Photo & Essay

◎  奈良の旅 

4月29日から、
奈良へ行ってきました。
暑かったり、寒かったり、
晴れたり、降ったり、
の旅でした。


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東京駅で、
朝の光を浴びている「ひかり」。

出発が休日に当ると、
乗り物も、
のんびりした感じになります。
好天にも恵まれ、
晴れやかな気分で、
東京駅に到着。
新幹線で京都に向かいます。

連休3日目、
とはいっても、
谷間の始まりの日、
列車はすいていました。



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車窓からの富士山。

今回はよく見えました、
旅行中の5月1日に、
富士山が世界文化遺産に登録されることになったと、
発表がありました。



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JR奈良駅前の広場。

京都で「みやこじ快速」に乗り換えて、
無事に到着。

京都から奈良へは、
JRと近鉄とふたつの路線があります。
どちらを使うかはホテルの位置で決めています。
今回のホテルは双方の中間にあります。
まずは、
ホテルまで歩きます。



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店が立ち並ぶ三条通を歩きます。
古い店も残っていますが、
だんだんと新しい店も増えています。



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お菓子屋さん。



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何屋さんだったか忘れました。



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酒屋さん。

どうして徳利や酒瓶ばかりに、
目がいくのでしょう?



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小柄な女性が、
ベンチに腰掛けているみたい・・・


ホテルに到着。
チェックインしました。


◎  三条通りから南円堂へ 

ホテルに到着。
チェックインを済ませ、
部屋でひと休みして、
出発です。


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ホテルのロビーから眺めた中庭の新緑。



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開化天皇陵。

繁華街(三条通)に、
天皇陵がある・・・
そんなところが古都・奈良らしいですが、
開化天皇とは、
第9代の天皇で、
実在は怪しそうです。
でも、
御陵ないし古墳であることは間違いないでしょうから、
実際に祀られているのは誰なのでしょう?



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書画・骨董の店のシャッターに落書きとは、
なかなか洒落ています。



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近鉄奈良駅に近くなると、
三条通も賑やかさを増してきます。



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三条通も終わります。
向うの坂を登ると右側に猿沢の池、
左にはこれから行こうとしている興福寺の南円堂があります。



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三条通外れの土産物屋。
普段なら、
修学旅行の中学生や高校生でいっぱいなのですが、
連休中は修学旅行も少ないようです。



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石段を登ると南円堂があります。
ここのご本尊は、
赤い幟に書いてある「不空羂索観音菩薩」です。
今日は、
この仏に会いに行きます。



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巨木にからむ藤の花。
その向うの赤い建物が南円堂です。


◎  南円堂 

興福寺南円堂に到着です。


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南円堂拝殿。

興福寺は藤原氏の氏寺。
多くの伽藍があった中に、
小さなお堂が二つ、
南北に配置されています。

南円堂は創建が813年ですが、
再建が1741年と、
比較的新しい建物です。

現在も西国33所第9番札所として、
参拝客の多いお堂です。



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南円堂の隣にあるお堂で、
藤がきれいに咲いていました。



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藤の咲いているお堂の裏側から見た南円堂。

「円堂」と呼びますが、
法隆寺夢殿と同じような8角形です。



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遅咲きの八重桜。



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まだきれいでした。



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拝殿前の灯明。



7不空羂索観音

南円堂は、
拝殿からは常時拝むことができますが、
堂内に入ることはできません。

例年10月17日のみ、
一般公開されるそうですが、
今年は南円堂創建1200年を記念して、
50日ほど公開されています。

今回初めて内陣に入りました。
堂内は撮影禁止ですので、
パンフレットのコピーを載せておきます。

本尊は不空羂索観音座像(国宝)で、
3眼8臂(目が3個、腕が8本)、
左手の1本に羂索(網)を持っています。
この網で人々を救ってくれるそうです。

作者は鎌倉時代の仏師として有名な運慶の父、康慶で、
見事な仏像でした。
初めてお会いしましたが、
大満足です。


◎  北円堂 

南円堂の次は北円堂です。
こちらの仏像には何度かお会いしています。

札所9番になっている南円堂と違って、
北円堂は普段は柵が閉じられていて参拝もできません。
春と秋に門が開かれて内陣の仏像と対面できます。

北円堂の創建は721年で、
再建が1210年ですから、
建物は南円堂より500年以上古いものです。

1180年、
平重衡による南都焼き打ち後に再建され、
そのまま残っていて、
興福寺伽藍で今残る堂宇の中では最も古いそうです。


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お堂の形は南円堂とほとんど同じです、

連休中ですが、
29日夕方は空いていて行列を作ることもなく、
ゆっくりと拝観できました。



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瓦、垂木、風鐸。
垂木が3段になっています。



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8面の屋根が集まる頂部には宝珠があります。



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北円堂の宝珠は、
回りに火炎を配した美しい形で、
法隆寺夢殿の宝珠と並んで著名だそうです。



