Photo & Essay

◎  白牡丹 

24日に続いて、
昨27日、
もう一度牡丹を撮りに行ってきました。


白牡丹

昨日は虚子の句
「白牡丹といふといへども紅ほのか」に合わせて、
ほんのりと紅の入った白牡丹を載せましたが、
今日は真っ白な牡丹です。
    

白牡丹

24日に行った時、
白はまだ開き始めでしたが、
昨日はきれいに咲いていました。
しかし、もう崩れ始めている花もあり、
他の色の、24日にはよく開いていた花は、
盛りを過ぎていました。


白牡丹

牡丹色という色があるくらいですから、
あの明るい赤紫が本来の花色なのでしょうが、
白には気品があると思います。


白牡丹

これは崩れ始めていますが、
まだ真っ白、
さすがに「花の王」です。


◎  牡丹 

24日にボタンを見に行ってきました。
このところ毎年見に行っている近くの寺で
多聞院といいます。


牡丹

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といいますが、
牡丹にはどっしり座った感じがあります。
そして「花の王」(または「花王」)という雅称を持っています。

それじゃあ
花王という会社は牡丹に因んで社名を付けたのかと思い、
Wikipediaで調べましたら、
1890年発売の花王石鹸は
当時「顔洗い」(かおをあらう)と呼んでいた化粧石鹸の高級な品質を訴求するため、
発音が「顔」に通じる「花王」と命名したもの。

だそうです。
この「花王」はやっぱり牡丹なのでしょうか・・・


牡丹

牡丹は俳句では夏の季語になっています。
歳時記にこんな例句が載っていました。

白牡丹といふといへども紅(こう)ほのか    虚子


牡丹

牡丹が「花の王」だと書きましたが、
広辞苑をみると「花の*」という言葉がいくつかあります。

「花の兄」
これは
(四季の花の中で他の花にさきがけて咲くからいう) 梅の雅称。
だそうです。


牡丹

「花の弟」
これは
(四季の花の中で最後に咲くからいう) 菊の雅称。
だそうです。


牡丹

「花の父母」
これは
雨露が草木をうるおし養うのを、父母に見立てていう語。
だそうです。


後半は牡丹とは無関係の話になりましたが、
お許し下さい。


◎  清澄庭園 

昨日は仲間たちと
大勢で深川方面散策に行ってきました。


清澄庭園

いろいろと回りましたが、
これは清澄(きよすみ)庭園の池です。

清澄庭園は、
パンフレットによれば、
紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられ、
その後久世大和守の下屋敷となり、
明治11年、岩崎弥太郎が社員の慰労や
貴賓を接待する場所として造園したとのことです。

池の向うに見える建物を涼亭(りょうてい)といい、
幹事さんのお世話で、
ここで昼食を頂きました。


清澄庭園

涼亭の奥の方に広場があり、
八重桜が一面に散り敷いていました。
ご覧のように陽射しが強く、
夏のような暑さでした。

付け加えれば、
この八重桜のように美しい女性たちも一緒でした。


清澄庭園

桜のもう少し奥に、
大きな石碑があり、
そこに
古池や蛙飛び込む水の音
と書いてあります。

ここから400mほど離れたところに
芭蕉庵跡があり、
この句はそこで1685年の春に詠まれました。
昭和9年にこの碑は建てられましたが、
芭蕉庵改修の際、
そこの敷地が狭いので、
ここへ移されたそうです。

芭蕉庵は、
弟子の杉山杉風所有の生簀の番小屋を改築したものだそうです。
だからこの近くの川べりにあったわけです。


清洲橋

清澄庭園の前に、
芭蕉記念館に寄って見学しました。
そのそばにある芭蕉史跡展望庭園から眺めた隅田川です。
見えている橋は隅田川に架かる橋の中で
一番美しいといわれる清洲橋です。

芭蕉記念館の写真はありませんが、
入り口の脇に小さな池があり、
オタマジャクシが沢山泳いでいました。

今日になって一句できました。
芭蕉庵池にはオタマジャクシだけ     capucino
俳句というより川柳仕立てです。
「芭蕉庵」跡へは行っていないのですが、
「芭蕉記念館」では文字数が多すぎるので、
芭蕉庵にしました。

