと思い、
撮って来ました。
芭蕉の句(下記)を思い浮かべていたのですが、
見た通りのいい色に撮れていません。

あらたうと青葉若葉の日の光

「奥の細道」で芭蕉は卯月朔日(陽暦の5月19日)に
東照宮を参拝して、
「青葉若葉の」「日の光(=日光=東照宮)」を
「あらたうと(尊)」と崇拝しています。

2か月遅れの参拝でしたから、
「若葉」はありません。
完全に「青葉」でした。

1IMGP2631a.jpg



2IMGP2632a.jpg



3IMGP2638a.jpg



4IMGP2644.jpg

ユキノシタ

盛りを過ぎていましたが、
遠目には、
きれいに見えました。


5IMGP2645.jpg

あえて大写しですが、
茶色になったのが見えています。


◎  若葉 

雨の多かったGW、
締めくくりは突風・竜巻でした。

5日、こどもの日が立夏でした。
例年は6日なのですが、
今年は閏年のため1日ずれました。

花の写真を載せて、
「春の花」にしようか、
「夏の花」だろうか、
これまでは迷いもありましたが、
ためらわず「夏」にします。

今日の題は、
赤い葉の写真があるので、
「青葉」でなくて「若葉」にしました。


1IMGP9352.jpg

赤も緑もカエデ(いわゆるモミジ)です。



2IMGP9355.jpg

濃い緑と薄い緑のカエデ。



3IMGP9356.jpg

上の写真の薄い緑だけを撮りました。



4IMGP9397.jpg

いつの間にか花が咲いて、
赤い実がなっています。



5IMGP9361.jpg

柿の若葉です。
これも薄緑できれい!


2ヶ月ばかりの間、
ほとんど休まずに投稿してきましたが、
3~4日休みます。
再開の節は、
よろしくお願いします。


◎  雲 

先週土曜日(6/9)に梅雨入りしましたが、
翌10日は晴れて、
朝のうちは青空が出ました。
その日、両国方面へ行ってきました。


1IMGP0290.jpg

「階段の上の雲」
この階段を昇ると「江戸東京博物館」があります。

司馬遼太郎は、
「坂の上の雲」に、
維新後の日本が進んで行く未来を見たようですが、
私が見たものは・・・・・



2IMGP0299.jpg

階段を昇り切ってまず探したのは、
東京スカイツリーです。

ほんとは
「日本橋」---描かれたランドマークの400年---
という展覧会を見に行ったのです。
この展覧会は1階でやっているから階段を昇らないで見れるのですが、
その前に「ツリーが見えるかな?」と気になりました。

ツリーの下部は、
ビルがあったりして、
ゴチャゴチャしているのですが、
上の方は青空と白い雲を背景にスッキリと立っていました。

「ランドマーク」ということでは、
高速道路に覆い隠されてしまった日本橋は、
とうにその地位を失い、
634mのスカイツリーが新しいランドマークになったといえるでしょう。



3IMGP0293.jpg

方角を変えると国技館が見えます。

大相撲にもいろいろとありましたが、
「屋根の上の雲」を目指して頑張って欲しいものです。



4IMGP0321.jpg

展覧会を見て、
お昼を食べて、
附近を歩きました。

これは横網町公園にある東京都慰霊塔です。
関東大震災の被災者を祀っています。
午後になって、
雲が白からグレイに変わってきました。

この後、
旧安田庭園に行きましたが、
それは別途書くことにします。



5IMGP0351.jpg

蔵前橋からのスカイツリー。

ツリーの根元まで行く元気はありませんでしたが、
せめて隅田川の橋の上から眺めたいと・・・
でも、暗雲が垂れ込めてしまいました。

司馬遼太郎が思い浮かべていたのは、
真っ白な雲だと思いますが、
現在の日本が見上げている雲の色は・・・・・


◎  旧安田庭園 

江戸東京博物館~東京都慰霊塔~旧安田庭園と回りました。
みんな、すぐ近くです。

旧安田庭園は、
江戸時代に大名庭園として築造され、
隅田川の水を引いた潮入り回遊庭園として整備されました。

明治に入って安田財閥の祖、安田善次郎の所有となりましたが、
大正11年彼の遺志によって東京市に寄贈。

翌大正12年、関東大震災のよってほとんど壊滅しましたが、
東京市によって復元され、
昭和2年、市民の庭園となりました。


1IMGP0323_20120614204458.jpg

池を廻って歩く庭園です。

その池に映る両国公会堂。
安田財閥の寄付によって安田庭園内に建てられました。



2IMGP0341.jpg

公会堂の実像。
そして隣に小さく東京スカイツリー。
ここからの眺めでは、
公会堂のボリュームに圧倒されています。



3IMGP0335.jpg

緑の中の赤い橋。
塗り替えたばかりのようで、
色鮮やかでした。

2人連れが通りかかると、
橋の上で、
1人がポーズを取ってもう1人が撮影掛り。
次に役割交代してもう1枚。
そして、次のお二人さん。。。
誰も居なくなるまで、
大分待ちました。