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北円堂の仏像は運慶の作品が主体です。
本尊は弥勒如来座像で、
それを取り巻いて8体の仏像が安置されていますが、
その内の無著、世親菩薩立像と本尊が運慶の作です。

中でも無著像が大好きです。
外に出てから、
出口を撮ったら黒くつぶれながらも写っていましたので、
精一杯明るくしてみました。

金色の仏像が法苑林菩薩、
その向うの大きな仏像が弥勒菩薩、
右端が無著菩薩です。



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北円堂を出て、
仮金堂の近くを通ると鹿が散歩していました。
角が伸び始めています。


◎  東大寺へ 

北円堂を出て、
興福寺の境内を抜けて、
大通りを歩いて、
東大寺に向かいました。


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まだ早いですが、
そろそろ、
今日の夕飯はどこで?
とか考えて、
店を覗き込んで歩きます。



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脇道に格子の家が並んでいます。



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丸窓に竹格子なんて風情があります。



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格子も黒だと高級感が・・・



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東大寺が近づくと、
土産物屋が、
そして、
連休中なので、
多くはない、
修学旅行の学生の姿が、
見られます。



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どんどん歩いてきます。
向うは東大寺南大門、
皆さんお帰りの時間です。

もう遅いことは承知の上で、
人の流れに逆行して進みました。


◎  東大寺 

昨日からの続きです。


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南大門が近づいてきました。



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南大門で切り取られた大仏殿の屋根。
(金色の鴟尾が見えます)
下方の屋根は中門。

南大門を抜けると東大寺ミュージアムがあります。
もう閉館だろうと思っていたら、
入り口にいた係の人が、
「まだ入れますよ」
と声を掛けてくれました。
閉館時間は5時半だそうです。
それで入ってみることに。

閉館30分前で、
客はほとんどいません。
時計を見ながら、
ゆっくりと、
心静かに、
お宝を拝観しました。



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ミュージアムを出て、
進むと、
大仏殿東回廊の前に鏡池があります。

池の中に舞台が設けられていました。
この日は4月29日で、
5月2日の「聖武天皇祭」に、
舞楽が行われるのだそうです。



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5時半を過ぎて、
大仏殿の拝観は終了で、
中門の扉は閉じられていました。



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これから、
ホテルまでブラブラ散歩して、
途中で夕食の予定です。
東に行けば2月堂。
でもこちらへは行きません。



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2月堂とは反対方向、
この土塀に沿って西に向かいました。
土塀の中は「東大寺 真言院」です。


◎  ホテルへ 

昨日からの続きです。


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土塀が廻っていたお寺、
東大寺 真言院。



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突き当たりに、
店先に狸の置物をおいたそば屋さんがありました。
赤い短冊には「売り切れました」と。

突き当たって、
左に進みました。



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道を曲がってから振り返ると、
石段の上に戒壇院が見えます。

ここはスケッチポイントらしいのですが、
もう日暮れが近いので、
描いている人は誰もいませんでした。



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依水園。
紅葉の名所だそうですが、
今はツツジです。

もう閉園していましたが、
柵の間から撮りました。



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夕食です。
明るい内に通った時は、
長い行列ができていましたが、
日が暮れかけてから行ったら、
空いていて、
すぐに入れました。

写真の感じでは、
小料理屋みたいですが、
釜飯専門です。



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食べ終わって外へ出ると、
すっかり日が暮れていました。

こういう薄汚れた土塀はあまり見かけません。
珍しくて、
明るい内にも撮ったのですが、
日が暮れてからの方に風情を感じました。



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ホテル近くのブティック。

この辺まで来た時、
小雨がパラつきました
明日の予報は雨です。


◎  雨の中、吉野へ 

奈良の2日目(4/30)は朝から雨でした。
予報では、
曇りから雨、
とのことでしたが、
目を覚ました時はすでに小雨で、
朝食の頃は、
レストランの窓の外の新緑の庭には、
雨脚がはっきり見えていました。


