Photo & Essay

◎  サビニの女たちの略奪 

第1回目の絵は、
「サビニの女たちの略奪」
"The Rape of the Sabine Women"

(描いたのはニコラ・プッサン)
ローマの誕生(紀元前753年とされる)直後の出来事です。


pusin-sabina.jpg


絵の説明は塩野さんの文章を引用すれば、
それで済んでしまうのですが、
あえて、
古代ローマの伝説を日本神話に置き換えてみました。


『珍説・古事記』より

天孫ニニギノミコトは三千人の男たちを従えて、
高天原から高千穂の峰に降り立った。
大きな河のほとりに広い土地を見つけ、
そこに彼らの国(倭国)を作った。

ミコトは考えた。
「男ばかりでは人口が増えない。従って国も大きくならない」
そこで一計を案じて隣国(佐美嶺)へ使者を送った。
「盛大な祭りを催すので、国を挙げておいで頂きたい」

祭りの当日、
佐美嶺の人たちは、老若男女打ち揃って倭国へやってきた。
賑やかで楽しい祭りが最高潮に達したとき、
ニニギノミコトの命令一下、
倭国の男たちは、
あらかじめ目をつけておいた娘たちに襲い掛かり、
抱きかかえて各自の家に連れて行った。
突然の出来事に驚いた佐美嶺の男たちは、
妻や子供や年寄りを守って逃げ帰るのが精一杯だった。

佐美嶺の王は倭国に使者を送り、
「わが国の娘たちを返せ。
さもなくば、軍勢を差し向けて滅ぼすぞ」
ニニギノミコトの答えは、
「娘たちを奴隷にするわけでない。正式に結婚し、
妻として大切に扱うから心配無用」
といって、
ミコト自身も娘の一人と結婚した。

しかし佐美嶺の人たちは納得せず、
幾度も倭国へ攻め込んだ。
しかし倭国は強く、3度はね返された。
そして4度目の戦争となったとき、
娘たちが幼子を抱きかかえて現れ、
両軍の間に割って入った。
「わたしたちの夫と親兄弟が殺しあうのは見ていられません。
戦争は止めて下さい」

そこで和睦が成立し、
ニニギノミコトは佐美嶺の王に提案した。
「わが国の一部を与えるから一緒に住んで国造りをしようではないか」
それが倭国発展の礎となった。



話をローマに戻します。
「ニニギノミコト」は「ロムルス」、
「倭国」は「ローマ」、
そして「佐美嶺」は「サビニ(族)」のことです。

戦いに敗れた相手を平等な市民として受け入れることで、
ローマは発展して行きました。

欧米で行われている、
花婿が花嫁を抱き上げて新居の敷居をまたぐ風習は、
この故事に由来するそうです。


2IMGP3198.jpg


◎  ホラティウス兄弟の誓い 

2枚目の絵は、
「ホラティウス兄弟の誓い」
"The Orth of the Horatii"

(描いたのはジャック-ルイ・ダヴィッド)
初代ロムルスから数えて3代目の王、
トウリウス・オスティリウス(紀元前673~641)の時代、
ローマを代表して決闘の場に臨む3兄弟が、
父の前で自己犠牲の宣誓を行っている場面、
古代ローマの勇気の象徴とされています。
(女たちは嘆き悲しんでいます)


david-horatii.jpg

前回同様、
換骨奪胎やり放題で、
物語を源平の戦いに置き換えてみました。


『珍説・源平衰勢記』より

「平家にあらずんば人にあらず」といわれるほど、
平家の時代が続いていたが、
伊豆に流されていた源氏の嫡男頼朝が兵を起こすと、
関東を始め諸国の源氏が呼応して馳せ参じた。

大軍を擁して西へ向かう源氏に対して、
平家も維盛に大軍を授けて東へ向かわせ、
両軍は富士川を挟んで対峙した。

頼朝が平家に使者を送った。
「源平ともに天皇の臣である。
戦って多大な血を流すのは不忠というもの。
両者から3人ずつの武士を出して戦わせ、
それに勝った方が都に入ることにしては如何?」
平家はこれを了承した。