まだ蛙になっていないので、
飛び込む水音は聞こえない、
という駄洒落ですが、
ここへ寄って来る人は、
まだ俳句の道では
オタマジャクシに過ぎないという意もこめたつもりです。
私はそのオタマジャクシになる前のタマゴです。


◎  ハナミズキ 

ハナミズキが咲き始めています。


ハナミズキ

ハナミズキの花言葉は、
「私の思いを受けて下さい」「公平にする」「返礼」「華やかな恋」
などだそうです。

4月6日に「ポトマック桜」の子孫の花を載せましたが、
東京からアメリカへ桜の苗を送ったのは1912年でした。
アメリカから、
そのお礼として1915年(大正4年)に
ハナミズキ(白花種)40本が贈られました。
花言葉の「返礼」を踏まえてのお返しだったのでしょうか。


ハナミズキ

そのハナミズキは公園や植物園に植えられたそうですが、
太平洋戦争が始まると、
敵国の花だということで由来などが撤去されてしまい、
所在がはっきりしなくなったようですが、
小石川植物園にある大木はその原木と確認できるそうです。

因みに、
アメリカでも日本海軍による真珠湾攻撃の直後、
ポトマック河畔の桜が何本か切られるという事件もあったようです。


ハナミズキ

ハナミズキの英名は"Dogwood" です。
アメリカの漫画に「ブロンディとダグウッド」というのがありましたが、
もしかしてと思って調べたら、
"Blondie and Dagwood"で、
一字違いでした。


ハナミズキ

アメリカから、
白花種が贈られた2年後に、
紅花種が12本贈られたそうです。


ハナミズキ

白花の方は
ハナミズキ(アメリカヤマボウシ) ミズキ科
紅花の方は
ベニバナハナミズキ ミズキ科
ハナミズキの園芸品種。
と図鑑に書いてあります。


ハナミズキ

花弁のように見えるのは総苞片で、
中心部の緑色の部分が花だそうです。


◎  さくら変奏曲 

桜の季節も終わりましたから、
桜はこれで最後にします。
今回は「変奏曲」としましたが、
ひょっとしたら「変奏」でなくて「変装」かも知れません。


さくら変奏曲

点描風。
朝の光で空も桜も輝いていたのですが、
くすんで、曇りの景色に変装してしまいました。
向うに聳えるのは都庁です。


さくら変奏曲

これはガラス板を当てて覗いた印象です。


さくら変奏曲

やや日本画調になりました。


さくら変奏曲

パステル調なのですが、
ちょっと「らしさ」が足りなかったかも・・・


さくら変奏曲

これはどういうフィルターを掛けたのか、
自分でも忘れてしまいました(涙)。
記憶力の減退が著しいのです。。。



いよいよ、
「後期高齢者医療被保険者証」が送られてきました。
使うのは来月からですから、
それまではまだ「前期」に所属していますが・・・。

この制度が始まったときは、
「後期高齢者」という言い方がいけないと、
ずいぶん叩かれていましたが、
耳慣れたせいもあるかもしれませんが、
自分で貰ってみて、
この言葉にさほど違和感はありません。

この言葉に対する反応は人さまざまでしょう。
カチンときて、絶対に許せないと思う人もいれば、
別に構わないじゃないかと思う人もいるでしょう。
で、ふと思い出したことがあります。

高齢者どころか中年にも至っていない昔のことです。
同じ職場にひと回りくらい年上の人がいました。
職場で忘年会をやったとき、
座席を抽選で決めたのですが、
幹事は1番から追い番で籤を作りました。

その人が引いたのは4番の籤でした。
大変なことになりました。
「死(4)なんていう籤を引かされたんじゃ、
この忘年会には出席しない。
俺は帰る!」
と血相を変えて怒りだしました。
なだめてもすかしても駄目で、
結局「よい数字」の席に替わってもらったようでした。
多分ラキーセブンの7とか、
末広がりの8とかだったでしょう。

