Photo & Essay

◎  谷中散策・・・天王寺 


谷中界隈を散歩したのは
9月30日
まだ暑い頃だったから
季節感は違ってしまったが・・・


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日暮里駅から歩き始めた

透かし彫りを撮ろうと思って
待っていたが
このお嬢さん
ケータイを操作していて動かない
仕方ないから一緒に写ってもらった


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天王寺

駅からすぐ近くにある天台宗の寺
この寺にはかつて五重塔があったとのこと
その話は明日に


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釈迦如来座像

近寄って見上げると
2枚目の写真とイメージが変わった


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本堂前の沙羅双樹の実


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本堂内

◎  五重塔 


昨日の天王寺を出ると
南に向かって
さくら通りがある

通りの両側は都立谷中霊園になっているが
そこに柵で囲った狭い空き地がある
五重塔跡である


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五重塔跡

礎石が残るのみであるが
Wikipediaで調べると
元は天王寺のものであったが
明治41年(1908)に当時の東京市に寄贈され
谷中霊園のシンボルになっていた

それが昭和32年(1957)7月6日早朝に焼失した
火事の原因は心中による放火であった


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在りし日の五重塔

1644年:五重塔を建立
1772年:明和の大火により焼失
1791年:五重塔再建
1908年:東京市に寄贈
1957年:心中事件により焼失

史実の他に
この五重塔は幸田露伴の小説「五重塔」のモデルとしても有名

幸田露伴(1867年〜1947年)が
「五重塔」を書いたのは1891〜1892年であるから
再建からちょうど100年経っていたことになる

◎  谷中霊園 


五重塔跡の他には
徳川慶喜公の墓所を見学した


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徳川慶喜公墓所

「TAITOおでかけナビ 」によれば
江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜の墓は谷中墓地と称される区域の寛永寺墓地にあります。
円墳状の墓で、慶喜とその妻の墓が並んでいます。
慶喜は華族の最高位である「公爵」を与えてくれた明治天皇に感謝の意を表すため
自分の葬儀を仏式でなく神式で行うよう遺言を残したため、
一般皇族と同じような円墳が建てられました。



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霊園らしい風景の中に猫がいた


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水引草

ひょろひょろして撮りにくい花だが
これだけまとまっていると撮りやすい


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ホウズキ

9月の末だったから
もう枯れている

◎  全生庵 


谷中に寺は多いが
そのひとつに立寄った

全生庵は
明治維新で国事に殉じた人たちを弔うために
山岡鉄舟が
明治16年に建立した寺

鉄舟との縁で
三遊亭円朝の墓所がある


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全生庵正面


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三遊亭円朝翁碑


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金色の観音像


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石碑背面

刻字面以外の凸凹が面白くて撮影

◎  谷中風景 


これぞ谷中というほどの風景でないが
歩きながら撮った風景


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◎  岡倉天心旧宅趾 


次に訪れたのは
岡倉天心記念公園


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石碑

岡倉天心先生旧宅趾
日本美術院発祥之地

と書いてある

岡倉天心(1863〜1913)は横浜に生まれ
1889(明治22)年:東京美術学校を設立して、初代校長に就任
1898(明治31)年:横山大観らと美術の大学院をめざした日本美術院を設立
1905(明治38)年:ボストン美術館東洋部顧問に就任して渡米

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六角堂


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六角堂屋根

訪れたのは9月末だから
モミジの葉はまだ緑だった


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六角堂の側面

◎   谷中銀座へ 


岡倉天心記念公園を出て
細い路地を通ったりしながら
谷中銀座に向かった


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谷中銀座に到着


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ずいぶん賑わっている


さらに進んでいくと
「夕やけだんだん」がある

◎  夕やけだんだん 


夕やけだんだんが近づいて来た

「夕やけだんだん」は
日暮里駅方面から谷中銀座に下る階段。
階段上から谷中銀座を見下ろす風景は谷中関連の雑誌や番組にしばしば登場する有名なもので、
夕焼けの絶景スポットにもなっている。
階段の下には「谷中ぎんざ」と書かれたゲートがある。
また、
階段には野良猫・飼い猫を問わず、
沢山の猫が集まっているので、
「夕やけにゃんにゃん」と呼ばれることもある。

(Wikipediaより抜粋)


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上の説明とは
反対の方向から来たから
坂を見上げている
(坂の上から見下ろした眺めは明日)


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ちょっと脇見
でも見ただけで
通り過ぎた


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さらに近づく


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また脇見!


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いよいよ登る

実はこの頃
お昼を食べる所を探していた
「だんだん」を登ったが
結局降りてきて
この辺で食べることになった

◎  「夕やけだんだん」の上から 


「夕やけだんだん」を登った


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坂の上から
谷中銀座を見下ろした
夕方ならば
向うに夕焼けが見えるのだろうが
真昼時だから
青空が見えていた

この「だんだん」を
別名「夕やけにゃんにゃん」ともいうと聞いたが
猫の子一匹見えなかった!


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坂の上で昼食場所を探した

ここはちょっと高そう!