源氏方からは法羅家の3兄弟が、
平家側からは栗当家の3兄弟が選ばれた。
広い決闘場が設けられ、
そこに6人が登場した。

激しい戦いの中で、
法羅の1人が倒れた。
やがてまた1人倒れた。
残る1人は「俺がやられたら源氏の負けだ」と
一目散に逃げ出した。
彼は足が速かった。

暫く走ってから振り返ると、
追いかけて来る栗当の3人には遅速があって、
バラバラになっていた。
そこに留まって敵の到着を待った。
息を切らせてやって来た1人目を斬った。
そこへ来た2人目も斬った。
遅れて来た3人目も斬って、
彼1人が残った。
源氏の勝ちである。

維盛は軍を引いて京都へ戻ったが、
都を明け渡さなかったので、
源氏方は平家を攻めて、
ついに壇ノ浦で攻め滅ぼした。


(ウソ八百を並べた源平合戦で、申し訳ありません)

話をローマに戻すと、
「源氏」は「ローマ」、
「平家」は「アルバ(国)」
「法羅家」は「ホラティウス家」、
「栗当家」は「クリアティウス家」のことです。
ローマは約束(決闘で勝敗を決める)を守らなかったアルバの王を八つ裂きにし、
街を破壊し尽くしましたが、
住民たちはローマへ移住させてローマ市民としました。


2IMGP3936.jpg


◎  ルクレツィアの陵辱 

最終回の絵は、
「ルクレツィアの陵辱」
"The Rape of Lucretia"

(描いたのはティツィアーノ・ヴェチェッリオ)
舞台となったのは、
ローマ7代目の王「尊大な」と渾名されたタルクィニウス(紀元前534~509)の時代です。


titian_lucretia.jpg


今回も古代ローマの事件を
日本の飛鳥時代の物語として書きました。
(ウソとデタラメの羅列ですから、そのつもりでお読み下さい)


『珍説・蘇我氏滅亡物語』

わが国の都が飛鳥にあった頃、
蘇我氏が政治の実権を握っていたが、
入鹿の代になると、
独断専行も甚だしくなった。
入鹿には堰登という息子がおり、
これまた横暴な男であった。

中臣鎌足(後の藤原鎌足)の妻は鏡王女といい貞淑の誉れ高かった。
堰登は鏡王女に横恋慕していた。

天皇が吉野山へ行幸され、
鎌足がそのお供をした日を狙って、
堰登は中臣の留守宅を訪れた。
蘇我氏の子息の来訪であるから、
鏡王女も気を遣ってもてなしたが、
夜になっても帰ろうとしない。
そして「今夜は泊めてくれ」と頼まれ、
仕方なく寝所を用意した。

夜が更けて召使いたちが寝付くのを待って、
堰登は鏡王女の部屋に忍び込み、
短剣を突きつけて脅した。
「いうことを聞かなければ、
お前を殺し、下男を1人殺して隣に並べ、
俺が姦通の場面を見つけて成敗したことにするぞ」

鏡王女は脅しに屈するしかなかったが、
堰登が自分の邸に帰えると、
すぐさま鎌足に使いを出して呼び戻した。
鎌足が家来を連れて戻ると昨夜の出来事を説明し、
話し終えると隠し持っていた短剣で命を絶った。

鎌足の家来たちの口から噂が広まり、
鏡王女の貞女ぶりへの賛美と、
蘇我氏への憎しみで世論は沸騰した。

鎌足は中大兄皇子と図って蘇我氏を討った。
皇子は即位して天智天皇となり、
鎌足とともに大化の改新を成し遂げた。



話をローマに戻すと、
「蘇我入鹿」は「タルクィニウス(王)」、
「蘇我堰登」は王の息子「セクトウス」、
「中臣鎌足」は「コラティヌス」
「鏡王女」はコラティヌスの妻「ルクレツィア」のことです。

戦争に出ていたタルクィニウス王は事件を聞いてローマに戻りましたが、
城門は閉ざされて、
入ることが出来ず、
別の街に逃げましたが、
そこで、以前に侮辱したことのある者の手で殺されました。
これでローマの王制は終わり、
共和制へと変わりました。


