Photo & Essay

◎  コオニユリ 

伊吹山の第3弾です。

コオニユリ

コオニユリ(小鬼百合)
ユリ科 ユリ属


コオニユリ

伊吹山にはいろんな花が咲いていましたが、
群落をなして・・・とか、
一面を埋めて・・・
という種類はありませんでした。
(ほんの一部分しか回っていないのですが)

このコオニユリもぽつぽつと咲いていただけですが、
この色ですから、
とても目立ちました。


コオニユリ

こうして花だけが写してあると
見えないのですが、
天気に恵まれていないのに、
かなりの人出でした。
ほとんどが観光バスでやって来た人たちです。
みんな天候には関係なく、
スケジュールで動いているわけです。
(帰り道ですれ違った路線バスはガラガラでした)

道ばたにコオニユリが咲いていると、
順番待ちで写真を撮る、
という場合もありました。


◎  シシウド 

伊吹山の第2弾です。

シシウド

赤いのはシモツケソウのツボミです。
まだほとんどがツボミで、
ピンクの花が一面を埋めているという状態ではありませんでした。

1本、すっくと立ち上がっているのはシシウドです。
これは沢山見られました。


シシウド

シシウド(猪独活)
セリ科 シシウド属


シシウド

霧の立ち込める空をバックに撮ってみました。


シシウド

緑のボール・・・ツボミがほころびかけて、
エネルギーに満ちています。


シシウド

開くと緑の花火です。


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伊吹山は標高1377mしかないのにお花畑が広がっています。
お花畑=草原=高木がない
になります。

スイスでは高度2000m位が森林限界で、
それより高地には樹木が生えず、
お花畑(=草原=アルプス)になります。

伊吹山のある地域はスイスよりも暖地だから、
森林限界の理論値は2500~2600mになるそうです。
こんなに低いのに、
お花畑ができている理由としては、
1)石灰岩地であること
2)風が強く当たること
3)夏場に乾くこと
などがあげられるそうです。

厳密にいえば、
「準花畑」だそうです。
高山植物あるということなのでしょう。


◎  ノリウツギ 

去る27日に伊吹山へ行ってきました。
当然この頃には梅雨は明けているつもりで申し込んだツアーでしたが、
まだ真っ最中。
山の上は霧でした。
土砂降りでなかったのが天の好意と感謝です。

伊吹山は滋賀県の最高峰で、
標高1377m。
1260mの所に駐車場がありますので、
100m登れば頂上です。

しかし霧と風があるので、
無理しない方がよいとのことでしたから、
頂上まで行かず、
途中で同じ道を引き返してきました。
歩く距離を減らしたお陰で写真を撮る時間ができました。
(大して収穫はありませんでしたが・・・)


ノリウツギ

晴れていれば、
眼下に琵琶湖を一望でき、
湖中に浮かぶ竹生島、沖島や、
平野部を蛇行して流れる姉川が見えます。


とパンフレットに書いてありましたが、
まさに「晴れていれば」であって、
霧ですから、
遠くはまったく見えません。


ノリウツギ

ノリウツギ(糊空木)
ユキノシタ科 アジサイ属

1枚目の写真もノリウツギです。

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前回、芥川龍之介が
「唯ぼんやりした不安」
という理由の遺書を残して自殺したと書きました。
そして「河童」という作品があることも。

この作品は読んだ記憶がありませんので、
読んでみようと、「青空文庫」をひもときました。
作品はアイウエオ順に並んでいます。
「河童」の「カ」にたどり着く前に、
「イ」の中に「遺書」という作品(?)がありました。

龍之介が自殺の時に書いた遺書でした。

「遺書」

(クリックすれば青空文庫が出ます)

僕等人間は一事件の為に容易に自殺などするものではない。
僕は過去の生活の総決算の為に自殺するのである。
しかしその中でも大事件だつたのは
僕が二十九歳の時に秀夫人と罪を犯したことである。
僕は罪を犯したことに良心の呵責は感じてゐない。
唯相手を選ばなかつた為に
(秀夫人の利己主義や動物的本能は実に甚しいものである。)
僕の生存に不利を生じたことを少からず後悔してゐる。