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雨の三条通り。

今日の予定は吉野山行きです。
この雨じゃあ、
という気もしましたが、
雨は降っていますが、
風がないので、
まあ、いいか〜
ということにしました。

昔読んだ、
幸田文さんのエッセイを思い出して、
心の支えにしました。

正確には覚えていませんが、
文さんが雨や雪の時の旅は嫌だと、
父の露伴にいったら、
そういうものじゃない、
雨には雨の、雪には雪の、
そういう天候でなければ見られない、
景色や風情があるものだ、
と諭されて、
出かけてみたら、
その通りだった、
という内容だったと思います。



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ペーブメントも雨に濡れて。



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小径も雨。



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近鉄奈良駅前。

近鉄を使って吉野へ向かいました。



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大和西大寺駅。

ここで特急に乗り換えます。
京都からの橿原神宮前行きです。
終点で吉野行きに乗り換えます。



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吉野駅到着。

電車はガラガラで、
降りた乗客は20人くらいのようでした。



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旅に出る一家。

吉野は終着駅です。
近鉄電車は、
大阪阿倍野橋との間を往復しています。



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駅前の土産物屋。

桜が終わってシーズンオフで、
その上に雨で、
開店休業のようです。


◎  金峰山寺へ 

吉野駅から,
雨の中、
金峰山寺へ向かいました。


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ロープウエイ上の駅。

駅から少し歩いて、
高低差約100mをロープウエイで登りました。



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金峰山寺まで坂道を登ります。

歩き始めの所で、
山の斜面にシャクナゲが咲いていました。



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シャクナゲ。



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道沿いには土産物屋が並んでいます。

歩いている人の姿は、
見えたり、
見えなかったりです。



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焼き物の店もあります。



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咲き残りの八重桜。



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店先の木彫。




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小高いところから見た山は霞んでいました。
写真の右端は木の幹です。

間もなく金峰山寺・蔵王堂に到着します。


◎  金峰山寺 

金峰山寺(きんぷせんじ)に到着です。


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仁王門(国宝)が見えてきました。

(帰路に撮った写真を使っているので、雨が上がっています)



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石段を登ると両側に仁王像があります。
左側の阿形(あぎょう)像。



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右側の吽形(うんぎょう)像。



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仁王門には屋根があるので、
傘をささないで写真が撮れます。
ガスで煙る山々を撮りました。


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こんな写真は雨でなければ撮れません。
はっきり写らないことに有難みを感じていました。



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仁王門を通り抜けて、
この道を進みます。
石段を登って右に行くと蔵王堂があります。

蔵王堂は向うを向いて建っていますから、
この仁王門は、
裏門みたいな位置関係になります。



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蔵王堂(国宝)です。

ここの秘仏本尊が特別ご開帳になっているので、
それが拝観したくて訪れたのです。

雨が写っています。
屋根からの雨水が樋で2ヶ所に集められて、
両側の水鉢に落ちています。



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大きな青銅の水鉢が満杯になって、
水がこぼれ落ちていました。



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大提灯の右側から堂内に入って拝観します。
雨だから空いていました。
有り難いことです。



9蔵王権現

内部は撮影禁止。
写真はパンフレットからです。

秘仏は巨大な仏像で、
大きさは7m。

中央が釈迦如来で過去仏、
右が千手観音で現在仏、
左が弥勒菩薩で未来仏、
ご本尊は蔵王権現と聞いていたのに、
どうして釈迦如来などが・・・

しかも、
釈迦如来も千手観音も弥勒菩薩も、
他所で拝観するような穏やかな表情でなくて、
ものすごい怒りの形相です。

山岳修験者の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ…7世紀)が、
吉野の金峰山で修行している時、
蔵王権現が出現したそうです。

釈迦如来、千手観音菩薩、弥勒菩薩が、
過去・現在・未来の三世にわたって、
人間を救済するために、
悪魔を降伏させる憤怒の相、
つまり蔵王権現に姿を変えて、
現れたのだそうです。
(「権現」とは「仮の姿で現れた神」のこと)

なんだか難しいです・・・


◎  蔵王堂の拝観を終へて 

恐ろしい形相のご本尊をゆっくりと拝観して、
堂内の見学も済ませて、
外へ出ると雨がやんでいました。

予報よりも、
降り出しが早かったので、
上がるのも早かったようです。


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蔵王堂の前に、
柵で囲まれた広い土地があります。
それを隔てて、
改めて蔵王堂を撮りましたが、
霞んでいました。
レンズが曇っているのかと思ってもみましたが、
霧が立ちこめているのでした。