2IMGP3953.jpg


◎  永遠の永遠の永遠 

「永遠の永遠の永遠」て、
どういうこと?
とにかく展覧会の副題がそうなっていました。

草間弥生 永遠の永遠の永遠
YAYOI KUSAMA
Eternal of Eternal Eternity


という展覧会です。


1IMGP9039.jpg

埼玉県立近代美術館のエントランス。
「水玉の女王」と呼ばれる草間弥生の展覧会らしい、
お出迎えです。



2IMGP9058.jpg

入館して、
振り向くと赤い水玉がいっぱいです。



3IMGP9050.jpg

「明日咲く花」
チケット売り場の隣に展示されていました。



4名称未設定_パノラマ1

建物の中に明かり取りの吹き抜けがあります。
そこに巨大な風船人形が下げてありました。
写真では見えませんが、
後頭部に電気掃除機のホースみたいなのが2本付いていて、
空気を送っていました。

大きいのに、
距離が取れないから、
上中下3枚に分けて撮影して、
ソフトでつなげました。



5IMGP9057.jpg

展示会場は矢印のすぐ左です。
草間さんが出迎えてくれているかと思うほどリアルです。

中は撮影禁止だろうと思って、
カメラはロッカーに入れて入場しました。

作品に興味がありましたら、
下記をクリックして下さい。
「永遠の永遠の永遠」作品紹介

作品は撮影禁止ですが、
撮影可という作品もありました。
大きなカボチャがそうです。
それならカメラを持って入ればよかったと後悔。



6IMGP9976.jpg

これは数年前に直島へ行った時のカボチャです。
会場のカボチャも黄色でしたが、
もっと色が鮮やかでした。



7IMGP9891.jpg

ついでに、
直島のカボチャをもう1個。
これは中が空洞になっていて、
入ることができました。



8IMGP9895.jpg

大きな水玉をくりぬいて窓が作ってありました。
カボチャの中から見た瀬戸内海です。


◎  真珠の耳飾りの少女 

先週、東京都美術館へ行ってきました。
暫く休館して改修工事を行っていましたが、
リニューアルオープン記念として、
「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」が
開かれています。

「マウリッツハイス美術館」はオランダ、ハーグにあり、
正式には「マウリッツハイス王立美術館」というそうです。
この美術館も改修中で、
そのお陰で、
同館のお宝絵画を日本に借りてくることができたそうです。


1KC3O0021.jpg

東京都美術館前の球形鏡。
(ケータイで撮りました)

着いたのは午後2時、
入館迄の待ち時間が20分とのことでした。
このくらいなら、
たいしたことはありません。

20年ほど前、
同じ上野の国立西洋美術館で「バーンズ・コレクション展」が開かれたとき、
人気だと聞いて出かけたら、
3時間待ちでした。。。
みんな、黙って、行列していました。
(「人気だ」と聞いて出かけるから、こうなるのですが…)



2真珠の耳飾りの少女

「真珠の耳飾りの少女」(ヨハネス・フェルメール)
今回の目玉はこの絵です。
以前は「青いターバンの少女」と呼んだように思いますが・・・

小さな絵ですが、
1室の壁面をこれ1枚が独占して展示されていました。
その部屋への入り口で二手に分かれます。
間近で見るコースと、
ちょっと離れてみるコースです。
その間はロープで隔てられています。

遠い方のコースへ行きました。
すぐに絵の前に立てます。
結構よく見えます。
ロープの前を近いコースの人たちが通ります。
時計を見ていたわけでありませんが、
大体1人5秒で通り過ぎます。
絵の前に来るまで、
折れ曲がった長い列を作って、
粛々と待っていたのに・・・
中には10秒ほど立ち止まっている人がいます。
たちまち整理係から「進んで下さい」と声が飛びます。

遠い位置の人はゆっくりと鑑賞しています。
私は人の流れを観察したり、
「少女」と目を合わせたりしながら。
10分ほど立っていました。



4KC3O0023.jpg

会場の外に、
武井咲さんが着用した衣装が展示してありました。
(これもケータイですが、きれいに撮れました)

