Photo & Essay

◎  金比羅宮 

2年前の「横浜紀行」が終わったので、
次は「東京紀行」です。
9月21日に行ってきました。

スタートしたのは銀座線虎ノ門駅です。
ここから西南に2〜3分歩きました。


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判じ物(どこでしょう?)。

答えは、
金毘羅宮拝殿のガラス戸です。



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拝殿の鈴。



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金毘羅宮拝殿。

この神社は、
万治三年(1660年)に讃岐国丸亀藩主であった京極高和が、
讃岐の金比羅宮(本宮)から分霊を勧請したものだそうです。
(昭和26年の再建)



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更に下がって鳥居も入れて撮りました。

この鳥居は文政4年(1821年)に奉納されたもので、
左右の柱に四神の彫刻があります。
(下に個別写真を載せます)



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鳥居の額。


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青龍(東の守護神)。



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白虎(西の守護神)。



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朱雀(南の守護神)。



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玄武=亀(北の守護神)。



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手水舎の龍。


この日はホテルオークラ内の大倉集古館に行きました。
虎ノ門駅から歩いて10分くらいなのですが、
いつもの通り、
道草を喰いながらで、
なかなか進みませんでした。


◎  ニッショーホール 

虎ノ門駅で地下鉄を降りて、
道草を喰いながら、
大倉集古館に向かいました。

9月23日、
まず金毘羅宮の写真を載せて、
次に進む予定でした。

それが、
急に巾着田に行ったもので、
予定を変更して、
曼珠沙華の写真を掲載してきましたが、
区切りがつきましたので、
元に戻って、
「道草」です。


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金毘羅宮の次に立寄ったのが、
ニッショーホールです。

「ニッショー」って何だろう?
と思いましたが、
「日本消防協会」のことで、
「ニッショーホール」を漢字で書くと、
「日本消防会館」でした。

1階にショールームがあって、
写真の赤い車が展示してありました。
説明板によると、

【ペルー蒸気消防車】
製造年 1860年
製造国 イギリス
製造社 メリーウェザー社
寸法 全長3,4m 巾 1.8m 高さ 2.1m


この蒸気ポンプ車は、
当時ペルーで使用されていたものが、
1993年、
日本に贈られて、
展示されているのだそうです。

製造年の1860年を日本の年号でいうと、
3月までが安政7年、
3月以後は万延元年、
幕末です。



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蒸気消防車の背後に展示されていました。

この置物(?)が気に入りました。



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腕用ポンプ。

「ペルー蒸気消防車」の反対側に展示されていました。
説明板によると、

腕用ポンプ(明治21年製)1888年
明治中期の頃より、活躍した国産ポンプの1機種である。
外国からの輸入品が高価であることから、
国産化を図り、
江戸時代からの龍吐水にとってかわった。


当時としては新鋭機だったようです。
実はこの展示品を見たとき、
これが「竜吐水」かと思いましたが、
それに代わる新しい機械だといいます。
では、
「竜吐水」とはどんなものだったのでしょう。
名前しか知らなかったので、
調べてみました。

竜吐水は、
享保年間(1716~36)に、
オランダから渡来したといわれているそうですが、
水鉄砲に水槽を結合したようなもので、
水運び人足が必要だったそうですから、
連続放水できない装置です。

江戸時代中ごろから明治十年代にかけて使用されましたが、
明治17年(1884)末に、
国産の「腕用ポンプ」が量産されるようになって、
廃止されました。

大森貝塚の発掘で有名な
アメリカの動物学者エドワード・モリスが、
明治10年(1877年)東京で火事があった時の、
竜吐水による消火活動の様子を見て、
日記に書いているそうです。

日本の文化を高く評価していたモースも、
竜吐水については「最もバカげた稚拙な道具」で、
「放水の太さは鉛筆程度で、
少しずつこま切れにシュシュと出るだけ」と、
辛口な記述を残しているそうですから、
消火に役立つ代物ではなかったようです。

有効な放水手段を持たなかった江戸〜明治初期の火消しは、
火を消すというより、
火事場周辺の建物を破壊して、
延焼を食い止めるのが主だったようです。

腕用ポンプは、
水鉄砲でなくてポンプですから、
新鋭機だったわけです。

日本で竜吐水を使っていた頃に、
イギリスでは蒸気消防車を製造し、
ペルーに輸出していたのですから、
その差の大きさに驚きます。


◎  大倉集古館 

ニッショーホールを出て、
突き当たりの道を右に曲がると汐見坂。
それを登って、
左に折れると霊南坂。
右側がアメリカ大使館〜大使公邸、
左がホテルオークラ東京本館。
両方の塀の間の道を歩きました。

