Photo & Essay

◎  紅葉 


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この清らかな水は
山から流れ出た清水

写真の右側に太いパイプがあって
水が流れ出していて
柄杓が3〜4本置いてある

秩父札所第27番大淵寺境内にあって
「延命水」と呼ばれる

もちろん飲んできた!


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同じ大淵寺の境内にあったモミジ

高い山の上にあるわけでもないのに
どうしてこの木だけ
紅葉が早いのか分からないが
真っ赤だった。
(撮ったのは11月3日)

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今年は秩父札所午年総開帳の年にあたり
3月1日〜11月18日の間
普段は秘仏として閉じられている扉が
全34ヶ寺で開かれ
ご本尊を拝観、参拝することができる

春は風邪ばかり引いていて
体調が悪かったし
夏は暑かったし
ようやく
9月の末から秩父へ行き始めて
(これまでに4回)
少しずつ歩いているが
間もなく終了なので
全部回り切るのは無理な状況になっている

巡礼というよりもウォーキングであり
写真撮りであるから
それでいいと思っている

折角撮っているので
ぽつぽつと
とりとめなく
アップしていきたいと考えている


◎  いろはにほへと 


いろはにほへと
ちりぬるを
わかよたれそ
つねならむ
うゐのおくやま
けふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす


「いろは歌」を書くパフォーマンス

まず紙を画鋲でとめて
2本の筆に墨を含ませて・・・


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1行目と3行目を同時に書き始める


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次は2行目と4行目


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5行目と7行目


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最後に6行目と8行目

完成すると
画鋲を外して・・・
待っていたお客さんに手渡す
もちろん
なにがしかの料金が必要

書いていたのは
秩父札所16番無量山西光寺のご住職

前に来た時も
このパフォーマンスを見せてもらったから
注文は多いようだ


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右側の戸の桟に紙を留めて書いていた
色紙なども展示即売している

写真の右側が本堂


◎  第16番無量山西光寺 


いろは歌を両手で書いていた
西光寺の様子


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山門


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本堂

境内には巡礼姿の人たちが大勢いて
般若心経を全員で唱和していた

短いお経だから
じきに読み終えて出ていくだろうと思ったら
そうでなかった

般若心経の次にお坊さんらしい人が
長いお経を朗々と唱えた

次はご詠歌みたいなのを
みんなで唱和したが
これがかなり長い

そのあと
黙祷に入ったが
これがまた長い!

この人たちの勤行が済むまで
境内に置かれたベンチで待っていた


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ようやく拝殿に入って
合掌!

本堂内は撮影禁止だから
拝殿の天井をを撮った


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山門近くに小坊主さんみたいな石仏が4体もあって
あっち向きこっち向きしていた
お地蔵様だろうか?

◎  酒樽大黒天 


西光寺境内にあった酒樽


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招福
酒樽大黒天

と書いてある

酒樽の胴をくり抜いて扉をつけ
茅葺き屋根をかぶせてある


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樽の中には大黒様が・・・
酒が供えてある


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酒樽の左側に由来が書いてある

酒樽大黒天の由来
酒蔵奥深く仕込樽として大正年間に作られし樽
時代と共に使用しなくなりたるを昭和四十年代
茶室として造りしが偶々大黒天を祀りしところ
招福の御利益ありと多くの参詣を集め
願をかけ名刺を残すという他に例の無い酒樽大黒天となりける
因みにこの樽は三十石樽といい
一日三合三十年分入ると言う



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茅葺き屋根の下部には
多数の名刺が残されている

名刺なんか持っていないから
残せなかった
今度行く時には
パソコンで名刺を作ろう!

