Photo & Essay

◎  札所第一番四萬部寺 

総開帳の期間内に
第三十四番まで行けるかどうか分かりませんが、
とにかく第一番から始めました。


札所一番

〔山門〕

第一番は誦経山四萬部寺(ズキョウザン・シマブジ)といいます。
この寺の建物は34箇所中で一番立派です。
ここへはバスで行きました。
日曜日ということもあり、
満員でしたからバスが着くと
境内は善男善女で賑わいました。
路線バスの他に自家用車、観光バスの団体もいます。


札所一番

〔本堂〕

団体が一組本堂の中に入って行きましたので、
一緒に入りました。
団体には坊さんなのかガイドさんなのか分かりませんが、
そういう人がついていて、
寺の説明をしたあと、
大きな声で般若心経をあげます。
ツアーの人たちも唱和します。

今回は般若心経の本を持って行きましたので、
それを開いて一緒に唱えました。
札所めぐりは何度もやっていますが、
お経をあげたのは始めてです。


札所一番

〔紅白の綱〕
写真のように柱が立っていて、
紅白の綱が下がっています。
綱の向こう端は観音様の手につながっています。
だからこの綱を握って祈れば、
思いが直接観音様に届くのだと思います。


札所一番

〔ご詠歌〕
どのお堂にもご詠歌の額が掛けてあります。
ここのご詠歌は、

ありがたや 一巻ならぬ法のはな 数は四萬部の 寺のいにしへ


札所一番

〔山門前の椿〕


一番から三十四番まで歩くと、
約百キロになるそうです。
秩父という地域にまとまっていますから、
他の札所に比べると総距離は短いのかも知れませんが、
最後の方は寺の間の距離も長くなり、
山越えをしなければなりません。
(ハイキングとしては楽しみになります)

パンフレット記載の歩き方では、
6回に分けて
それぞれ10~12キロ位ずつになるようです。
バスも使いますから合計は100キロになりません。


◎  巡礼道の花 

巡礼道

札所第一番から第二番への道は登り坂です。
簡易舗装で,
たまには車も通ります。
杉林の中を抜けて明るいところに出ると、
先日掲載したスイセン、タンポポ、スミレ、マムシグサなどが見られました。


巡礼道

モモの花も咲いていました。


巡礼道

サクラもこれから満開を向かえるところでした。


巡礼道

約2.1キロのきつくはありませんが、
登りばかりの道を歩いて第二番札所に到着です。
石段を登って行くとツバキの大きな木が頭上に枝を延ばしていました。


第二番札所

第二番は大棚山真福寺といいます。
ちょうど団体一組拝殿にいてガイドさんが説明していました。
聞くとはなしに聞いていたら、
この寺は、
それまで三十三箇所だった札所に後から加えられて、
それ以後三十四箇所になり、
西国、東国の三十三箇所と合計して百箇所になったのだそうです。


第二番札所

真福寺のご詠歌です。
なんでご詠歌なのか、といいますと、
次々と寺を回って、
なにか共通したものの写真を撮りたいと思ったからです。
撮り忘れる寺も出るかも知れませんが・・・

めぐりきて たのみをかけし大たなの ちかひもふかき たにかわの水


巡礼道

第二番を出て第三番に向かいます。
約2.5キロの道のりで、
今度は下り道です。


巡礼道

コブシの花が咲いていました。
(ベニコビシでしょうか)
コブシの向うはサクラです。


巡礼道

車道から脇にそれて、
江戸道と標識のある山道を下りました。
下り切ったあたりにミツバツツジが咲いていました。


第三番札所

平地になった道を歩いていくと小高いところに第三番が見えました。
サクラの中に埋もれていました。


第三番札所

第三番札所は岩本山常泉寺といいます。
境内に井戸があって長命水といいます。
手押しポンプでくみ上げるようになっています。
有難く頂いてきましたから、
生きている間は生きられるでしょう。


第三番札所

この寺のご詠歌です。

補陀落は 岩本寺と拝むべし 峯の松風 ひびく滝津瀬


◎  石仏の寺 

第四番札所

第三番札所を後にして第四番に向かいます。
途中谷川を渡りました。
木々の枝先が赤みを帯びていますが、
新緑までもう少し間があるようです。
関東平野に比べて春が遅れています。


第四番札所

川のほとりにサンシュユが咲き始めていました。


第四番札所

ほとんど平らな道を1.4キロほど歩いて第四番に到着です。
高谷山金昌寺といいます。


第四番札所

山門に近づくと大きな草鞋が両側に掛けてあります。
そして石柱が立っています。
そこに「埼玉県指定文化財 秩父札所四番石仏群」と書いてあります。
この寺は石仏が沢山あることで有名です。