アメリカ大使館の塀の外には警備員が何人もいて、
こっちをじろじろ見ている。
疑われているような、
嫌な気がするので、
塀の途中の小さな入り口から、
オークラの方に入ってしまいました。


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塀の内側は細長い庭園になっていました。
大倉集古館には何度もきていますが、
この庭園は初めてです。



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この庭園は、
高低差があって、
石段が何ヶ所かありました。



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大倉集古館の門に到着です。



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門の両側に青銅の灯籠があって、
三葉葵の紋がついています。

この灯籠は、
芝増上寺にあった桂昌院(徳川綱吉生母)の廟所にあったものだそうです。



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門を抜けて集古館に入ります。
中央に額が掲げてあります。
門もこの額も、
文字が右から書いてありますから、
戦前のものです。

大倉集古館は、
大正6年(1917)に、
わが国最初の私立美術館として誕生。
大正12年の関東大震災により
建物と展示中の所蔵品は失われましたが、
倉庫とその中の所蔵品は無事で、
昭和3年に耐震・耐火の陳列館として再建〜開館。
第二次世界大戦では、
幸いにして戦災を免れました。



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大倉喜八郎喜寿の銅像。

大倉喜八郎(1837年〜1928年)は大倉財閥の創立者で、
新潟県新発田市の生まれ。
明治・大正期に貿易、建設、化学、製鉄、繊維、食品などの企業を数多く興した実業家。
渋沢栄一らと共に、鹿鳴館、帝国ホテル、帝国劇場などを設立。
東京経済大学の前身である大倉商業学校の創設者。
大倉集古館は喜八郎によって創設されました。

大倉財閥の2代目が大倉喜七郎(1882年〜 1963年)。
(喜八郎の長男)
慶応大学で学んだ後、
イギリス、ケンブリッジ大学に留学した貴公子。
父喜八郎の事業を引き継いで財閥の発展につとめ、
戦後は公職追放、財閥解体などの難局に直面しながらも、
ホテルオークラ、川奈ホテル、赤倉観光ホテルをはじめとする、
日本のホテル業に大きな足跡を残しました。


今回見に行った展覧会は、
1930年(昭和5年)に、
喜七郎の全面的な支援で行われた、
イタリア政府主催の「ローマ日本美術展」の出品作品が主体でした。

この展覧会の具体的な準備は横山大観が担ったそうです。
大観の出品作「夜桜」は展示替えされていて、
見ることができず残念でしたが、
大観の描いた「ローマ展」のポスターが展示されていました。
日本を象徴する
富士山と赤い太陽、
それにイタリア語の文字群、
大観のグラフィックデザイナーとしての才能を見ることができました。


◎  大倉集古館ベランダ 

大倉集古館の展示室は、
1階と2階とにあります。
館内は撮影禁止。

2階の展示を見た後、
ベランダに出てみました。


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列柱と手すり。

手すりの角柱に載っている短い丸柱、
中国風擬宝珠なのでしょうか、
渦巻き紋様が見られます。

この建物の全景を撮らないでしまったのですが、
建物自体は中国風で、
屋根の四隅が反り返っています。



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柱基。



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ベランダ左端の扉。



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扉の取っ手。

右側のがちょっと傾いていました。
触ってはいけないかな?
と思いつつ、
指で触れてみましたが、
しっかり傾いていました。



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上の扉と反対方向に旗が3本。

日の丸は風で開きましたが、
星条旗はちょっとだけ。
中央の国連旗はほとんど垂れ下がったまま。

右側はホテルオークラ本館。



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階段の照明。

ベランダから中に戻り、
1階に降ります。

照明が写っているガラスは出口のドア。
その向うに見えるのは仁王像。



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内部から見えていた仁王像の阿形。

見えにくいですが、
口は開いています。



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左側の吽形。

しっかり口を閉じています。

この2体は南北朝時代の作で、
筑波山神社内の春日神社から移設されてものだそうです。


このあと、
展示館の外を、
ひと回りしました。


◎  大倉集古館屋外展示品 

展示館の回りにも東洋の美術品が展示されています。
時計回りに回ってみました。


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薬師如来像(向う)と普賢菩薩騎象像(手前)。
(中国・明時代)