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上の写真の、
柵で囲まれた土地に石塔が建っています。
「大塔宮御陣地」とあります。
吉野は南北朝時代の旧跡として有名です。

大塔宮は、
後醍醐天皇の皇子(護良親王)で、
後醍醐天皇の鎌倉幕府討伐に協力しましたが、
後に足利尊氏と相容れなくなり、
鎌倉で殺されました。

正面に見える赤い鳥居は天満宮です。



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天満宮の横から下を見下ろすと、
数多くの堂塔があります。
写真は南朝妙法殿。

後醍醐天皇の行宮となった実城寺跡で、
南朝の4人の天皇と、
忠臣の霊を祀ってあるそうです。



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蔵王堂を背にして降りてきました。
この石段を降りて進むと、
吉野の上千本に向かいます。



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少し歩いて振り返ると、
蔵王堂が大きく見えています。



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東南院の塀の内で、
カエデが赤い実をつけていました。



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昼時です。
提灯の下がっている店のショーケースに、
「柿の葉ずし定食」とありましたので、
店先のおばさんに、
聞いてみたら、
「今日はやっていません」
とのつれない返事でした。

今日は、
食べられる店はないのかな、
それとも、
どこかあるのかな、
諦めと期待と半々で、
緩い坂道を進みました。


◎  陀羅尼助〜葛うどん 

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「陀羅尼助」という看板を掲げた古そうな店がありました。

陀羅尼助の由来は、
強い苦みがあるため、
僧侶が陀羅尼を唱えるときに
これを口に含み眠気を防いだことからと伝えられる。

陀羅尼助は和薬の元祖ともいわれ、
伝承によれば、
1300年前(7世紀末)に疫病が大流行した際に、
役行者がこの薬を作り、
多くの人を助けたとされる。

(Wikipedia より)

陀羅尼は、
仏教で用いられる呪文の一種。



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丸薬状にしたものが陀羅尼助丸と呼ばれるそうで、
胃腸薬として用いられるそうです。

筑波山のガマ(四六のガマ)は、
前足が4本指、後ろ足が6本指だそうですが、
吉野のカエルは指が3本、
と思って撮ってきましたが、
検索してみたら、
横から撮った写真があって、
それを見ると、
後ろ足が1本しかない、
つまり足も3本らしいです。



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緩い坂道を登りながら、
家と家の間を覗くと、
かなり急な坂になっています。

帰り道で和菓子屋さんに寄ったとき、
ご主人に聞いたのですが、
吉野の緩い坂道は、
馬の背のような尾根道で、
両側が切り立っているそうです。
道沿いの店は、
平屋に見えても、
実は2階ないし3階建てであるとのことです。



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店の写真が撮ってありませんが、
昼食にありつくことができました。
おかみさんに「何がおススメですか?」
と聞いたら、
「葛うどんです」とのことで、
それを頂きました。

吉野葛を混ぜてあるとのことでしたが、
美味しいうどんでした。

店の奥に狭いベランダがありました。
おかみさんがサンダルを貸してくれたので、
ベランダに出て、
ガスの立ち上る山々を撮りました。

このベランダから、
下を覗くと深い谷になっていました。
外から見たら、
清水の舞台みたいなのでしょう。


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腹ごしらえができたので、
元気を出して先きへ進みました。
以前に行ったことのある竹林院へ行くつもりです。

ここからはかなり急な坂道になります。



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途中の民家で見た松の枝。
外塀の上の瓦に沿って、
枝が這っています。


◎  桜本坊 

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更に坂道を登ります。



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振り返ってみるとかなりの急勾配です。



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この家の玄関におばあさんが出てきました。
話掛けてみると、
この鉢物が自慢なのです。

「苗を買ってきて、
育てています。
夏が大変なんですよ。
水やりに手間も掛かるし、
水道代も掛かるし・・・」

おばあさん1人で管理しているようですから、
確かに大変でしょう。



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大峯山護持院 櫻本坊。

本尊は神変大菩薩(役行者)だそうで、
上の写真のお宅の真向かいにあります。
おばあさんのお話です。
「今年の枝垂れ桜はきれいでしたよ。
今はすっかり葉桜になってしまったけど・・・」



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最近まで八重桜が咲いていたようで、
まだ花屑が残っていました。
もう少し新鮮だったら、
と思いますが・・・



