Photo & Essay

◎  長府庭園 

8月13日〜15日、
北九州方面に行ってきました。

メインイベントは、
13日夜が「関門海峡花火大会」
14日夜が「姫島盆踊り大会」でしたが、
そのメインはうまく撮れていません。

サブで見学した場所の写真が主になりますが、
少しずつ連載していきます。

旧盆で、
最も交通機関の混雑する時期のせいでしょう、
旅行社が使ったのは、
東京駅から小倉まで新幹線。
片道5時間の旅でした。
(「のぞみ」のグリーン車-----満席でした)


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長府庭園入り口。

折角、九州まで来たのに、
バスで本州側に戻りました。

ゆっくりと長府見物をする予定になっていたのですが、
この日の夜は花火大会なので、
ひどい交通渋滞になるという予想から、
長府庭園30分だけに切り詰められました。

「長府庭園」は毛利藩の家老格、西 運長の屋敷跡で、
約3万1千平米あるそうですが、
陽射しが強烈だし、
時間はないしで、
その1/3くらいしか回れませんでした。



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タカサゴユリ(高砂百合) ユリ科



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ハス(蓮) ハス科

「孫文蓮」と名づけられているそうです。
中国の政治家、孫文が、
彼の支援者で長府に在住した田中隆氏に贈った中国古蓮の実を、
ハス博士の大賀一郎氏が育成して発芽したものだそうです。

咲いていた花は、
最後のひとつかと思われましたので、
あえて、
実と一緒に撮りました。



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秋の気配。



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一の蔵。

園内には、
一の蔵、二の蔵、三の蔵、
それに茶室、あずまや、書院があります。



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一の蔵、二の蔵。


次回は書院の写真です。


◎  長府庭園(書院) 

庭園内の書院です。
どういう由来の建物か、
パンフレットには書いてありませんが、
江戸時代の建物ではなさそうです。


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書院正面。

ここから反時計回りに回ってみました。



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右側角。

ガラス戸で、
しかも開け放ってあるので、
向うが見えていました。



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右側。

左半分は、
開け放ってありましたが、
右半分は、
カーテンが引かれていました。



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裏側。




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裏側の一部。

昔のガラスなので、
真っ平らでなく、
少し波を打っていました。
それを撮りたかったのですが・・・



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左側2階。

戸袋の雨板の古びに惹かれました。



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長府庭園の外壁と堀。

駆け足で庭園回遊を済ませて、
外へ出ました。

時間があればお茶室も見たかったのですが・・・
これからまた九州側の門司へ戻ります。


◎  旧門司三井倶楽部 

長府庭園を早めに切り上げて、
門司に戻りましたが、
何の渋滞もなく、
すいすいと走りましたので、
「門司港レトロ」の案内人が間に合わず、
暫く待つことになりました。

「門司港レトロ」とは、
JR門司港駅周辺地域に残る外国貿易で栄えた時代の建造物を中心に、
ホテル・商業施設などを大正レトロ調に整備した観光スポットで
国土交通省の都市景観100選を受賞している。

とのことです。(Wikipediaより)

ようやく案内のおじ(い)さんが現れて、
徒歩での観光が始まりました。


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まず最初が、
「旧門司三井倶楽部」です。
木造の洋館で外観も、
内部もきれいに整備されていました。



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1枚目が玄関。
この2枚目は玄関の右側2階です。

「旧門司三井倶楽部」は、
1921年(大正10年)に三井物産門司支店の社交クラブとして建築。
接客用の洋風の本館と、
それと接続する和風の付属屋・倉庫からなる。

1990年(平成2年)重要文化財指定。
その後、
解体して門司区谷町より門司港レトロ地区に移築された。

本館は木造2階建で、
アインシュタインが1922年(大正11年)に宿泊した2階の部屋が
当時の状態で「アインシュタインメモリアルルーム」として展示されている。

また、門司区小森江が出生地とされる林芙美子にちなみ、
林芙美子資料室(2階)がある。

1階にはレストラン「三井倶楽部」がある。
(Wikipediaより抜粋)