展示館の左隅からの撮影。



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展示館の石壁(左側面)。



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文人石。
(朝鮮・李朝)

展示館の裏側に出ました。



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八角五重塔。
(朝鮮・高麗)

中央の石碑は、
大倉喜七郎の功績を顕彰する碑。



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三彩宝塔(八角五重塔)。
(中国・清時代)



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竜頭(鐘の釣り手だったもの)。
(中国・明時代)



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地蔵菩薩像(手前)と釈迦如来座像(向う)。

地蔵菩薩像は江戸時代。
釈迦如来座像は中国・清時代。

展示館の前面右端に出てきました。



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灯籠に巻き付いている竜。
(江戸時代)

この灯籠にも三葉葵の紋があり、
上野寛永寺にあったものを拝領。


◎  ホテルオークラ東京本館ロビー 

大倉集古館の屋外展示品を見た後、
向い側のホテルに入りました。

高級ホテルの入り口には、
ドアマンというのか、
制服の人たちが何人もいて、
丁寧に挨拶されるから、
宿泊するわけでも、
食事をするわけでもないのにと思うと、
ちょっと気後れしますが、
まあ何とか胸を張って入りました。


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広いロビーは一段低くなっていて、
とても落ち着ける感じです。

障子戸風の窓、
下がガラスになっていて、
外の緑が美しい!

今になってホテルのHPを見ると、
この椅子とテーブルをもっと上から見ると、
梅の花に見えるのだそうです。

その梅の花が、
ゆったりとした間隔で、
数多く配置されています。

チェックアウトもチェックインもない時間帯ですから、
人の姿は少ないです。
梅の花のテーブル席には1組だけ。
他にテーブルなしのソファもあって、
そこに数人。
みんな宿泊客には見えません。

梅の花のひとつに席をとって休憩しました。
考えてみれば、
地下鉄を降りてから、
金毘羅宮に立ち寄り、
ニッショーホールでポンプ車を見学して、
大倉集古館の内外をゆっくり観て、
立ちっぱなしだったから、
かなり疲れていました。



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テーブルは赤い漆塗り。
天井の照明が映っています。



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どうせ空いているから、
別のテーブルに移ると、
テーブル上の映像も変わります。



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見上げると・・・

HPによると、
「オークラ・ランターン」と呼ばれているそうです。



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カメラの向きを変えると・・・

ホテル内の荘重な雰囲気に気圧されて、
なるべく、さりげなく、手早く、
撮りましたが、
特に確認してないから、
館内撮影自由なのか、
原則禁止なのか分かりません。



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ホテルの外壁。

ひと休みした後、
ホテルを出て、
地下鉄神谷町駅に向いました。

お昼はどこかで食べることに。
(ホテルのサタデー・ランチ・ブッフェ 1人¥6300はチョッと・・・)


◎  明治生命館外観 

神谷町から地下鉄で日比谷へ。


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レストランの壁。

お昼はイタリアンにしました。

食後、
お濠端を東京駅までウォーキング。

途中で明治生命館の外観を撮るつもりです。


今年7月に、
明治生命館の写真を載せました。
そのときの冒頭の部分を引用しておきます。


重要文化財「明治生命館」

明治安田生命のHPから:
明治生命館(東京・丸の内)は、
古典主義様式の最高傑作として高く評価され、
1997年5月に昭和期の建造物としては初めて国の重要文化財に指定されました。