◎  第4番高谷山金昌寺 


金昌寺は山門を潜るとすぐ山の斜面になっていて
少し登ると本堂がある
境内に沢山の石仏があることで有名


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仁王門

2階には沢山の仏像が並んでいる
大きな草鞋が目につくが
これは門内の仁王様を健脚の神として崇め
奉納されたもの


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本堂に登る石段の両側には
石仏が並んでいる


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本堂の拝殿上部


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子育観音

またの名を慈母観音とも
江戸時代の石工の作

江戸の吉野家半左衛門が
相次いで失った妻子の供養のために寄進したとのこと

以前に
別名マリア観音と聞いたことがある
実は聖母子像であって
隠れキリシタンが・・・
という説だったが
上の由来の方が正しいようである


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子育観音の右上にある鐘


本堂から
さらに登って行く小径があり
ぐるっと回って別の方に降りるようになっている
その小径に沿って
あるいは山の斜面に沿って
多数の石仏が並んでいる

全部で1300体あるそうだが
完全なのは800体ほどで
残りは「首なし」である

石仏の首を持ち帰ると御利益があるとかで
持ち去られたらしい


天明3年(1783)浅間山が大噴火して
関東一帯に火山灰が降り
農作物に被害が出て
大飢饉となり
秩父でも多数の死者が出た

金昌寺の住職が千体の石仏安置を発願して
江戸を中心に各地を廻って寄進を募ったところ
3800体が集まったという

その後裏山の土砂の流出で
埋没したりして
減少したが
1300体が現存している

明日から数日
その石仏をアップする

◎  金昌寺の石仏(1) 


秩父札所4番金昌寺石仏群(埼玉県指定文化財)
から少しずつ紹介する


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◎  金昌寺の石仏(2) 


秩父札所4番金昌寺石仏群(埼玉県指定文化財)
から少しずつ紹介する

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先日「首なし」が多いと書いたがその一部

首を持ち帰った人は
幸せになったのだろうか?

持って帰った首は
大切にされているのだろうか?

◎  金昌寺の石仏(3) 


秩父札所4番金昌寺石仏群(埼玉県指定文化財)
から少しずつ紹介する


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写真の左側が本堂
(本堂裏の山から俯瞰撮影)


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酒樽に座り
大杯を頭上に掲げた
酒飲み地蔵

◎  金昌寺の石仏(4) 


秩父札所4番金昌寺石仏群(埼玉県指定文化財)
から少しずつ紹介する


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◎  第1番誦経四萬部寺 


秩父札所は全部で34ヶ寺
本来の巡礼は
1番から34番まで歩くのだろうが
現在そんなことをする人はいないようである

手軽なのはバスツアーで
何度かに分けて回ってくれるから
参加しさえすれば
全部回れる

自家用車で回る人も多くなっている
細い田舎道を通ることもあるので
運転が大変そうだが・・・

私も含め
歩きの人は
あるお寺の近くまでバスや電車で行って
そこから幾つかの寺を回って
バスや電車で戻ってくる
そんなことを繰り返して全部回るのだが
今年は半分くらいしか回れない

回る順序は
自分の都合で決めているが
毎回1番から始めている


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1番へはバスで行く
停留所から
田舎道をしばらく歩くと
木立の向うに寺が見えてくる


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山門の方へ回ると
細い道を隔てて旅籠がある
看板に「旅籠一番」と書いてある


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山門


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観音堂(本堂)

寺の名は「しまぶじ」と読む
元禄時代の建築とわれ
大きくはないが
立派な造りである

◎   第3番岩本山常泉寺 


1番から4番を回ったのは9月下旬だったから
まだコスモスの季節だった


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1番を出て2番へ向かって歩く
こんな平坦な道の後は
坂道(山道)になる
車が通る道だから
さほど急ではないが
息が切れる


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道の傍らには
長閑な風景が・・・

2番を参拝して
今度は山道を下る
細い渓流に沿って歩いたり・・・


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コスモスの向うに
第3番の観音堂が見える
これは小高い所にある


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観音堂を左に見ながら進むと
常泉寺の本堂が見える
これは平地にある


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常泉寺の境内に入って
観音堂に向かう

石段の脇に
石仏があった
以前に見た記憶がないから
最近の設置されたようだ


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石段を登ると観音堂
これが札所第3番になる


第4番が先きになったが
これで第1番〜第4番まで終了

この日は第5番まで回るつもりだったが
疲れたので
第4番でお終いにして
バスで西武秩父駅まで戻った

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秩父巡礼の途中ですが
11月11日〜13日
奈良へ行って来ましたので
明日からは
奈良の写真をアップします