遺書はまだ続きます。
そして息子たちへ、
妻の文子へも、
自分の死後についての言葉を残し、
貸してあるもの、借りているものまで、
きちんと記してあります。
そして
「この遺書は直ちに焼棄せよ」とも。

それが焼却されずに残って全集に載せられたのでしょうが、
NHKのラジオ(「今日は何の日」)でも、
Wikipediaも、
友人にあてた遺書に「唯ぼんやりした不安」との理由を残して服毒自殺。
と紹介しています。

家族に宛てた遺書と友人に宛てた遺書があり、
友人宛が一般に用いられているようです。


◎  ホウズキ 

ホウズキ

ホウズキ
ナス科 ホウズキ属

実が赤く色づき始めていますが、
葉っぱが虫食いの穴だらけなのに驚きます。
虫にとってご馳走なのでしょう。

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昨日7月24日は芥川龍之介の忌日だったそうです。
昭和2年のこの日未明、
遺書に「唯ぼんやりした不安」との理由を残し、
35歳という若さで服毒自殺したとのことです。

好んで河童の絵を描き、
死の年に書いた小説に
「河童」という作品があるので、
命日を河童忌というそうです。

芥川のように頭脳明晰の人が、
「唯ぼんやりした不安」という理由で、
妻子を残して自殺するものだろうか、
と思ってみましたが、
頭脳明晰だからこそ・・・
なのかも知れません。

僅か35歳で亡くなったのに、
その名を冠した賞が、
死後80年を過ぎた今も
重要な文学賞であり続けていることに、
驚きを禁じえません。


◎  スイレン 

スイレン

スイレン(睡蓮)


10日ほど前に気象庁は、
関東甲信地方は梅雨明けしたとみられると、
発表したのですが、
このところ梅雨のような日が続いています。
こういうのを「戻り梅雨」または「返り梅雨」と呼ぶそうです。

「送り梅雨」というもあって、
これは梅雨が明ける時の雨で、
豪雨に雷鳴を伴うことが多い、
とのことです。
豪雨による災害に見舞われている地域もありますが、
早く梅雨を送ってしまって、
「梅雨明け」になって欲しいものです。


◎  サンゴシトウ 

2週間前の写真です。

サンゴシトウ

サンゴシトウ(珊瑚紫豆)
マメ科

ディゴの仲間です。
そばにアメリカディゴの木があったのですが、
こちらは花が終わっていました。


サンゴシトウ

前回は兄嫁の死を悼む漱石の俳句を紹介しました。
一連の追悼句のすぐ前に
こんな句が載っています。

わが恋は闇夜に似たる月夜かな
(明治24年)
「わが恋」ですから漱石自身の恋です。
数え25歳、
前年、帝国大学英文科に入学しています。
「闇夜に似たる月夜」-----どんな恋だったのでしょう?
ひょっとして、
美しい兄嫁への思慕の心だったりして・・・
(勝手な想像です)


サンゴシトウ

「漱石俳句集」の全册を網羅しているわけでありませんが、
恋の句がいくつかあります。

朧夜や顔に似合わぬ恋もあらん
(明治30年)
朧夜にふと思ってみたことでしょうか~

梅の神に如何なる恋や祈るらん
(明治32年)
(梅の神=太宰府天満宮)
参拝客のことでしょう。

神かけて祈る恋なし宇佐の春
(明治32年)
(宇佐=宇佐八幡宮)
自分のことでしょうか。

「恋」の句でありませんが、
衣更へて京より嫁を貰ひけり
(明治29年)
6月9日に結婚し、
子規に知らせる手紙に添えた句です。
相手は貴族院書記官長中根重一の長女鏡子。

君が名や硯に書いては洗い消す
(明治29年)
掲載の順序からみて結婚後の句です。
「君」って誰でしょう?
鏡子さん?
別の人?