このときは外観を全く撮らないでしまったので、
いつか機会があったら・・・
と思っていました。


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この柱を撮りたかったのです。

8階建てのビルの、
2階から6階までを貫く巨大な柱は、
ギリシャ建築のコリント式と呼ばれるものです。



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斜め見上げ。



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柱頭。



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礎盤。



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入り口上部の装飾。



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窓の装飾。



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1階部分見通し。


◎  東京ステーションギャラリー 

1東京駅パノラマ

東京駅全景。

駅舎の全長は330mあるそうですが、
全景を撮ってみました。
2枚に分けて撮り、
Photoshopでつないでパノラマ写真にしました。

KITTEを出て、
写真右端の南口前を通って、
中央口を過ぎて、
左端の北口に入ると東京ステーションギャラリーがあります。

東京ステーションギャラリーは1988年に誕生しましたが、
東京駅の復原工事に伴って休館し、
2012年秋に再開されました。

再開から1年経って、
ようやく再訪を果たしました。



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入り口横の展示。

「植田正治展」は10月12日からです。



2大野麦風展

見たのは「大野麦風展」で、
最終日の前日(9月22日)でした。

大野麦風(1888〜1976)は、
洋画から日本画に転向し、
さらに、木版画を手がけた画家です。

1937年に出版された「大日本魚類画集」(西宮書院)は、
彼が原画を担当しましたが、
その原画を中心とした展覧会です。

書籍の名前からは、
図鑑みたいな感じを受けますが、
対象の魚だけでなく、
生態や環境なども描きこんでいるので、
絵画として優れたものでした。



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階段室の照明。

展示室内は撮影禁止。
階段などは撮ってもよいと、
確認して入場しました。



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上の照明の上部。



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踊り場。



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東京駅建設当初のレンガ。


◎  東京駅北口ドーム 

東京ステーションギャラリーは入り口が1階で、
展示室は3階と2階にあります。
3階から見始めて、
2階で見終わるようになっています。


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休憩室の窓。

2階の展示室を出ると休憩室があります。
この窓の外は丸の内側駅前。



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北口ドームの真下。

休憩室からドームの内側の回廊に出ます。
復原されたドームを何度も見上げた広場が目の下にあります。

広場には升目が!?
撮っている時は気付かなかったのですが、
写真を見ると歩きにくそうです。

実際は平らな床です。
上から見ると立体感がでますね。
まるで騙し絵です。



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大きな柱の頭部も目の前です。



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いつもは見上げていた風景が、
今は目の前に。



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ドームはやっぱり見上げなければなりませんが、
でも近いです。

回廊からミュージアムショップに入って、
階段かエレベータで1階に降りて、
外へ出ます。


東京駅の写真はもう撮らなくていいと、
考えて来たのに、
結局は、
全景を撮ったり、
KITTEEから俯瞰したり、
ドームの中を撮ったり、
いつもと同じになってしまいました。



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地下道の天井。

北口を出て地下に入って、
丸ノ内線の駅に向かいました。
疲れ切って、
帰宅です。


今回のシリーズは、
9月23日の金毘羅宮から始めて、
間に「巾着田」を挟みましたが、
延べ10回ほどの連載となりました。

実際に歩いたのは、
9月21日(土)1日でした。

僅か1日のことを、
延々連載したものだと、
われながら感心しています。


◎  上野公園散策 

一昨日(10/9)、
上野公園に行ってきました。

昨日の「考える人」と「旧東京音楽学校奏楽堂」も、
その時の写真です。


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主な目的は国立西洋美術館の「ミケランジェロ展」です。

美術館入り口の看板にふたつの作品の写真があります。
左がミケランジェロ15歳の作「階段の聖母」(大理石浮き彫り)、
右が死の前年、88歳の作「キリストの磔刑」(木彫)です。

「階段の聖母」は見事な作品です。
天才であって、
しかも長生きしたミケランジェロは多くの作品を残しました。

バチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画、祭壇画は彼の偉業です。
天井画は1508年〜1512年まで4年の歳月を掛けて完成。
そのときミケランジェロは37歳。
同じシスティーナ礼拝堂の祭壇画(最後の審判)は、
1535年(60歳)に着手し、
完成したのが1541年(66歳)。

ミケランジェロが描いた12枚の部分習作(デッサン)と
ジョルジョ・ギージが1540年代に、
部分毎に描いた祭壇画の版画が展示されていました。

TBSテレビが今年8月、
天井画、祭壇画を4Kカメラで収録しました。
4Kとは、
表示パネルの画素数が、
フルハイビジョンの4倍ある高画質画像です。

会場では僅か10分間の上映でしたが、
250インチの大画面で見せてくれました。

全部撮ってあるのでしょうから、
それを見せてもらえば、
システィーナ礼拝堂を訪れて、
大混雑の中で、
首を痛くして上を見ているよりも、
遥かに楽に、
鮮明な画像を見ることができます。
実物を見るよりも、
ずっといいのじゃないか・・・

実物と映像の関係。
妙な気分になりました。



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国立西洋美術館本館。

この建物はフランスの建築家、ル・コルビュジェの設計で、
1957年に完成しました。

そして今、
世界遺産登録を目指しているそうです。
20世紀半ばの建築物が?
と疑問に思っていましたので、
調べてみました。

フランス政府とル・コルビュジエ財団が中心となり、
建築家ル・コルビュジエが設計した代表的な建築作品を一括して
世界遺産リストに登録することが計画されました。
フランス政府は、国立西洋美術館を構成資産の一つとして推薦するため、
日本政府に対して協力要請を行いました。
2007年、日本政府は、
国立西洋美術館を世界文化遺産の候補として、
ユネスコの世界遺産暫定リストに記載し、
同年、国の重要文化財(建造物)に指定しました。