◎  音楽寺(1) 


昨年は秩父札所のご開帳だった。
秋になって回り始めたから
34ヶ寺のすべてを参拝することはできなかったが
20以上の寺に参拝した。

その内のいくつかについては
昨年11月にアップしたが
未投稿の寺を紹介する。

まずは
第23番松風山音楽寺である。
(行ったのは10月19日)

この現代的な名前は
松の梢を吹く風の音から生まれたそうである。

音楽に関する願い事を叶えてくれる寺として
新人歌手がデビューする際のみならず
スター歌手もヒット曲が出るようにと祈願するそうである。


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秩父市街から乗ったバスは
荒川を渡って坂道を登って行く。

バスを降りて矢印の方へ歩く。


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階段を昇る。


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石段を登る。


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本堂に到着。


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階段を登り拝殿に進んで参拝。

◎  音楽寺(2) 



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拝殿上部


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鐘楼


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銅鐘

明和5年(1768)に
それまでの鐘を材料として再鋳された。

明治17年11月
世にいう秩父困民党事件(下記)は
この鐘を鳴らして
秩父市街へなだれ込んだといわれる。


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秩父困民党無名戦士の墓

われら
秩父困民党
暴徒と呼ばれ
暴動といわれること
拒否しない


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秩父困民党決起百年記念碑

明治17年(1884)11月1日の夜
西秩父の一角に
困窮した農民が武装して集まり
蜂起した。

彼らは
一夜のうちに吉田・小鹿野の高利貸を攻撃し
2日午前中に
この境内で休息した。
その人数は約千人。

軍議を終えると
音楽寺の鐘を打ち鳴らして
眼下に望む市街地へと
坂を駈け下って行った。

自由民権運動史に特筆される
秩父困民党事件の始まりである。

◎  音楽寺(3) 


音楽寺の境内を散策してから
寺を出て坂道を下った。


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境内の句碑

あかねさす 雲の炎えたつ 春の水   岡田壮三

「炎えたつ」の読みは「もえたつ」


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小さな祠と石塔


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石灯籠基部と6地蔵

正徳2年10月14日
奥州福島藩主板倉甲斐守源重寛

とあるが
この日
6代将軍徳川家宣が死去しているから
その菩提を弔って献納したものらしいが
福島の藩主が何故秩父の寺に?

「源重寛」と書いてあるが本名は「板倉重寛」
正徳2年は西暦1712年である。


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来る時はバスで坂道を登ってきたが
次の寺へは歩いて坂を下った。
秋晴れの日曜日。


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下って行くと
荒川に掛かる「秩父公園橋」が見えてきた。
高い主塔から斜めに張ったケーブルで吊った斜張橋で
ケーブルがハープの弦のように見えることから
「秩父ハープ橋」と呼ばれる。
秩父市街は橋の向う側。

◎  童子堂(1) 


第23番の音楽寺から
坂道を下って
第22番の童子堂へ向かった。

正式には永福寺というそうであるが
子供にまつわる伝説が多いので
童子堂(わらべどう、どうじどう)と呼ばれる。


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坂道を下って来て
一旦平坦になったところで
すれ違った人たちを振り返った。

この日は日曜日で
西武鉄道主催の巡礼道ハイキングがあって
大勢の人たちが
反対方向から歩いて来た。

彼らは20番→21番→22番→23番
という具合に
順番に回っている。
ハイキングだからでもあるが
これはかなりキツい登り坂である。

すれ違う人たちには
少々の後ろめたさを感じながら
逆回りで
楽な下り坂を歩いた。


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ほぼ下り切って
眺める秩父ハープ橋

その向うに見えるのは武甲山。


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第22番 童子堂 仁王門

門の左右で仁王像が守っている。


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仁王像(阿形)

童子堂というせいか
童話の絵本に出てきそうな顔立ちである。


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仁王像(吽形)