第四番札所

山門を入ると早速こんな風に並んでいます。


第四番札所

ここの石仏は普通の姿のものがほとんどで、
多少変った姿の像はこれくらいでした。


第四番札所

横からみた本堂です。
崖の上に立っているので正面からは写せません。


第四番札所

例によってご詠歌です。
四番荒木寺と書いてあります。
金昌寺という名しか知りませんでしたが、
別名だそうです。

あらたかに まいりておがむかんぜおん 二世あんらくと だれもいのらん


第四番札所

本堂の右端に「慈母観音像が」あります。
この寺を紹介するときには必ず写真が載るほど有名な石佛です。
赤ん坊にお乳を飲ませようとしているので、
「子育て観音」とも呼ばれています。

いろいろと言い伝えがあるそうで、
この像の下絵を描いたのは喜多川歌麿だとか、
実は隠れキリシタンが礼拝の対象としたマリア像であるとか・・・
それで「マリア観音」とも呼ばれているようです。


第四番札所

少しアップで写しました。
お顔はよく写りましたが、
アングルが悪かったようです。
赤ん坊はお乳を飲んでいるのではなくて、
右手で乳房を握っているのです。
そこは上の写真の方がよく分かります。

ガイドブックには、
「豊かな両の乳房をあらわにして・・・
豊満なエロチシズムにあふれている・・・」
とあります。


第四番札所

本堂の裏山(というと大げさですが、ちょっと小高くなっています)に登ると、
お堂があってひと巡りできる小道あります。

下りかけると大きな椿の木があって、
いっぱい花を付けていました。
下には落ちた花が散らばっています。
写真の中央上部に変な石があります。


第四番札所

変な石は石仏の胴体だそうです。
椿の木は小道の崖側にあり、
その反対の山側には道に沿って石仏が並んでいます。
ご覧のように首から上がありません。
石仏の首にご利益があるとかで、
どんどん盗まれたそうで、
山の上の石仏にはほとんど首がありません。

椿は首が落ちるといって忌み嫌われるそうですが、
落ち椿の散っている道に
首の落ちた石仏がならんでいるとは話が出来すぎています。


第四番札所

首の代わりに石ころが載せてあります。
こんなことをして、
ほんとにご利益があると思うのでしょうか。


ガイドブックによれば、

天明3年(1783)浅間山が大噴火した。
関東一帯に火山灰が降り、
農作物に甚大な被害が生じ大飢饉となり、
秩父でも多数の死者が出た。
そこで金昌寺の住職は千体の石仏安置を発願したところ、
全国から3800体も集まったという。
その後石仏は奥山の土砂の流出で埋没したりして減ったが、
現在なお1300体を数える。


椿の木のそばで出会った地元の古老の話では、
土砂で流された石仏は境内に山積みされていたそうです。
それを地元選出の衆議院議員荒船清十郎氏が発案して、
地域の人たち総出で並べ直しました。
その作業が嫌で他所へ引っ越して行った人も居たそうです。

荒船清十郎氏(1907~1980)は、
運輸大臣、行政管理庁長官、衆議院副議長などを歴任しました。


◎  札所第五番から第十番、第十一番 

第五番札所

第四番金昌寺を出て第五番へ向かいました。
途中にヒメオドリコソウとオオイヌノフグリが咲いていました。


第五番札所

約1.3キロで第五番に到着です。
ここは小川山語歌堂といいます。

昔、村の裕福な檀徒でもあった本間孫七という人が、
ある夜現れた一人の旅僧と
このお堂で夜を徹して歌道の奥儀を談じあったことによるそうです。
その旅僧は実は観音の化身でした。
それを知った孫七は、
歌を語る堂、つまり語歌堂と名づけたとのことです。