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立派な文字が書いてありました。
「一如」?
ちょっと違うみたい・・・



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ほんとに履いたわけではないでしょうが、
ご本尊、役行者の鉄製の下駄。

現在エベレスト登頂を目指している
三浦雄一郎さんは、
ウォーキングのとき、
片足に5kgずつ錘りを付けているそうですが、
この下駄はもっと大変そうです。


◎  竹林院群芳園(1) 

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竹林院に到着です。



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竹林院には群芳園という名園があります。
これは大和三庭園のひとつと呼ばれ、
境内の小高い位置に広がる池泉回遊式庭園です。
千利休が作庭し、
細川幽斎が改修したと伝えられているとか・・・

大和三庭園とは、
ここ群芳園と、
大和郡山市にある慈光院の庭と、
葛城市にある當麻寺の塔頭中之坊の「香藕園(こうぐうえん)」
だそうです。



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中央が玄関で、
右は宿坊(旅館)。

玄関の左から庭園に入りますが、
閑散期で誰もいません。
貯金箱みたいのが置いてあって、
「1人300円を入れて下さい」
とありました。



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庭園入り口の屋根に落ち椿が乗っていました。



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カエデの若葉。



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シャガの花。



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この頃から、
雨がポツポツと当たり、
冷たい風が吹き、
霧も出てきました。



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池はあまり大きくありません。
池の手前右から小高い山に登ります。


◎  竹林院 群芳園(2) 

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石段を登り、
そこから山道へ入って行きます。
築山ではなくて、
寺院背後の山地が回遊式庭園に組み込まれています。



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黄色いのは竹です。
季語でいう「竹の秋」を迎えて、
色づいています。



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山を登り切ると、
台地になっていて、
霧をバックにツツジが咲いていました。



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石碑があって、
和歌が書いてあります。

藤原雅経

み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて
故郷寒く 衣うつなり



百人一首に入っている歌です。
大意は、

秋の夜も更けて、
吉野の山から吹き下ろしてくる風に、
吉野の里は寒くなり、
衣を打つ砧の音が聞こえてくる。




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ツツジと桜の幹。

この辺りは湿気が多いのでしょう、
樹皮が苔で覆われています。



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4月末なのにまだ枯れ木。
これから葉が出るように見えますが、
もしかしたら、
枯れてしまったのでしょうか?



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屋根の瓦。



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落ちたばかりで、
初々しい桜花ひとつ。



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相思の石仏。
赤いのは落ち椿です。



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枝に咲く椿。


これで竹林院を退出して、
帰り道は、
別の坂道を下りました。

先刻うどんを食べた食堂の辺りで、
元の道に出て、
そこからは同じ道を下りました。


◎  吉水神社 

登って行った道を、
蔵王堂の近くまで戻って、
右に折れて坂道を下り、
また上って行くと、
吉水神社があります。


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最後の上り坂です。



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門の上のカエデの新緑。



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門の両側に菊の御紋章の提灯が下がっています。
南北朝が争ったとき、
後醍醐天皇が、
ここを南朝の皇居とされたことによると思われます。



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吉水神社の書院。

右端に見える提灯の奥が
南朝の忠臣楠木正成を祀った社、
その右に吉水神社の本殿があります。

この書院は、
日本住宅建築史上最古の書院として、
世界遺産に登録されています。

書院の中には義経潜居の間があり、
頼朝によって京都を追われた義経主従が、
5日ほど隠れていたそうですが、
追っ手の追求が厳しく、
高野山に逃れることにしました。

高野山は女人禁制なので、
静御前は義経に従っていくことができません。

吉野山 峯の白雪 踏み分けて
入りにし人の 跡ぞ恋しき

静御前


静御前は京都へ戻ります。
これが永の別れとなりました。


その後、
南北朝時代には、
後醍醐天皇の皇居となり、
更に下っては、
太閤秀吉が吉野で盛大な花見を催したとき、
本陣として、
ここに滞在したそうです。



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境内から見る蔵王堂。



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吉水神社を出て山を下ります。
途中空を見ると、
墨を流したような、
(墨で描いたような)
雲が棚引いていました。



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土産物屋。
帰り道のカエルです。


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雨も上がったし、
駅まで歩いて下ろうかという気持ちもありましたが、
ケーブル駅の看板が見えたら、
自然と足が向いてしまいました。

吉野駅から奈良駅まで、
2時間近い電車の旅。
帰りは特急がなく、
急行利用でした。

これで第2日目は終わりです。



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