目が輝いていて
よいお顔だ。

◎  童子堂(2) 




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本堂

ハイキングの人たちもいるし
家族連れもいるし
かなり賑わっている。


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本堂の額


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本堂側面の木製欄干


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茶の花

童子堂を出ると
道路脇に咲いていた。


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道路からの風景

手前から
草原、稲、セイタカアワダチソウ、森。

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童子堂の説話

『秩父観音霊異記』に
讃州(香川県)で
飢えた行脚僧に食事を恵まなかった金持ちの農家の主人が
その罰で息子を犬に変えられてしまい
罪を悔いて
四国・西国・坂東の各霊場を順拝し
ここ秩父の童子堂まできたところ
息子が犬の姿から人間の姿に戻ったことが
書かれているそうである。

◎  ハープ橋 


22番を参拝したあと
21番に向かわず
ハープ橋を渡って
秩父市街に行くことにした。


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「秩父ハープ橋」は
荒川を渡る国道299号の斜張橋で
全長:153m
総幅員:11.5m


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橋の途中から見下ろした荒川


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橋の中央部


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アングルを変えればハープのように・・・


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渡り終えて望む武甲山

◎  今宮坊 


ハープ橋を渡って
秩父市街に入り
第16番西光寺へ行ったが
それは昨年11月にアップ済み。

その後第14番今宮坊へ。


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本堂

さほど古くは見えないが
ガイドブックに江戸時代の建築と書いてある。


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般若心経を唱えている女性

秩父札所を巡っていると
よく見かける光景。

勝手に推察しているだけだが
ご主人を亡くして
その菩提を弔うために
一人で巡礼しているのだろうと思う。

本堂奥の観音様に向かって
そばにいても聞こえないくらいの
小さな声でお経を唱え
それが終わると長い時間手を合わせ
次の寺へ向かって歩き始める。
周囲の人と話をすることもなく・・・


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今宮神社の池

今宮坊の近くに今宮神社がある
かつて神仏混淆のころには一緒だったものだろう。


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池のほとりの観音像


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今宮神社の大ケヤキ
(龍神木と呼ぶとのこと)

樹齢:500年
幹周り:8.56m

◎  線路を越えて野坂寺へ 


第14番今宮坊を出て
第12番野坂寺へ向かった。

途中で秩父鉄道の線路を渡り
野坂寺近くで西武鉄道のガードを潜る。


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秩父鉄道「お花畑駅」構内



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駅構内を通過してすぐの飲食店

誰もいないつもりで撮ったが
写真で見ると
看板の陰に1人いる。


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秩父鉄道

向うは三峰口駅方面。


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カフェの飾り

途中カフェでひと休み。
天井からぶら下げてあった。


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斜面のススキ

西武秩父線は高架になっていて
写真右側にあるトンネルを潜ると
間もなく野坂寺である。


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民家のカキ

秋の日暮れは早く
斜めの光がカキの実を照らしていた。

◎  野坂寺(1) 


第12番野坂寺に到着。


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赤い幟がお出迎え

春に来れば
赤い幟の外側の桜並木が
お出迎えしてくれるらしい。


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山門


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山門左脇

石灯籠とシュウメイギクと白壁と。


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本堂


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本堂前で合掌する人

この人は
般若心経はなしで
手を合わせているだけだった。

◎  野坂寺(2) 




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本堂左の石灯籠と丸窓


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境内のお地蔵様

通路の左右に3体ずつあるが
左側の3体。


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右側の3体

一方に日が当たっていれば
その反対側が日陰になるのは当たり前だが
お顔が暗くなって残念。


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おそうじ小僧

こんな立派な石板に
「おそうじ小僧」と書かなくても分かるのに・・・


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ダルマさんとシュウメイギク


この日(昨年10月19日)の巡礼はここまで。

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西武秩父駅と特急レッドアロー号と武甲山


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よく晴れた10月の日曜日も
暮れかかり
家路についた。


その後にも秩父を訪れましたが
その写真は
またの機会にということにして
秩父巡礼は
ひとまず終了とします。


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