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玄関を入って振り返ると、
扉の上部にステンドグラスがありました。



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1階ホールの照明。
シャンデリアとはいい兼ねますが・・・



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レストラン「三井倶楽部」

扉が開いていましたので、
1枚撮らせて頂きました。



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2階の「林芙美子資料室」に展示してあった写真。

ガイドのおじいさんが、
「不美人だったという話もありますが、
(誰とかと)ヨーロッパへ行った時は、
なかなかもてたそうですよ」

私「この写真を見れば可愛いじゃないですか。
それに才気があって、
魅力的な人だったのでしょうね」

おじいさん「多分そうですね」


林芙美子の出生については、
Wikipediaによれば、
当人は、
生まれは下関と言い、
生年は明治37年、
誕生日は5月5日などとも書いて語っていたが、
没後20年余り経って、
誕生の地は門司市小森江(現、北九州市門司区)との説が発表された。
(ただし出生届は叔父の家の現・鹿児島市に明治36年12月31日誕生として翌1月に出ている)

とのことで、
複雑な事情がありそうです。



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彼女自身のあまりにも有名な言葉-----自筆の色紙。

芙美子は1951年、
満47歳で亡くなっています。
まさに「花のいのちはみじかくて・・・」


◎  旧門司三井倶楽部(2) 

旧門司三井倶楽部2階の続きです。


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階段を登るとすぐにあるのが
「アインシュタインメモリアルルーム」です。
まずあったのが、
ソファの置かれた部屋。
スィートルームの居間にあたるのでしょう。
ごく一部だけ撮っています。
広い部屋です。



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次に寝室ですが、
ベッドは撮ってありません。

部屋の壁に掲げられた板だけ撮りました。
ガイドが説明してくれたのでしょうが、
撮影に夢中だったので何も聞いていません。

"SAKAYEYA"って何だか分かりません。
そして"A.EiNSTCiN."も不思議です。
どうして"A.EINSTEIN"でないのでしょう?
最後から3文字目は、
どう見ても"C" です。
そして"i"だけが小文字!

撮っているときは気付きませんでした。
アインシュタインの自筆の文字を拡大して書いてあるのだろうと、
勝手に思いこんでいました。

とにかくアインシュタイン博士夫妻がここに泊まったのだそうです。



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その奥に、
馬鹿でかいバスルームがあります。

バスタブは普通の大きさですが・・・
写真の手前に便器があります。
とにかく広い部屋です。

写真左奥のドアが寝室に続いています。


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別の洋室の暖炉です。

ガイドはこの装飾が美しいことを説明して、
「暖炉とか、ストーヴとかいわないのです。
マントルピースと呼びます」



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大理石の彫刻が美しいと思って撮りましたが、
鉄部の彫刻も見事です。
もう少し下まで撮ればよかった---と反省!



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窓から外を眺めていたら、
ガイドが「あの高いビルは・・・」と説明してくれました。

黒川紀章さん設計のマンションだそうです。
こんな美観地区にマンションを?
ということで問題になり、
例えば外から見える所に、
洗濯物や布団は絶対に干さない・・・
などの約束事があったとか。

しかし大人気になって、
発売前に完売してしまい、
「発売」がなかったとか・・・
そんなことってあるのでしょうか?
売り出さないのに売れてしまったなんて・・・
買手は門司市在住の人ばかりでなくて、
日本中から希望者が殺到したとか。