4IMGP0322.jpg

花はあまりありません。
アマリリスが2株。
その内1株は枯れていましたので、
それを避けて、
窮屈な構図です。



5IMGP0330.jpg

アジサイも少しありました。
その内の
小さな1株と石灯籠。



6IMGP0346.jpg

一回りして、
池越しに見る赤い橋。
その向うには国技館の屋根。


この庭園はさして広くはありません。
面積は14241.92平方メートル(4300坪余り)。
でも、これだけのものを、
ポンと寄付する。
公会堂の建物も寄付する。
戦前の財閥はすごかったと思います。


◎  カリヨン 

神代植物公園の続きですが、
何だか訳の分からないものから・・・


1IMGP0831.jpg



2IMGP0829.jpg



3IMGP0830.jpg

種明かしは次の写真。



4IMGP0828.jpg

大温室前の「カリヨン」です。

カリヨン(carillon)は、
さまざまな音高をもつ多数の鐘を一組みにした打楽器。
教会の鐘楼などにつるし、
手や機械で打ち鳴らす。
組み鐘。




5IMGP0821.jpg

バラを一輪オマケです。


この女性、
手を髪に当てているのでしょうか?
そういうことにしておきます。

歳時記を開いたら、
「髪洗う」という季語が出てきました。
夏になると、
婦人は汗に汚れた髪を洗うことが多い。

と説明があります。
この歳時記は古い(1971年発刊)ものです。

かつて「朝シャン」なる言葉が流行しました。
(1987年の流行語大賞の新語部門・表現賞)
朝シャンとは朝起きてするシャンプー(洗髪)のことである。
1987年(昭和62年)、
朝食を抜いてもシャンプーはするという女子高生が
大半を占めているとわかり話題となった。


こうなると「髪洗う」は無季の言葉になってしまいますが、
現在の女子高生も同じなのでしょうか?

美術では、
「髪を洗う女」は「浴女」と並んで、
女性の官能美を表す題材です。
季語の説明にお色気のことは全く出てきませんが、
女性が髪を洗う姿を見て感じる気持ちは俳人だとて変わらないと思います。

1句鑑賞してみます。

愛さるることなき髪を洗ひけり   樋笠 文

縁遠い娘さんなのか、
愛する人に先立たれたのか、
あるいは別れてしまったのか、
状況は自由に想定すればよいわけですが、
私は2番目にしたいと思います。

この長い髪を愛してくれる人のいないこと、
そして髪を洗う姿を愛おしんでもらえないこと、
二重の悲哀を感じ取りたいと思います。

愛されていたら詩になりにくいでしょう。
愛されていないから詩になりました。
詩にはならなくてもいいから、
愛されていたいものですね。


◎  カマキリ 

暑い日が続きます。
その暑さの中、
用があって出かけました。
道の脇に、
背の高いヒマワリが4、5本立っていましたが、
もうヒマワリは撮らなくていい、
と思って通り過ぎようとしました。。。


1IMGP1693.jpg

「ディサービスセンター ひまわり」の看板が目に入りました。
近所にも毎朝、
迎えのワゴン車が来ています。
若い女性職員が、
テキパキと、にこやかに、
老人達を乗せているのを見かけます。

いつの日にかお世話になるかも知れない、
そんな気がして、
ひまわりの文字とヒマワリの花とを撮りました。



2IMGP1696.jpg

花を撮った、
その隣の1本は、
背だけは高いものの、
頂上はまだツボミです。
その下に、カマキリの子が1匹。

真っ逆さまの姿勢で、
両手を合わせて、
祈っているような・・・

日陰で休んでいるのかもしれません。
獲物を待っているのかもしれません。
多分後者でしょう。

身じろぎもせず、
静止して待ち受け、
獲物を襲う時の素早さ。
思い出されるのは武田信玄です。

疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山

疾(はや)きこと風の如く、
徐(しず)かなること林の如し、
侵略(しんりゃく)すること火の如く、
動かざること山の如し

「風林火山」の戦法で、
獲物をしとめ、
健やかに成長して、
子孫を残し、
かまきりの一生を無事に過ごせればよいが、
と思いました。

これがオスであるとしたら、
交尾のあとはメスに喰われて・・・
とか聞きます。
喰われない迄も、
カマキリの世界に介護施設はありません。


◎  青空と雲 

毎日青空が続いてきました。
夕立〜豪雨の降っている地方もあるようですが、
当地は全くといってよいほど降りません。

写真は昨日のうちに用意しましたが、
今朝は青空の面積が少なく、
つまり雲の面積が大きくなっています。


1IMGP0083.jpg

これは5月の写真です。

飛行機は自衛隊機です。
近くの入間基地から飛び立っているので、
いつでも撮れるのですが、
あまり撮りません。
たまたま撮ってあった写真を載せました。



2IMGP1685.jpg

7月30日の撮影。



3IMGP1729.jpg

昨日(8月3日)の空。



4IMGP1747.jpg

上に同じ。


-------------------------

昨日の朝日新聞の天声人語の冒頭部を引用します。

夏のオリンピックは閏年にめぐり、
どの大会を最初に記憶しているかで世代がわかる。
筆者の場合は東京五輪で、
白黒テレビにかじりついた。


フーム、なるほど。
それじゃあ、最初の記憶は?
と思い出してみました。

事情は複雑です。
本来なら1940年の東京オリンピックであるべきところ、
この大会は日中戦争(当時は日支事変と呼んでいましたが)の拡大により中止。

戦争が終わって、
1948年の大会は、
今年と同じロンドン。
日本は敗戦国で、
まだ講和条約を結んでいないため、
参加出来ませんでした。
ロンドン大会の水泳競技の日程に合わせて、
東京の神宮プールで水泳大会が行われ、
「フジヤマノトビウオ」と呼ばれた古橋選手が、
次々と世界新記録を塗り替え、
ロンドンへ行っていたなら、
金メダルを何個も取ったのに・・・
と思わせました。