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暗い路地にラーメン屋などが並んでいるが
撮影隊一行6人の意に沿う店がないので
また坂を降りることになった


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だんだんを降りるとすぐ
トルコ料理店があった
一見土産物屋風だ


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ここは全員拒否
写真だけ撮って通り過ぎた

結局
その先で
スパゲッティを食べることになったが
席について生ビールを注文したら
「ビールは置いていません
紅茶の店です」
といわれ
がっかりもしたが
これからまだ撮りながら歩くのだから
紅茶もいいだろうと
衆議一決

◎  谷中5丁目 


お昼を食べて
再び「だんだん」を登った


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坂の上には緑があった


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ここを過ぎて右に曲がった
地図を見ると「諏訪台通り」というようである


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ビューティサロンは
この奥にあるのだろうか?


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横道があると撮って・・・


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緑で覆われた家

玄関の庇の上に白い文字で
「OSTERIA IL ROSSO DEL TRAMONTE」
とイタリア語で書いてある
『夕焼け酒場』
と訳したが・・・

白い張り紙に
「9月29日、30日は連休させていただきます」
と書いてある
(行ったのは9月30日)

◎  朝倉彫塑館と観音寺 


ちょっと立寄った場所がふたつある


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朝倉彫塑館

彫刻家・朝倉文夫(1883〜1964)の
アトリエ兼住居を改装した美術館

上の写真は
その美術館の入り口左側にあった
待ち合い室みたいな建物


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入り口右側にあった彫刻

題は「雲」


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美術館玄関脇の彫刻

入ったのはここまでで
館内には入らずに
谷中散策を続行


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観音寺
(赤穂浪士ゆかりの寺)

四十七士に名をつらねる近松勘六と奥田貞衛門は
当寺で修行していた文良の兄と弟であった。
文良は後の当寺第六世朝山大和尚である。
寺伝によれば、
文良は浪士らにでき得る限りの便宜をはかり、
寺内でしばしば彼らの会合が開かれたという。
本堂に向かって右側にある宝篋印塔は
四十七士慰霊塔として
古くから伝えられている。

(説明板から抜粋)


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観音寺の築地塀

観音寺境内の南面を画する延長37.6mのいわゆる練り塀で
江戸時代に築造された土塀です。
土と瓦を交互に積み重ねて作った土塀に
屋根瓦をふいた珍しいものです。

(「TAITO おでかけナビ」から抜粋)

◎  谷中5丁目散策 


まだ同じ道を歩いている


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この敷石を渡って行くと
どこへ行くのだろう?


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香隣舎

明治時代の商家(酒屋)の建物で
個人所有になっているが
地域のイベントに貸し出されているとのこと


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香隣舎側面


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阿弥陀仏と秋明菊


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見越の松

◎  谷中5丁目散策 


散策は続く


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緑を愛する人が多い

ヨーロッパの人たちが
窓辺に赤い花を飾るのとは
雰囲気が異なるけれども・・・


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路地

右側手前の下の方が次の写真


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展示の意味はよく分からないが
古い扇風機に惹かれて撮った

左側の張り紙を
今になって読んでみた

始めの方は紙がまくれて見えないし
後の方は長いから抜き書きで紹介する

夢の・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
希望をみつけて生きていれば
笑顔はきっと戻ってくる
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
又明日 夢をみる

星の向うに未来がある
未来の向うに愛がある
愛の中には心がある
やさしい心がそばにある
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
又明日 夢をみる



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庇の上

この下は?
どんな家だったか記憶にない〜


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5丁目も終りが近い

◎  谷中6丁目 


ぶらぶら歩いて行くと
6丁目になった


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古びた家と看板

この家は和菓子屋さん

◎  下町風俗資料館(1) 


谷中6丁目の隣は上野桜木2丁目で
ここにある下町風俗資料館の付設展示場を訪れた

「下町風俗資料館」は
明治・大正ころまでの下町には江戸の名残がありました。
しかし大正12年(1923)の関東大震災、
昭和20年(1945)の戦災によって、
ほとんどその面影をなくし、
さらに目覚しい復興を遂げた戦後、
特に昭和30年代後半には
東京オリンピックを契機とする再開発が積極的に進められ、
街はすっかり様変わりしました。

そんな古い下町の様子を次の世代に伝えるために
1980年に開設された


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この日見学できたのは
付属展示場(「旧吉田酒店」)だけだった

「旧吉田酒店」は
谷中6丁目に江戸時代から酒屋を営んでいた「吉田屋」の建物(明治43年建築)を
移築したもので
江戸時中期から明治時代の商家建築の特徴を示すとのことである


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玄関を入った正面

大きな酒瓶がある
一斗瓶と書いてある
一斗は十升
つまり18リットルである


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灘の酒の看板


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酒桶


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徳利

◎  下町風俗資料館(2) 


吉田屋酒店の続き


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帳場に置かれた
算盤と通帳


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酒の他にもいろいろと扱っていたらしい
ビールに砂糖に塩に多分味噌も・・・


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看板


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雨樋



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手押しポンプ

◎  寛永寺 


下町風俗資料館から
寛永寺に到着


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秋の陽射しが濃い影を作っていた


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根本中堂


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灯籠


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正面掲額『瑠璃殿』


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屋根の獅子


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灯籠の龍


参拝の後は
鴬谷駅近くで休憩

お昼に飲み損ねた生ビールを飲んで
雑談会をやって
散会しました

これで谷中散策をは終わります


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