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黒川マンションの根元部です。

手前の赤煉瓦が「旧門司税関」、
その奥、
マンションの右の赤煉瓦が「国際友好記念図書館」です。
これらは後日に掲載します。



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これも窓からの眺め---真下です。

「旧門司三井倶楽部」の建物を
前から見た時は木造洋館でしたが、
背後には純日本風の建物が接続しています。
内部に入れないのでどんな座敷があるのかわかりません。


便宜上「黒川マンション」と書きましたが、
「門司港レトロハイマート」が正規の名前です。
建設に当ってはいろいろ経緯があったようです。
興味のある方は下記をご覧下さい。
「門司港レトロハイマート」


◎  旧門司税関 

旧門司三井倶楽部を出た後、
レトロ地区をひと回りしてから、
「旧門司税関」の建物に入りました。


旧門司税関は1912年に建設され、
1927年まで使用された。

その後民間に払い下げられたが、
1945年門司空襲によって屋根がなくなり、
窓をモルタルで塞いで倉庫として使用されていた。

歴史的意義を踏まえ、
過去の写真などを元に、
北九州市が赤煉瓦を特注するなどして、
1991年から4年をかけて復原され、
1995年にオープンした。

1階には吹き抜けの広々としたエントランスホール、休憩室、喫茶店、展示室、
2階にはギャラリーと関門海峡や門司港レトロを一望できる展望室がある。

("Wikipedia"、"MOJIKO RETRO INFORMATION"HPから抜粋)



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外観。

昨日の旧門司三井倶楽部の2階から見たのとは別方向からです。



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入り口を入ってすぐ。

赤煉瓦の壁の右は広々とした、
吹き抜けのエントランスホールです。



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エントランスホールから見上げたくり抜き窓。
煉瓦は当初のものと思われます。
白壁部は、
どうして煉瓦で修復しなかったのかと思いましたが、
上部の煉瓦を昔のまま残すためには仕方なかったのでしょう。



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エントランスホールの柱。

これが特注した新しい煉瓦だと思います。
積み方は、
先日訪れた富岡製糸工場の「フランス積み」とは異なり、
「イギリス積み」になっています。

「イギリス積み」とは、
煉瓦を長手だけの段、小口だけの段と一段おきに積む方式です。



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2階に登りました。

撮り方のせいもあるし、
荒々しい煉瓦と、
向うに見える柱のせいで、
監獄の内部みたいに見えます。



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煉瓦に白っぽい色が残っていること、
煉瓦の表面が滑らかでないこと、
気になります。

全面をモルタル塗りしてあったのを、
剥がしたとか・・・
それだけではないような・・・



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入ったとき、
仰ぎ見た壁のくり抜き窓を、
吹き抜けのエントランスホール越しに真横から撮りました。

鉄柵のデザインが気に入ったのですが、
始めの写真の方が見易いかもしれません。



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屋根裏見上げ。

空襲で屋根が落ちたそうですから、
新しく作られたのでしょう、
新しい材木です。



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2階の窓から望む関門海峡。

夕方5時近く、
日が斜めになっていました。
遠景は下関側。



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入り口のシャンデリア。

出るときになって撮りました。


◎  門司港レトロ散策 

門司港レトロ。
最初に「旧門司三井倶楽部」それから「旧大阪商船」に立寄り、
海辺を散策して「旧門司税関」に入りました。
その散策コースの写真です。

この日は関門海峡花火大会で、
大変な人出でした。


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「旧大阪商船」

大阪商船の門司支店として、
1917年建設され、
1991年まで使用された。
その後、北九州市が買い取り、
1999年登録有形文化財に登録された。

八角形の塔が特徴である。
現在1階は海峡ロマンホール、
2階は「わたせせいぞうと海のギャラリー」、海事資料館、
地元芸術家の作品を展示販売する門司港アート村のギャラリー「港のマチエール」がある。

(Wikipediaより抜粋)

2階に上がって「アートギャラリー」を見ましたが、
写真は撮りませんでした。



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花火大会だから屋台が並び、
若い人たちが大勢歩いていて賑やかでした。
向うに立っているのは、
先日紹介した黒川紀章さん設計のマンションです。