日本が参加出来たのは、
1952年のヘルシンキ大会。
その古橋選手は最盛期を過ぎていてメダルに届かず・・・
ラジオで中継放送がありましたが、
短波中継で、
フェージングといって、
音が大きくなったり小さくなったりして、
聞き取り難い実況放送を、
夜中に自作のラジオで聞いている高校生でした。

戦前の大会は1936年のベルリンが最後でした。
その時点では幼くて知りませんでしたが、
この大会の記録映画「民族の祭典」を1942年頃、
学校で見せられました。
内容の記憶は殆どありませんが、
ヒットラーの演説とか、
「前畑ガンバレ」とか、
男子棒高跳びの熱戦とか、
があったのだろうと思います。

と、いうわけで、
天声人語子のいう「どの大会を最初に記憶しているか」は、
1936年のベルリンであるような、
1948年のロンドンであるような、
1952年のヘルシンキであるような、
・・・・・・
判然としません。

オリンピックの最初の記憶はこの大会だ、
と言うことの出来る人は、
平和な時代に幼少期を過ごしています。


◎  プラタナス 

プラタナスの樹皮と若い葉です。


1IMGP1651.jpg



2IMGP1722.jpg



3IMGP1723a.jpg


-----------------------------

毎日ではありませんが、
夕方ウォーキングをしています。

歩くのが遅いから、
どんどん追い抜かれます。
追い抜くことは滅多にありません。

ウォーキングで追い抜かれても、
ちっとも気になりません。
競争でないからです。

競争の場合は追い抜かれて、
ニコニコしているわけにいきません。
かつて、
民主党の蓮舫さんが
「2番目ではいけないのですか?」
と質問していましたが、
競争は、
やっぱり1番がいいです。
1番を狙わなければいけません。

オリンピックもそうでないでしょうか。
銀と銅の違いはそれなりのものでしょうが、
金と銀・銅との差は大きいと思います。
ロンドンで日本は沢山のメダルを取っていますが、
もう少し金の含有率が多ければ、
と思います。

オリンピックも後半に入りました。
ニッポン、ガンバレ!!!

追い抜かれながら、
こんなことを考えて歩いています。


◎  公園 

今日は雨になりました。
写真は先日撮ったものです。

雨雲の空を見て、
雨の音を聞いていると、
もう沢山!
と思っていた強い陽射しも懐かしく感じます。


1IMGP1744.jpg

近くの小さな公園の街灯と空です。



2IMGP1743.jpg

公園の脇に掘り下げた広い空き地があります。
調整池というのでしょうか、
集中豪雨のとき池になって、
水を溜める場所です。

調整池を廻る遊歩道があって、
フェンスが廻っています。



3IMGP1741.jpg

下に降りて行く階段。
カメラを傾けて撮っていますので、
写真を頭の中で、
すこし時計回りに回して下さい。



4IMGP1738.jpg

女の子が2人、
階段を下りて歩いて行きました。
楽しそうですね!
夏休み万歳!!


◎  新緑 

桜が散って、
木々の新緑が美しい時期となりました。


1DSC03262.jpg

ケヤキ。



2DSC03328.jpg

これもケヤキなど。



3DSC03384.jpg

カキ。



4IMGP8517.jpg

ザクロ。
新緑でなくて新紅ですが・・・



5IMGP8519.jpg

ハクモクレン。



6DSC03367.jpg

チャ。(狭山茶)
新緑でありませんが、
間もなく新茶になります。

---------------------------

題名を「新緑」としましたが、
これは「初夏」の季語で、
使うにはまだ早すぎたようです。

写真の葉っぱは芽の状態から開き始めたばかりで、
幼い、初々しい「新緑」でした。


あえて「新緑」の句をひとつ。

新緑や水の面にある愁ひ   山仲英子

「愁ひ」といえば
「春愁」という「春」の季語があります。
歳時記を読むと、

「春愁」
春の物思いであり、
憂えであり、
哀愁である。
歓楽きわまって哀愁が深いといった感じにもいう。


とあります。
それに続けて、

「春恨」・「春怨」は、
男のつれなさをかこつ女の閨怨にいうことが多い。


とあります。
これは初めて知りました。
俳句の世界に、
そんな季語があるなんて・・・


蛇足ですが、
【閨怨(けいえん) 】
夫と別れた婦人が、
ひとり寝の寂しさをうらむこと。
また、その気持ち。



back to TOP