第五番札所

ここのご詠歌は、

父母の 恵みも深き 語歌の堂 大慈大悲の 誓たのもし


第十番札所

第五番からは市街地に向かう(つまり帰途につく)ことにして、
途中にある第十番を参拝しました。
ここは満松山大慈寺といいます。


第十番札所

ご詠歌は、

ひたすらに 頼みをかけよ 大慈寺の 六の巷の 苦にかはるべし


第十一番札所

次は第十一番です。
南石山常楽寺といいます。
小高い丘の上にあって、
桜がきれいでした。


第十一番札所

ご詠歌は、

罪とがも 消えよと祈る坂ごおり 朝日はささで 夕日かがやく


第十一番札所

第十一番常楽寺への坂の下にあったツツジです。


椿

そのあと、
第十五番へも寄りましたが、
ご詠歌を撮り忘れたので、
次の機会に掲載することにします。

花びらの縁が白い椿が咲いていましたので、
それだけ載せておきます。

先週の日曜日に回った霊場の写真はここまでです。
次回はいつになるか、
まだ計画がありません。


◎  秩父札所第9番 

4月16日、2回目の秩父札所めぐりをしてきました。
他の写真を載せていたため、
掲載が遅くなりました。

この日は7ヶ寺を回りました。
回った順番に掲載していきます。


第9番札所

武甲山の北面です。
この日のコースからはこの山がよく見えます。
何度か登場することになるでしょう。


ウィキペディアによれば、

「武甲山」の名称は日本武尊が東征の際、
自らの甲(かぶと)をこの山の岩室に奉納したという伝説に
由来すると一般にいわれている。

2002年現在の標高は 1,304メートル。
武甲山の石灰岩は日本屈指の良質な大鉱床であり、
可採鉱量は約4億トンと推定されている。
山の北側斜面が石灰岩質であるためにセメントの原料として
明治期より採掘が進められた。
1940年に秩父石灰工業が操業を開始して以降、
山姿が変貌するほど採掘が進められ、
とくに北斜面で山体の崩壊が著しい。
1900年(明治33年)の測量では標高は 1,336メートルを記録したが・・・



第9番札所

歩いて行くとハナモモを植えている家が多くありました。


第9番札所

大写しにしてみました。


第9番札所

第9番札所は明星山明智寺といいます。
今回の巡礼では各寺に掲げてある
ご詠歌の額を撮ることにしたのですが、
それは無理(不可能)だと分かりました。

額が掲げてない寺がある。
あるけれどもそれが堂内である。
そして堂内は撮影禁止。
なのです。

ガイドブックや境内の立て札に
書いてありますから、
それを引き写すことにします。

巡りきて その名を聞けば明智寺 心の月は くもらざるらん


第9番札所

明智寺のご本尊は如意輪観世音菩薩です。
上に書いたように堂内、ご本尊は撮影禁止ですが、
外の小さな小屋に如意輪観音の石像がありました。
可愛いので撮りましたから載せておきます。


第9番札所

境内に大木というほどではありませんが、
かなり大きな椿の木がありました。
まだ花を沢山つけていました。
その枝にお御籤(と思いますが)が結わいてありました。
こんな風景は始めてでした。


◎  秩父札所第7番 

第7番札所

第9番を出て第7番へ向かいました。
順番通りでなくて、
巡り易いコースがパンフレットに書いてありますので、
それに従っています。

この日(4/16)、
ソメイヨシノは散り始めていましたが、
まだきれいでした。
ハナモモは真っ盛りです。


第7番札所

川に突き当るとヤマブキが咲いていました。


第7番札所

橋の上から撮った武甲山です。


第7番札所

第7番札所青苔山法長寺です。
別名で「牛伏堂」というそうです。
第9番に比べると大きな寺でした。

ご詠歌は、

六道を 兼ねて巡りて拝むべし 又後の世を 聞くも牛伏


第7番札所

別名の牛伏堂に因んで、
本堂の左側に牛の像がありました。

昔、行基が自分で刻んだ十一面観音を背負って、
この地を行脚中、
急に観音像が重くなったので仕方なく置いて立ち去った。
後で土地の牧童が草刈りをしていると、
一頭の牛が現れて、
座って動かなくなった。
そこで調べてみると、
草の中に観音像が見つかったので、
村人たちとともに堂宇を建てて、
像を安置し、
牛伏堂と名づけた。


とのことです。


第7番札所

本堂の右側には、
恵比寿・大黒の像がありました。
何故この像があるのか、
由来は分かりませんが、
拝むといいことがありそうなお顔です。


第7番札所

境内の片隅に石の鉢が置いてあって、
その脇にシャガがひっそりと咲いていました。


◎  秩父札所第6番 

第6番札所

第7番を出て第6番へ向かいました。
これは武甲山でありません。
新緑が美しかったので撮りましたが、
色と輝きが表現できていません。
想像力を働かせて下さるようお願いします。


第6番札所

途中の道端に植えてありました。


第6番札所

黄色の花が続きます。


第6番札所

坂を登って寺に着くと団体の人たちがお経を上げていました。
狭い境内なので一部の人しか写っていません。
坂の下の駐車場には2台の観光バスが停まっていました。
多分70~80人の団体でしょう。


第6番札所

団体客が立ち去ったところで本堂の写真を撮りました。
第6番札所は向陽山卜雲寺といいます。
別名は「荻の堂」というそうです。

ご詠歌は、

初秋に 風吹きすさぶ荻の堂 宿かりの世の 夢ぞ覚めける


第6番札所

本堂の前に6体の地蔵様があります。


第6番札所

高台にあって狭く細長い境内なのですが、
その奥の方に紅白のハナモモが咲いていました。


◎  秩父札所第8番 

第6番を後にして第8番へ向かいました。


第8番札所

道路脇に斜面があって、
そこは上から水が湧いているのでしょうか、
ワサビが植えてありました。
ほんの少しの面積です。


第8番札所

ミズバショウも咲いていました。
ワサビの方は「ほんの少し」とはいっても、
いくつかの花が咲いていましたが、
こちら、ミズバショウはこれだけですから、
選択の余地がありませんでした。