マンションは真っ直ぐに立っています。
傾いているのは私です。



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花火見物の場所取りの人たち。

私たちは指定席だから大丈夫です。
目の前は関門海峡。



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「国際友好記念図書館」

北九州市と中国・大連市の友好都市締結15周年を記念して整備された。
(竣工1995年)
1階は中華レストラン「大連あかしあ」、
2階は中国・東アジア関連書籍の図書館、3階は旧満州関連の資料展示室になっている。
かつて大連にあった東清鉄道汽船会社事務所の複製建築物である。
(1902年ロシア帝国によって建設された)
なお、現在大連にある建物も複製である。

(Wikipediaより抜粋)



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観光地での人力車には、
年配の人たちが誘われますが、
ここは若い人が多いから、
誘われるのも若い人。



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8月13日(火)、
お盆でお休みなのでしょうか、
ほんとに若い人たちがいっぱい歩いています。


私たちは、
早めの夕食をとって、
花火会場へ向かいました。


◎  門司港レトロのたそがれ〜花火 

早めの夕食を終えて、
人波に流されるように花火会場へ向かいました。


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夕陽が見えました。(18:49)
実際はもっと明るかったのですが、
暗めにしてあります。

陽が落ちるまでに海辺の見物席に到着できるといいな、
と思いながら歩きましたが・・・



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これが実際の明るさです。

レトロな映画の看板が掲げてありましたが、
色がかなり褪せています。



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JR門司港駅もレトロな建物として有名ですが、
「駅舎保存改修工事」中だそうで、
すっぽりとシートをかぶっていて、
全く見えません。

駅を通り過ぎてから電車の行く先表示だけでもと、
証拠写真を撮りました。



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海側に隙間があって夕陽が見えました。(18:55)
席に着く前に落ちてしまうでしょう。



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ようやく会場に入る頃は陽が落ちてしまって、
雲が紅く染まっていました。

右上に月が出ています。



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ようやく席に到着です。
青いシートが確保されていて、
かなりゆったりしたスペースがありました。



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海上。(19:15)
向こう岸は下関で、
両側で花火を揚げます。



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花火は19:40〜20:50となっていますが、
始めに挨拶とかあって、
打ち上げ開始は19:50でした。

東京に比べると日没時刻が遅いそうです。



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三脚とか持参していませんから、
手持ちで、カメラ任せのオート撮影です。



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ブログで拝見する花火写真のように美しく、
芸術的に撮れていませんが、
花火を見にいって、
写真なしというのも淋しいですから、
恥ずかしながら・・・の掲載です。

写真では黄色ばかりですが、
実際はそんなことありません。
色も形も音も・・・
久々に花火を堪能しました。



10関門海峡花火

翌朝の新聞の地元欄からです。

主催者発表の観客数は115万人。
昨年も全く同数だそうで、
ちょっとマユツバ的でもありますが、
大層な人出だったことは間違いありません。


◎  宇佐神宮(1) 

花火見物の翌朝は、
北九州市小倉から国東半島に向かいましたが、
途中、
まず宇佐神宮に立寄りました。

宇佐神宮は4万社あまりある八幡さまの総本宮。
御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、
応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、
新しい国づくりをされた方です。

(宇佐神宮HPより)



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神橋。

遠くから見ると赤くて目立ちますが、
近づいてみて、
擬宝珠の錆にビックリしました。



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大鳥居。

朝から暑い日でした。
参拝客はいないわけでありませんが、
多くはなく、
写真のような状態でした。



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古代蓮。

咲いていたのは小さな池でしたが、
「初沢の池」といい、
奈良の「猿沢の池」、
京都嵯峨野の「大澤の池」と共に、
日本三沢の一つといわれるそうです。

蓮はご存知、
2千年前の実から復活した古代蓮を移植したものだそうで、
現在では1万株にまで増えているとのことです。



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百日紅。



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春宮神社。

「とうぐうじんじゃ」と読むそうです。
本殿祭神の応神天皇のお子様が祀られています。



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木漏れ日。

この石段を登ると本殿が近づいてきます。
この辺では単独行でした。

大鳥居の辺りまでは皆と一緒に歩いて、
バスガイドの説明を聞いていましたが、
蓮の花の所で、
集団から離脱してしまい、
暑い中を追いかける形になりました。


◎  宇佐神宮(2) 