こういうのも、
気にする人と
しない人といますから、
気にしない人が幹事のときに騒ぎが起こるのでしょう。

洋式のホテルでも
一桁目に4の数字のついた部屋はないことが多いようです。
13号室もないかも知れません。


◎  西光寺の枝垂れ桜 

青雲寺からの帰り、
これは元々秩父市内にある寺、
西光寺に寄ってみました。
ここにも枝垂れ桜が1本あるからです。


西光寺

門から中を覗くと
すぐに本堂が見えます。
境内は広くありません。

右側にお堂が二つあって、
その手前に枝垂れ桜があります。
本堂の横手からそのお堂を巡る回廊があり、
そこに四国八十八箇所霊場の本尊を模した像が並べてあります。
ここを一巡りすれば四国遍路を果たしたと同じ功徳が得られるそうですが、
少し安易に過ぎるような気がします。

本堂の左手には、
酒樽大黒天が祀ってあります。


西光寺

ここの枝垂れ桜は今までに何度か見ていますが、
たいてい散りかけていて、
すでに葉が出始めていました。
今回はよいタイミングで訪れました。


西光寺

午後になって、
空が晴れてきて、
日も射してきました。


西光寺

本堂の屋根です。


西光寺

弘法大師の像です。
この像の向こうに、
先ほど説明した八十八箇所霊場の入り口があります。


西光寺

こちらが酒樽大黒天です。
本堂を中心にして桜と向き合っています。
酒樽の中に大黒様が祀ってあるのです。

樽の横手にある立て札にはこう書いてあります。
「酒樽大黒天の由来」
酒蔵の奥深く仕込み樽として
大正年間に作られし樽、
時代と共に使用しなくなりしを
昭和四十年代、
茶室として造りしが、
偶々大黒天を祀りしところ
招福の御利益ありと多くの参詣を集め、
願をかけ名刺を残すという
他に例の無い酒樽大黒天となりける。
因みにこの樽は三十石樽といい、
一日三合三十年分入るという。



西光寺

「願をかけ名刺を残すという他に例の無い・・・」
と書いてある通り、
沢山の名刺が残されています。
どんな願を掛けたのでしょうか。。。


◎  青雲寺の枝垂れ桜 

秩父市にある青雲寺は枝垂れ桜で有名です。
合併で日本中が「市」になってしまったような気もしますが、
ここも以前は秩父郡荒川村だったはずで、
そう呼ぶ方が感じが出るように思います。。。


青雲寺の枝垂れ桜

小さな駅で電車を降りて、
田舎道を歩いて行くと青雲寺があります。
桜の時期はぞろぞろと歩いていきますから、
道がわからないとかいう心配はありません。

車やテントが邪魔ですが、
この寺の境内は枝垂ればっかりです。


青雲寺の枝垂れ桜

他にもっと大きな木もありますが、
これが樹齢600年のエドヒガンです。
昭和56年に立てられた看板には、
樹高15メートル、
目通り2.72メートル
と書いてあります。

3月29日付けの朝日新聞の記事を要約すると、
「昔はもっと幹が太かった」
「子どもが7、8人で手をつないで、ようやく回った」
今の2倍以上もあったのではないかと思われる。