第8番札所

途中の民家の庭にはハナモモが咲いています。
花の向うに鯉幟がありました。


第8番札所

第8番に到着です。
清泰山西善寺といいます。

ここのご詠歌は、

ただたのめ まことの時は西善寺 きたりむかえへん 弥陀の三尊


第8番札所

この寺はモミジの木で有名です。
樹齢600年近いコミネモミジです。
紅葉のころはカメラマンでごった返すようです。


第8番札所

カメラを少し上に向けました。


第8番札所

本堂の軒に掛かる枝先の葉はまだこんなものでした。


第8番札所

背の高い椿があって、
沢山の花が落ちていました。


◎  秩父札所第12番 

今日は誕生日です。
昨今話題の「後期・・・」まであと1年となりました。
もう3日くらい札所めぐりの記事が続きます。


第12番札所

第8番札所を出て、
次は第12番に向かいました。
途中に「姿の池」があります。
これは桜と芝桜で有名な羊山公園のすぐそばにあります。


第12番札所

民家の前に咲いていたツツジです。


第12番札所

大分歩いてお寺が見えてきました。
山門の近くに咲いていたハナモモとユキヤナギです。


第12番札所

第12番の山門です。


第12番札所

本堂は山門から入ってまっすぐです。
ここは仏道山野坂寺といいます。


第12番札所

久しぶりにご詠歌の額がありました。

老ひの身に 苦しきものは野坂寺 いま思ひ知れ 後の世の道


第12番札所

本堂前右側にケマンソウが咲いていました。
タイツリソウともフジボタンともいうそうですが、
お寺に植えてあるのですから、
ケマンソウ(華鬘草)と呼ぶのがよいでしょう。
華鬘は仏前を飾るものですから。


第12番札所

境内にお掃除小僧の像があります。


第12番札所

小僧の像と反対側に花がありました。
シベの大きいツバキです。


第12番札所

シモクレンも咲いていました。


◎  秩父札所第26番 

第26番札所

第12番から第26番へ向かいました。
平坦な道ですが大分離れています。
赤いチューリップが咲いていました。


第26番札所

草むらに白いタンポポが咲いていました。
シロバナタンポポというそうです。


第26番札所

4㌔近く歩いて第26番に到着しました。
萬松山円融寺といいます。
札所としての観音堂はここから約30分掛けて登った山の上にあります。
しかしそこは山中で無住のため、
観音様をはじめ寺宝はここ円融寺に移されているそうです。


第26番札所

その山上の観音堂に向かいました。
村の道を歩いてから、
登りにかかるところにアオキの赤い実が目につきました。


第26番札所

坂道を登り、
石段を登っていくと、
石仏が並んでいました。
石段が長くて息が切れますから、
ここで手を合わせると
ちょうどよい休憩です。


第26番札所

シダが開く直前でした。


第26番札所

尾根道に上がり、
更に石段を登ると
岩壁を背後にして観音堂が立っています。
岩井堂といいます。
小さいながらも京都の清水寺のような舞台作りです。

ご詠歌は、

尋ね入り むすぶ清水の岩井堂 心の垢を すすがぬはなし


◎  秩父札所第27番 

岩井堂を背にして、
尾根道を第27番へと向かいました。


第27番札所

ヒトリシズカが咲いていました。


第27番札所

3本並んでいたら
サンニンシズカでしょうか(笑)。
この辺りには沢山咲いていましたが、
大勢いても全く静か(シズカ)でした。


第27番札所

岩の陰にジュウニヒトエが咲いていました。
こちらは群生というわけでありません。


第27番札所

スミレは沢山咲いていました。


第27番札所

標識に従って山道を降りていくと山腹に観音堂がありました。
月影堂といいます。


第27番札所

更に下って行くと第27番の寺です。
龍河山大淵寺といいます。
ご詠歌は、

夏山や しげきが下の露までも 心へだてぬ 月の影もり


第27番札所

山道を歩いてのどが渇きましたので
境内の延命水を飲みました。
立て札には、
これを飲むと33ヶ月長生きすると書いてありました。
お陰で3年近くも寿命が延びました。


第27番札所

山門を出たところのツツジです。

これでこの日(4/16)の札所めぐりは終りです。


第27番札所

帰りは西武秩父駅からです。
駅舎の階上からの武甲山。



back to TOP