宇佐神宮参拝の続きです。


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西大門。

西大門は文禄のころ(1592~)改築されたといわれ、
以来この桃山風の華麗な構造となっています。
屋根は切妻及び向唐破風造りで桧皮葺、
内部はとくに極彩色が多用されています。

(宇佐神宮HPより)

この門をくぐるまで独り旅でした。



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西大門左端部屋根の重なり。



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西大門唐破風彩色。



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ようやく上宮に到着です。
皆さんは日陰に入ってバスガイドの説明を聞いていました。

写真は「三之御殿」です。
これは右端にあり、
左側に同じ御殿が二つ並んでいます。

左端から、
一之御殿、二之御殿と、
全部で三つ並んでいます。

それぞれの御祭神は、
一之御殿 八幡大神(はちまんおおかみ)=応神天皇
二之御殿 比目売大神(ひめおおかみ)
三之御殿 神功皇后
となっているそうです。

朱色が美しいのですが、
背後が改修中で、
櫓が組まれシートが掛けてありました。



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拝殿の中を覗いてみました。

これはこれでいいのですが、
拝殿の豪壮な組み物を見上げて撮った写真がありません。
どうして撮らなかったのだろうと、
今になって後悔しています。



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ご神木。

クスノキのようです。



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拝殿前の広場は陽当たりがよくて、
早々に退散です。

来た時と別の石段を下って行くと下宮があります。
ここにも三つの御殿が並んでいて、
祭神3柱は上宮と同じだそうです。



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下宮の門。


とにかく暑い日でした。
駐車場の近くはお土産屋が並んでいます。
そこでソフトクリームを買いましたが、
あっという間に溶け出して、
だらだらと垂れ落ちる・・・
そんな宇佐神宮拝観でした。


◎  富貴寺 

宇佐神宮の次は富貴寺です。

Wikipediaから抜粋で紹介しておきます。

富貴寺のある国東半島は、
神仏習合の信仰形態をもつ宇佐八幡(宇佐神宮)と関係の深い土地であり、
古くから仏教文化が栄えていた。

宇佐神宮大宮司・到津(いとうづ)家に伝わる貞応2年(1223年)作成の古文書のなかに
「蕗浦阿弥陀寺(富貴寺のこと)は当家歴代の祈願所である」旨の記載があり、
12世紀前半~中頃、
宇佐八幡大宮司家によって創建されたものと推定されている。



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車道から石段を登ります。

寺のパンフレットには、
「蓮華山富貴寺(蕗寺)は、・・・・・」
と書いてあります。



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坂の途中に山門があります。



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山門の上を見上げています。



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山門を過ぎると、
また石段があって、
その上に大堂の屋根が見えてきます。



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大堂(阿弥陀堂)。

これは国宝で、
九州最古の和様建築だそうです。

横手の戸を開けてもらって中に入り、
薄暗い中での拝観と
テープによる解説でした。

ここに来たのは
今回が3回目です。

始めて来た時は、
ご住職が出て来られて、
扉を開けて、
中に案内して下さり、
肉声でのご説明でした。

今回はバスガイドが我がもの顔に戸を開けて案内し、
テープレコーダーのスイッチを入れてくれました。
時代は変わっていきます。



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大堂の屋根。



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大堂前面。



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石段に写るカエデの影。

坂を下りながらですから、
高い方から低い方を撮っています。



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大堂の内部は撮影禁止なので、
パンフレットの写真を載せておきます。