1907年生まれで101歳の方の話では、
「8歳のころ、
太い幹の中は空洞で枯れかかり、
間もなく倒れた。
そばの細い幹が今咲いている」。

同じ株から2本の幹が出る双幹、
いわば双子の兄弟で、
枯れたのは兄の「主幹」、
残ったのが弟の「副幹」とのこと。



青雲寺の枝垂れ桜

行った日は曇り~薄日でした。
もう少し空が青ければ・・・


青雲寺の枝垂れ桜

地面に少し花びらが落ちていましたが、
見ごろでした。


青雲寺の枝垂れ桜

日曜日でしたから、
催しもあり、
境内で子どもたちの太鼓打ちがありました。
打ち終えてほっとした様子の子どもたちです。


青雲寺の枝垂れ桜

頼んできてもらったのか、
押しかけてきたのか知りませんが、
津軽三味線の演奏も・・・


青雲寺の枝垂れ桜

枝垂れ桜がたくさん植えられた、
そして太鼓や三味線を演奏していた広場から、
一段上がったところに寺があります。
境内にも数本の大きな枝垂れ桜があります。

花見客は本堂の前で手を合わせていますが、
まるで初詣のように行列して順番を待ちました。


青雲寺の枝垂れ桜

紅枝垂れは花期が遅いのでしょうか、
1本だけ咲き始めの状態でした。
やはり紅い方が華やかです。

◎  ヒメオドリコソウ 

ヒメオドリコソウ

春の日を受けて、
ヒメオドリコソウとオオイヌノフグリが
混じりあって咲いていました。


ヒメオドリコソウ

ヒメオドリコソウだけで群生していることもありますが、
少し地味になるようです。


ヒメオドリコソウ

ヒメオドリコソウ(姫踊り子草)
シソ科 オドリコソウ属

花言葉は、
「愛嬌」だそうです。
検索でチェックしてみると、
他に「春の幸せ」とか「快活」「陽気」とかもあるようです。

花言葉って、
誰がどうやって決めるのでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだ給付金をもらっていませんが、
腕時計を買いました。
思い出してみると、
始めて買ったのは高校1年の時です。
とにかく安いのを選んだように思います。
それでも10年近く使いました。

次に買ったのは、
高級というほどでありませんが、
まあまあ普通のものです。
買ったとき、
店の人に聞いてみました。
「この時計はどのくらいもちますか?」
「大事に使えば30年くらい使えるでしょう」
とのことでした。

ずっと使っていましたが、
調子が悪くなってきました。
そろそろ買い替えなければと思い、
指折り数えてみたら、
ちょうど30年でした。

ここまでの二つはもちろん、
竜頭を回してゼンマイを巻く機械式の時計でしたが、
買い替えのころにはクォーツ・電池式に変わっていました。
これを最近まで使っていましたが、
どうやら寿命が尽きたようです。
分解掃除をやったりすれば
もっと長持ちしたのかも知れませんが、
ここまで約20年です。

今度は電池の要らない、
ソーラー電波時計を買ってきました。
太陽光や電灯の光を当てると充電が行われ、
それが動力になりますから、
エコのつもりです。
「何年もちますか?」
と聞くのを忘れましたが、
どの位もつのでしょう・・・

時計の寿命が尽きる前に
持ち主の寿命の方が先に尽きるのではないかと思っていますが、
仮に、
この先もう1個腕時計を買うとしたら、
どんな風に進化しているでしょうか?
できれば長生きをして、
もう1度新型を買いたいものです。


◎  カタクリ 

暖かな日が続き、
ソメイヨシノは花よりも葉が多くなり、
春本番となってきました。

ここまで季節が進むと、
時期外れになってしまいましたが、
カタクリの花です。


カタクリ

カタクリ
ユリ科 カタクリ属

4月5日の撮影です。
もう終った花が多くて、
今シーズンのラストチャンスでした。


カタクリ

芽を出してから7~8年かけて
球根が太ると始めて、
花を咲かせるそうです。


カタクリ

毎日、朝開き、夕方閉じますが、
雨天、曇天では開きません。
天気の具合にもよるのでしょうが、
開くのは10時頃、
そして2時過ぎには閉じるそうですから、
タイミングが難しいです。


カタクリ

万葉集に大伴家持の歌があります。

もののふの八十をとめらが汲みまがふ 寺井の上の堅香子の花

『読み』
もののふのやそおとめらがくみまごう
てらいのうえのかたかごのはな

『歌意』
大勢の若い娘たちがやってきて、
入り乱れるようにして水を汲んでいるが、
井戸の傍に咲くかたかごの花の美しいことよ。

「もののふ」は、宮仕えの文武百官で、
多くの出身氏がいたことから「八十」の枕詞として用いられ、
たくさんの娘達が水汲みにやって来て、
わいわいにぎやかにしている様子が歌われている。
堅香子はカタクリ。


◎  イチヨウ 

ソメイヨシノは
咲き始めから満開まで異例の日数を要しましたが、
漸く散り始めました。
桜はソメイヨシノだけではありません。
見ごろを迎えた品種も、
まだ固いつぼみの品種もあります。