(台東区役所HPより抜粋)

全部で22点の建築物を対象にした、
フランスの申請活動に乗っているということでした。



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東京都美術館の外壁。



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公園内のオブジェ。

今年春に見つけて、
撮って、
ブログに載せました。
どこかに題名や作者名があるのでは、
と探してみましたが、
何も見つかりませんでした。



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木々の間から見る国立博物館内
表慶館のドーム。

手前は同じく館内の
旧因幡鳥取藩池田家の表門。



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東京国立博物館正面。



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国立西洋美術館、
別館2階のバルコニー。

ミケランジェロ展を見て、
外へ出て昼食、
それから上野公園内を散策して、
その後、
再度西洋美術館に入って、
平常展を見ました。



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東京文化会館のガラスに映る風景。

上野駅に戻る途中です。


◎  汐留〜銀座 

10月15日、
汐留ミュージアムで、
「モローとルオー」展を見ました。


1モローとルオー

ギュスターヴ・モロー (1826-1898)は、
パリで、
建築家の父と音楽家の母との間に生まれたフランス象徴主義の画家。
1892年に、
彼自身が学んだ美術学校の教授に就任し、
ルオーやマチスを指導しました。

ジョルジュ・ルオー (1871-1958)は、
パリの下町に生まれ、
14歳でステンドグラス修復職人の徒弟となり、
19歳で国立美術学校に入り、
21歳からモローに師事。
モローの死後モロー美術館の初代館長に就任。
フランス20世紀を代表する画家となり、
死去の際は政府により国葬が行われました。

モローは名教授で、
ルオーはその最愛の弟子。
お互いを「親愛なる我が子」「偉大なる父」と
往復書簡の中で呼び合う仲でした。

こんな二人の作品が並べて展示されていました。

上の写真(パンフレット)の左上がモローの作品「ユピテルとセメレ」
右下がルオーの作品「我らがジャンヌ」



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パナソニック東京汐留ビルの外壁(ガラス窓)。



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汐留ミュージアムはパナソニックビルの4階にあります。
ここの窓から下を見ると〜
隣は「旧新橋停車場鉄道博物館」です。
その屋根に四角い穴が開いていることを発見!
何なのでしょう?

この日は台風26号が近づいているので、
この博物館には寄らないでしまいました。
次の機会に調べたいと思っています。

新橋駅近くでお昼を食べて・・・
雨は降っていますが、
風がないので、
銀座通りを歩いてみることにしました。



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雨の中、
傘もささずに、
靴ひもを直しているのでしょうか?

銀座4丁目和光のショーウィンドウです。
どこまでがショーウィンドウの中で、
どれが外の映り込みか、
自分でも分からなくなっています。

折角銀座通りを歩きましたが、
傘を片手に・・・
なので写真はこれだけです。



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銀座1丁目まで歩いて、
地下鉄有楽町線で帰りました。

「銀座1丁目」
ローマ字で書くと・・・

こう書くのかと、
始めて知りました。

ご存知の方からは、
「そんなことも知らないのか」
といわれそうですが・・・


◎  水の戯れ 

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街を歩いていたら、
店先の大きなガラス窓の内側に水が流れていました。
窓の中に妖怪がいると思いませんか?


水の悪戯、
水の戯れです。

ラヴェル作曲「水の戯れ」
辻井伸行の演奏。





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写真が1枚だけでは淋しいので、
追加しましたが、
これは「水の戯れ」でなくて「水と戯れ」です。


◎  六本木通り 

六本木通りを渋谷に向かって歩きました。


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六本木通り。



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ランチタイムが終わって閑散としています。



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六本木ヒルズ。

テラスに上がって、
この写真を撮っただけで降りてきました。



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降りる途中で地階を見下ろすと、
♪人生いろいろ♪



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更に歩いて行くと円柱ミラーが・・・
どうしても自分が写ってしまいます。

スキニー?
ツイッギー?
いやもっと細い!
線香よりも細い2本の脚が、
2組?
3組?



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居酒屋があって、
ミニスカのおねえさんがいて、
落書きがあって・・・



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もう1枚。

おねえさんのミニスカに目がくらんだのか、
カメラがブレブレ!
これだけブレると幻想的に見えてきませんか?



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