お堂の内部は四角で、
中央に内陣があって阿弥陀如来像が安置されています。
このご本尊は重要文化財。

周囲の長押などに白いものが見えていますが、
これは極彩色の仏画の痕です。
ほとんど見えなくなっていますが、
これの保存のため、
雨の日はお堂を開けないとか聞いていましたが、
よく晴れた夏日だったので、
その心配はありませんでした。

内陣を取り巻く回廊を、
阿弥陀経を読みながら回る、
それが阿弥陀堂の目的です。

冒頭に引用したように、
12世紀当時の宇佐神宮大宮司は、
ここで熱心に祈祷したのでしょう。



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大堂から1段下がった所に現在の本堂があります。
ここもゆっくり拝観して下さいとのことでしたが、
当日は法事をやっていて入れませんでしたので、
入り口上だけ撮りました。


◎  真木大堂〜姫島へ 

富貴寺の次は真木大堂でした。


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真木大堂入り口前。

ご本尊の阿弥陀如来像など多くの重要文化財が安置されていますが、
富貴寺のように見事な建物があるわけでなく、
仏像は撮影禁止ですし、
お見せする写真がありません。



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拝観が終わって出発する前、
駐車場からの風景です。

茶色い屋根、
と思って撮りましたが、
よく見ると、
藁葺きをトタンに変えて、
そのトタンが錆びて穴だらけになったようです。

そして右側には瓦屋根の大きな家があります。
何かヒストリーがありそうな・・・



9国東半島と姫島

この日のメインイベントは姫島の盆踊り見物です。
島に渡る船は伊美港から出ますので、
そこへ急ぎます。

姫島は、
国東市国見町の中心部(伊美地区)から約6kmの海上に位置する。
島の長さは東西約7km、南北約4kmで東西に細長い形をしている。

姫島村(ひめしまむら)は、
大分県北東部にある離島姫島を行政区域とする一島一村の村である。
東国東郡に属する。

(Wikipediaより)



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伊美港に到着。

今フェリーが出て行ったところです。

予約の都合で、
次の次の船になるそうです。
それで、
近くにある道の駅で、
涼んだり、買い物したりして、
時間調整しました。



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いよいよ乗船。



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出航。

赤い灯台の向うの島が姫島です。



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振り返ると、
国見町伊美地区です。



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波消しブロックが積んであります。
立方体を組み合わせた形をしています。



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姫島が近づいてきました。
6km、20分の船旅です。


◎  姫島(古庄家)(2) 

古庄家をひと回りします。


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昨日のくぐり門を抜けて振り返ると、
門に連なる塀の屋根瓦も立派。
上にかぶさるのは昨日と同じ松です。



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ガラス戸に外の樹木が映って、
中が見えません。



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建物の左角を曲がって、
回り込むと
夕日が当たっています。
大好きな光です。



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左側の奥の隅になります。



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上の手水鉢の反対側。

写真右端にまた潜り戸があって、
そこから裏庭に出ます。



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建物の裏側を歩いて、
外れまで来ました。

分解された荷車、梯。
昔を偲ばせる品々です。

暗く見える裏口から中へ入ります。



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荷車の反対側にあった青い柿。
これも夕日を浴びています。



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座敷。

上がることができたのかどうか分かりませんが、
誰も上がりませんでした。



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見終わって出るとき見かけた板。

部分しか撮ってないし、
記憶力が減退しているし、
これが羽目板だったのか、塀だったのか、
忘れてしまいましたが、
これだけ節や木目を浮かび上がらせるのに
どれほどの年月を要したのでしょう〜
建築以来とすれば170年ですが・・・


◎  姫島散歩 

古庄家の見学を終えて、
ここで解散です。
来る時に、
夕食の場所は確認してあります。
そこへ5時半までに集合。

貰った地図には小径が沢山あるので、
それぞれが道を選んで、
散歩しながら食事どころへ向かいます。



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歩き始めると、
道路の上に万国旗が張り巡らされていました。