前回ポトマック河畔の桜のことを書きましたが、
日本から贈ったのはソメイヨシノの他に多種類あったことを知りました。
そのいくつかに出会うことができましたので、
紹介していきます。


イチヨウ

淡紅色の大輪八重の花です。


イチヨウ

その花の名を「イチヨウ(一葉)」といいます。
樹の幹に名札が付けてあります。

若いカップルが通りかかり、
女が札を読んで、
「あら、これイチョウ(銀杏?)だって?、桜じゃないのかしら?」
男は「???」
で通り過ぎました。

次に年配の、
老夫婦といってよい年代の夫婦が来ました。
ご主人が名札を見て、
「イチョウか~」
奥様は、
「そう~」
それでお二人は通り過ぎました。

「ョ」でなくて「ヨ」と書いてありますし、
小さいですが漢字で「一葉」とも書いてありますが、
目に入らないようでした。


イチヨウ

「一葉」はサトザクラの栽培品種で、
江戸時代末期から関東を中心に広まっているそうです。


イチヨウ

この桜の下ではありませんが・・・
一人のおばあさまが桜並木を歩いていました。

手に額縁入りの写真を持っています。
キャビネ版くらいの写真がぴったり入っている額です。
写真の主はハンチングをかぶって、
ジャンパーを着たおじいさまです。
多分亡くなったご主人なのでしょう。
お天気もよし、
桜も満開だし、
ご主人を伴ってのお花見なのでしょう。
すれ違ってから後ろ姿を見送っていると、
ジーンとしてきました。

亡き夫の写真に見せる桜かな     capucino


◎  ポトマック桜 

西武池袋線、
小手指駅から北へ300mばかりの所に、
西友小手指店があります。
大きなスーパーマーケットです。
そこの広い駐輪場に1本の桜が植えられています。


ポトマック桜

樹の根元にある立て札です。
先日も
ポトマック河畔は花見客で賑わっていると
ニュースが伝えていました。

ここの花を見たことがありませんでしたので、
4日に行ってみました。


ポトマック桜

ご覧のように、
散り始めていましたが、
花はきれいでした。


ポトマック桜

アメリカ、ワシントンDCのポトマック河畔に、
日本から贈られた桜があることは有名です。


ポトマック桜

詳しく知りたくなって、
検索で調べてみたら、
NPSのHPに行き着くことができました。
(NPSは"National Park Service"の略)

1912年2月14日に3,020本、
12種類の桜苗木が横浜からシアトルに向けて出航し、
到着後は冷蔵貨車で運ばれ、
3月26日ワシントンDCに到着したそうです。

12種の内訳が書いてあります。
"Somei-Yoshino"---1,800本
(染井吉野)
"Ari ake---100本
(有明)
"Fugen-zo"---120本
(普賢象)
"Fuku-roku-ju"--- 50本
(福禄寿)
"Gyo-i-ko"--- 20本
(御衣黄・・・これは全部ホワイトハウスに植えられました)
"Ichiyo---160本
(一葉)
"Jo­nioi"---80本
(上匂)
"Kwan-zan---350本
(関山)
"Mikuruma­gayeshi"---20本
(御車返)
"Shira-yuki"--- 130本
(白雪)
"Surugadai­nioi"---50本
(駿河台匂)
"Taki­nioi"---140本
(滝匂)
Total---3,020本
(合計)

主体は染井吉野ですが、
その他にいろんな種類が揃えてあったことにびっくりです。


ポトマック桜

ここに里帰りしている子孫は染井吉野だろうと思っていますが、
どんな経緯があって植えられたのか、
私には全く分かっていません。


◎  「つばさ」の舞台 

川越は城下町で、
江戸情緒を残す街として小江戸と呼ばれています。
東京に近いこともあり、
いつも観光客で賑わっているのですが、
今週から始まったNHK朝の連ドラ「つばさ」の舞台となったことで、
今年は一層賑わうものと期待されています。
「つばさ」をどんな風に宣伝しているのかに注目して歩いてみました。


川越

東京から川越に至る電車としては、
JR川越線、東武東上線、西武新宿線があります。
西武線を降りたら、
駅の構内には長い横断幕が下がっています。
他の駅も同様でしょう。