武井さんはこの展覧会のオフィシャルサポーターとかだそうで、
「真珠の耳飾りの少女」の扮装をしたようです。
下はその動画です。




◎  古代エジプト展 

12日(日)から1週間、
夏休みとさせて頂きます。
19日(日)には再開の予定です。
暑さの折から、
皆様、
お元気にてお過ごし下さい。
再開の節は、
よろしくお願い致します。


---------------------------

8月9日、
六本木、森アーツセンターの
「大英博物館 古代エジプト展」へ行ってきました。


1IMG_5067.jpg

六本木ヒルズ森タワー。



5IMG_5100.jpg

エントランス・フロアへのエスカレータ。



2IMG_5088.jpg

エントランス・フロア。
夏休みだし、
もっと人が多かったのですが、
特に意識して撮ったわけでもないのに、
誰も居ない!



3IMG_5086.jpg

52Fの美術館に昇ります。



4オシリス神

オシリス神像。

地上の王だったオシリス神は弟に殺され、
バラバラにされました。
妻のイシス神が遺体を集めて亜麻布で巻いてミイラにすると、
オシリス神は復活して、
冥界の王になりました。

古代エジプトで、
人が(特に高貴な人が)亡くなると遺体をミイラにしましたが、
その目的は、
完璧で永久的な体に作り替えて、
聖なる存在へと高め、
復活を成し遂げたオシリス神と同じ状態にすることだったのです。

聖なる存在となったミイラは、
冥界へ旅立ちます。
そこには幾多の試練が待っていますが、
それを乗り越えるための呪文があります。
それを書き記したのが「死者の書」です。
今回は37mに及ぶ長い「死者の書」が展示されていました。
パピルスに書かれた文字は読めませんが、
きれいに書いてあるし、
イラストがとても見事でした。

古代エジプト人は、
現世は仮の世界であり、
来世への準備期間であると考えていました。

冥界では、
生前の行為によって、
審判が下され、
合格した死者は永遠の生命を得るとされました。

だれだって、
生前に悪いことはやっています。
それを「やっていません」と言い抜けるための呪文が、
「死者の書」には書いてあるそうです。


◎  ムンク『アルファとオメガ』 

18日に東京上野の国立西洋美術館に行ってきました。
特別展『モネ 風景を見る眼』が開催されていて、
かなり混雑していますが、
それは先日見てしまったので、
今回は『エドヴァルド・ムンク版画展』がお目当てでした。

長い話になりますから、
お急ぎの方は始めの2枚だけ見て下さい。


1DSC06253.jpg

白梅と「考える人」

国立西洋美術館に行くと、
毎回といってよいほど、
前庭にあるロダンの「考える人」を撮ります。



2DSC06247.jpg

彫刻の展示室(窓際の廊下)に、
マイヨールの『夜』という彫刻が展示されていました。

ヌードの女性が、
お尻をついて、
立てた両膝の上で両腕を組んで、
そこに額を当てています。

伏せた、その顔に、
外からの光が当たって輪郭が光っていました。
見張り番の女性に、
「写真を撮ってもいいですか?」
と聞いたら、
「フラッシュをたかなければ・・・」
とのことでした。


さて本題のムンクです。


3IMGP4306.jpg

ムンク「叫び」。

ムンクといえば、この絵になりますが、
殆ど同じ構図の絵が何枚もあるそうです。

写真は、
10年ほど前に、
オスロのノルウェー国立美術館で撮ったものです。
今はどうか知りませんが、
この時は、
撮影自由でした。

広い1室がムンクの部屋になっていましたが、
監視員がいません。
これでいいのかなあ、
と思ったことでしたが、
それから間もなく、
同じノルウェーの、
ムンク美術館で「叫び」が盗難に遇いました。
「やっぱりなあ・・・」という気がしました。



4IMGP4304.jpg

ムンク「マドンナ」。

これもオスロの美術館のものですが、
「叫び」と同様、
いくつかのバージョンがあり、
ムンク美術館にあった「マドンナ」は、
「叫び」と一緒に盗難にあったそうです。


倉敷の大原美術館に別バージョンの「マドンナ」があります。
(下の写真)


5ムンク「マドンナ」

このバージョンでは左下に胎児の姿、
そして左右と上の茶色の縁取り部には精子が描かれています。
(ムンク版画展のものはこれと同バージョンでした)