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万国旗の先には盆踊りの会場がありました。

島内に何ヶ所か(7ヶ所?)会場があるそうです。
フェリーの発着所のそばの広場には中央会場があって、
それは大きいですが、
他は小さな会場だそうです。

中央会場は観客も多いので、
小さな会場の方が見やすいでしょうとのことですから、
ここは後で見に来る候補会場になります。



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もう少し歩くと、
公民館か集会所みたいな建物があって、
その前に、
一眼レフを構えたおじ(い)さんたちが3人いました。

近づくとちょうど、
踊りの支度を済ませた女性が2人出てきました。
一斉にカメラを向けますが、
女性たちは、
巧みに顔を隠して立ち去ります。
カメラの人たちの無念そうなこと!

どうせ顔を見せてくれないのですから、
後ろ姿を撮りました。



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歩いて行くと、
別の集会所から男女の1団が出てきました。
これから会場へ向かうのでしょう。



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行く時から気になっていた家です。
この雑然さが魅力です。



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大きな通りに戻ってきました。
食事処はもうすぐです。
小路があったので、
入ってみました。
小さな島ですが旅館があります。

これを撮って通りに戻ろうとしたら、
1軒の家から踊りの支度をした女の子が出てきました。



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この子は素直に撮らせてくれました。



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お父さんが出てきて、
朝顔の葉の緑が背景になるよう移動させてくれましたので、
もう1枚です。



夕食を済ませて、
いよいよ踊り見物です。
踊りは19時から21時までだそうです。

各自が自由に見て回り、
集合場所はフェリー乗り場。
集合時間は21時半、出航は21時50分。
宿泊は日出温泉ですからチェックインは、
相当遅くなりそうです。


◎  姫島盆踊り 

踊りはまず、
さっきの(万国旗の)会場で見ることにしました。

午後7時はまだ薄暮でしたから、
道を間違えることもなく到着しました。

幾つあるのか分かりませんが、
かなり多くの踊りチームがあって、
島内の会場を順番に回って踊ります。

見ていて分かったことは、
踊り始めてから2〜3分経つとピーッと笛が鳴って、
終わりを告げます。
踊り手は踊りをやめて次の会場へ向かいます。

踊りが変わっても唄は同じです。
太鼓は打ち手が入れ替わり立ち代わりして、
絶え間なく打ち続けます。


2スクリーンショット

到着時刻もちょうどよかったようです。
赤い着物の子供たちの踊りです。
さっきの子もいるのではと、
探しますが、
みんな同じように見えて・・・
奥の子がそうかも知れません。



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編み笠の中は見えません。
予想していたことですが踊りの写真撮りは難しいです。
そこで動画で撮ることにしました。





キツネ踊りは最も人気のある踊りで、
中央会場では最後近くにならないと見れないそうですが、
この会場では早々と見ることができました。

『キツネ踊り』
姫島盆踊りを代表する伝統踊りのひとつ。
独特なキツネの化粧とユーモラスなしぐさで人気を集めています。

(パンフレットから)

昔は大人が踊る激しい踊りだったのが、
戦後は子供の踊りになったそうです。



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キツネになった子を何とか撮りました。
傘まで入るとよかったのですが・・・



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キツネ踊りが終わったあとですが、
観客の中にこんな人が・・・

この人、
さっき出ていたのかな?
他の会場へ行かなくていいのかな?
とか思ってしまいました。
(服装を見ると踊り手でないのかも知れません)





『アヤ踊り』
男女が一組となり、
アヤ棒といわれる青竹を持った男性が、
女性の間を縫うように激しく踊ります。
優雅さと躍動感が融和した伝統踊りです。

(パンフレットから)