川越

駅を出て、
街を歩くとこんな幟も立ててありました。


川越

川越の街を特徴付けるのは蔵造りの町並みです。
物をしまっておくための土蔵ではなく、
これが店になっているので店蔵といいます。
耐火のためですが、
経済的に豊かでないと造れません。

「つばさ」の主人公の家も蔵造りの和菓子屋という設定になっています。


川越

これはずいぶんと立派な店蔵で、
金物屋さんです。
もう十年以上も前になると思いますが、
この家の中や暮らしがNHKで紹介されました。


川越

同じ町並みのスポーツ品店です。
いろんなポスターと並べて
「つばさ」のポスターが貼ってあります。

店先ではなくて、
店内に大きなポスターを貼っている店が多いようです。


川越

このポスターはうどん屋さんの入り口横に貼ってありました。
桜の時期でもあり、
いろいろと春の行事があるらしいですが、
そのポスターにもちゃんと「つばさ」が挿入してあります。

多部未華子さんが写っている方のポスターには、
左上に『蔵造りの家』
そして左下に『時の鐘』の写真があります。


川越

これがポスターに載っている家(陶器屋さん)です。
物語の主人公の家の外観にはこの家を使ったそうです。


川越

屋根をご覧下さい。
重厚な瓦は見事なものです。


川越

こんな瓦の屋根は、
作るのはもちろんのことですが、
維持管理してゆくのも大変なことと思います。
(貧乏人の要らざる心配ですが・・・)


川越

この陶器屋さんの裏にはトロッコのレールが敷いてありました。
今はあまり使っていないようですが、
裏の土蔵前から店先まで通じています。
重量物を運搬するのに便利です。
ドラマの中にもトロッコが出てきますが、
撮影はこの建物でありません。


川越

川越のシンボル『時の鐘』です。
京都といえば東寺の五重塔か八坂の塔が出てきます。
(例える相手が立派過ぎましたが)
これと同じで、
川越といえばこの『時の鐘』が出てくるのです。
時報の役目を果たしていたわけで、
今も日に4回鳴らしているそうです。


◎  中院の枝垂れ桜 

昨31日は川越に行ってきました。
中院というお寺があって、
そこの枝垂れ桜が見ごろになっているだろうと思ったからです。
例年、新聞の地方欄に
「中院の枝垂れ桜が見ごろです」
という記事が載るのですが、
それを読んでから行くと、
たいていは
散り始めていて遅いのです。
それで今年は新聞に記事が出ないうちにと思っていきました。


中院

予想以上の人出でした。
ウィークディですから、
老人ばかりですが・・・
チラと見える赤いジャケットの人はタウンガイドさんです。
どっと団体が押しかけて忙しそうでした。

川越には喜多院という有名なお寺があります。
ここは徳川家康のブレーンとして、
江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与した天海僧正が
住職を務めた由緒のある寺です。

こちら中院は立て札によると、
創立は喜多院と同じで、
天長7年(830)慈覚大師によって創立されました。
元来は星野山無量寿寺の中に北院・中院・南院と3院があったのが、
北院が天海によって喜多院と名を変え、
南院がなくなり、
中院がそのまま残った、
とのことです。


中院

本堂の前面にありました。

心を一にして仏を見んと欲すれば
自ずから身命を惜しまず

と読むのでしょうか。

今は親方になっていますが、
貴乃花が大関になったときでしたか、
「不惜身命」と口上を述べました。


枝垂れ桜

この寺には枝垂れ桜が3、4本あります。
少し紅色の花の木とほとんど白い花の木とあります。


枝垂れ桜

種類はエドヒガンだと思いますが、
これはソメイヨシノよりも少し早く咲きます。


枝垂れ桜

ちなみにソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの混血です。


枝垂れ桜

真上にカメラを向けて写しています。

やや散り始めていましたが、
ちょうど見ごろでした。
もう少し日差しがあれば、
もっとよかったのですが・・・


つばさ

今週から始まったNHKの朝の連ドラ「つばさ」は
川越が舞台です。
街のあちこちにポスターが貼ってありました。
その辺は次回にもう少し・・・



back to TOP