大原美術館のカタログから解説を抜粋引用すると、

マドンナ(聖母)は、
中世、ルネッサンス以来、
西欧社会においては最も理想的な女性であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
ムンクにとって、
「マドンナ」とは、
宗教的、ないしキリスト教的意味を失った「女性」そのものの意味である。
ムンクは、
男と女、愛、嫉妬、不安、生と死など、
人間にとって最も根源的な問題を繰り返し追求し続けたが、
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
ムンクにとって、
「女性」の本質とはいったい何だったのであろうか。
それは生命の根源であると同時に、
男を捉え、魅惑し、苦しめ、悩ます魔性の存在であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・



大原美術館の解説を引用したのは、
西洋美術館で見た版画展の半分を占めていた作品群、
『アルファとオメガ』の理解に役立つと思うからです。

これは19枚の版画からなるシリーズですが、 
ムンクが神経衰弱のため療養所に入院したとき、
医師の勧めに従って制作した物語で、
リトグラフ版画集『アルファとオメガ』として出版されました。



『アルファとオメガ』

この物語はアダムとイヴを連想させるものです。
アダムを思わせるアルファ(α)とイヴを思わせるオメガ(ω)と、
二人の男女が出会い、愛し合い、やがて・・・破滅に至ります。

西洋美術館の版画は下記で見ることができます。
ムンクの版画

1。
目次など。

2、
島で、アルファが裸で横たわっています。
そこへ、同じく裸で髪の長いオメガがやってきて、シダの葉で起こします。

3。
二人は仲良しになり、毎晩浜辺で、肩を寄せ合って過ごします。

4。
二人は森に入りました。
そこで恐怖を感じたオメガは、アルファの腕の中に・・・
(二人が結ばれたことを意味しているようです)
ここまで、島は毎日晴天でした。

5。
ある日、森の中で、オメガは大蛇と向き合っています。
アルファは、それを遠くから見ていました。
この日初めて雲が出て、やがて雨になりました。

6。
その後のある日、
アルファは森で大蛇と出会い、殺してしまいます。
(嫉妬ですね)

7。
オメガは、ハイエナと出会い、月桂冠を作ってかぶせてやります。
また、熊とも出会い、オメガは腕を熊の首に回しました。
(どちらも交わったことを示しているようです)

8。
オメガは、今度は虎と出会い、牙を撫でます。

9。
森の中で、虎と熊が出会い、激しく争い、互いに傷つきます。
虎は、熊にオメガの匂いを感じたのです。

10。
オメガは花を口に当てて、無邪気な少女のようです。

11。
オメガの眼は、貪欲です。

12。
オメガは鹿と出会い、口づけします。
アルファは、ダチョウの首にもたれて、遠くからそれを見ています。

13。
オメガは豚と出会い、見つめ合います。
(豚は貪欲のシンボルです)

14。
オメガが泣いています。
島中のすべての動物を自分のものにできないことを嘆いて・・・

15。
ある晩、オメガは鹿の背に乗って、海を渡り、別の島へ行ってしまいます。

16。
一人になったアルファの所に、
蛇やハイエナや熊や虎や鹿や豚などと交わって、
オメガが産んだ子どもたちがやってきて、
彼らは、
アルファに向かって、
「お父さん」と呼びました。
彼らは、人間もどきの動物たちでした。

17。
アルファは、絶望します。
(版画は、有名な「叫び」もどきになっています)

18。
ある日、鹿がオメガを連れて、島に戻ってきました。
怒り狂ったアルファは、
浜辺でオメガを殺してしまいます。
しかし、
死に顔の表情が、
森の中で愛していたときと同じだったので、
アルファは後悔します。

19。
オメガの死に顔から眼を離せなでいるアルファの背後から、
島の子どもたちとすべての動物たちが襲ってきて、
アルファを引き裂いてしまいました。



19枚の版画の中身のすべてが、
「マドンナ」の絵に籠められているのかもしれません。
また「叫び」の絵には、
アルファの苦悩が描かれているのかも知れません。

でも、
女性って、そんなに、魔性で、恐ろしい存在なのでしょうか???



back to TOP