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暫く見た後、
別の会場へ行ってみることにしました。

途中に土産物屋があって、
こんなお面が売っていました。



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もうひとつ小さな会場へ行きましたが、
最後は中央会場も見ておきました。
さすがにここは観客が大勢です。

踊りには伝統踊りと創作踊りとあるそうで、
動画で紹介した「キツネ踊り」「アヤ踊り」は伝統踊りです。
中央広場で見ていたら、
明らかに創作踊りと思われる、
寸劇みたいなのもありました。
創作踊りは1年限りだそうですから、
毎年工夫するのでしょう。

写真は、
フェリー乗り場2階のバルコニーから撮りました。



9キツネ踊り

翌日の朝刊の大分版です。
写真はキツネでした。


◎  別府温泉(海地獄) 

姫島の盆踊りを見て、
海を渡り、バスで走って、宿に入り、
深夜の温泉にゆっくり漬かって休みました。

3日目のメインイベントは「帰り旅」です。
午前中の観光は時間つぶしみたいなものですから、
当初の旅程よりも出発時間を遅らせて、
暑い中の散歩時間を減らすことになりました。

幸いといえば、幸いでしたが、
3日間とも、カンカン照りの快晴で、
毎日、最高温度は35度超えでした。


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まず、別府温泉の海地獄見物。

別府温泉には「地獄めぐり」というのがあります。
奇観を呈する自然湧出の源泉「地獄」をめぐるもので、
海地獄、血の池地獄、白池地獄、龍巻地獄などありますが、
その中で最も有名な「海地獄」を見ました。



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入ってすぐに池があって、
スイレンが咲いていました。
赤い色が強烈でしたが、
「地獄」のプロローグとして、
似つかわしいのかも知れません。



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海地獄。



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コバルトブルーの一見涼しげな色をしているが、
その温度は98度で、
泉脈までの深さは200mにも達する。

とWikipediaに書いてあります。



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小高い所に温泉の熱を利用した温室があって、
色とりどりのスイレンが咲いていました。



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外を歩いても暑い、
温室の中も暑い、
早々に見物を終わりにして、
土産物を売っている屋内に入ります。
ここは冷房がよく効いていましたが、
買うものもないので、
バス戻ると、
皆さんも同様で、
予定よりも早めにバスは出発しました。


次は湯布院ですが、
明日は投稿を休ませて頂きますので、
よろしくお願いします。


◎  湯布院 

今回の旅の最後の訪問地は湯布院です。

歓楽街を廃した町並みは
「東の軽井沢、西の湯布院」といわれ、
女性に人気がある。

(Wikipediaによる)

その街をたっぷり散策する予定になっていましたが、
前夜が遅かったし、
当日は猛烈な暑さになったし、
時間を大幅に切り詰めることになりました。


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由布岳。(中央のふたつ瘤)

駐車場でバスを降りると、
バスガイドが「今日は由布岳がよく見えます」と教えてくれました。

湯布院は「湯」で由布岳は「由」、
「ユフ」にはいろいろと歴史があるのでしょう。



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金鱗湖。

湯布院散策では必ず行く所のようです。



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金鱗湖畔の茅葺きの家。

共同浴場で「下ん湯」というそうです。



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湯布院昭和館。

入って見ませんが、
外壁に「昭和」が展示されていました。

今でも人気があるのでしょうか?
もう昭和は遠くなったように思いますが・・・



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昼食は和食でした。
冷房が利いていて、
そこでゆっくり過ごしました。
もう旅も終わりなので、
冷たい日本酒も頂きました。

玄関を入ると土間になっていて、
真昼なのに暗くて電灯が点っていました。



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湯布院町の一画です。
カエデがほんのりと紅くなり始めていました。
猛暑の中でも秋は忍び寄っているようです。

この後、
お盆の渋滞に巻き込まれることもなく、
博多に到着し、
往路と同じく新幹線での長い旅でした。



長らくの連載でしたが、
8月13日〜15日の北九州紀行を終わります。



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