◎  アサガオ 

カメラが修理を終えて戻ってきました。
早速撮った朝顔です。

朝顔


書棚に「漱石俳句集」という文庫本がありました。
どんなつもりで買ったのか不明ですが、
読んだことはありませんでした。

開いてみると、
漱石は親友子規の感化で俳句をつくり、
生涯におよそ2600句を残したそうです。
その内から848句が選ばれて
この本に入っています。

年度別に掲載されていますが、
最初の明治22年と次の23年は各2句だけ。
明治24年には18句あって、
そのうちの13句が、
この年の7月28日に死去した
兄の妻・登世を悼む句です。
いくつかを紹介します。


朝貎(アサガオ)や咲いたばかりの命哉(カナ)
朝顔の花に
亡くなった登世さんの面影を重ねています。

人生を廿五年に縮めけり
登世さんは僅か25歳(多分数え年で)で亡くなりました。
人生50年の半分でした。
(この年、漱石も数えで25歳)

君逝きて浮世に花はなかりけり
「容姿端麗」と注記があるそうです。
美しいあなたが逝ってしまって、
この世に花がなくなった、と
まるで自分の妻か恋人が亡くなったかのようです。

骸骨やこれも美人のなれの果
「骨揚のとき」と注記があるそうです。
美人も骨になってしまえば---
仏教の地獄絵巻を見るようです。

鏡台の主の行衛(ユクエ)や塵埃
初七日の句だそうです。

ますら男(オ)に染模様あるかたみかな
「形見分け」の句だそうです。
美しかった人の美しい形見を手にして、
じっと見る漱石。。。。。


◎  カラスウリ 

関東地方はあっけなく梅雨が明けてしまいました。
とたんにカンカン照りの暑い日が続きます。
カメラを修理に出しているので撮りに出れませんし、
カメラがあったとしても、
日中は外へ出る気もしません。

去年、一昨年の今頃は何を撮っていただろうかと、
ファイルを開けてみたら、
一昨年は7/13と7/16と7/18にカラスウリを撮っていました。
主に07/7/16夜の写真を載せることにします。


カラスウリ

カラスウリ
ウリ科 カラスウリ属

林の縁などの薮に蔓をからませ、
夏の夜、レース飾りのついた10cmほどの花をつける。
秋には、5~7cmほどの実をつけて赤く熟す。
雌雄異株。


カラスウリ

これは雄花です。
上の写真と中心部の形が違っているのが分かると思います。
上は雌花です。


カラスウリ

図鑑に「雌雄異株」と書いてありましたから、
これは雄株です。
二つ並んで雄花が咲いていました。


カラスウリ

撮影は夜の8時半から9時頃ですから、
真っ暗です。
でもそこに、
ちゃんと虫が来ています。

人間には、
何となく白い花がある・・・位しか分かりませんから、
昼の内につぼみの在処を調べておいて、
暗くなってから懐中電灯を持って出かけます。
もちろんフラッシュ撮影ですが、
左手に懐中電灯を、
右手にカメラを持って、
ピントはオートでシャッターを押します。
昔は三脚持参で撮りに行きましたが、
最近はものぐさになっています。
”オートフォーカス”のお陰です。


◎  カメオ 

長いことシチリア紀行を綴ってきましたが、
前回でおしまいです。

その後は、
フェリーでイタリア本土に渡り
北上してナポリへ。
それからカプリ島観光。
その後ポンペイの遺跡を見ました。

カプリ島やポンペイのことはその内
機会を見て掲載したいと思いますが、
ポンペイからナポリに帰る途中で
カメオ工場の見学をしましたので、
その時の写真です。


1_IGP6804.jpg

「見学」とはいいますが、
旅行社にしても、
受け入れる工場にしても、
「買ってもらう」ためのコースなのでしょう。

入るとすぐお客さんの国語に合わせてビデオを見せてくれます。
それから彫っているところの実演です。


カメオ

材料は貝殻です。
ずいぶん深彫りに見える部分もありますので、
こんなに厚い貝があるのかな?
と思いましたが、
貝殻の凸部をうまく利用しているようです。


カメオ

こんな台に貼り付けて彫っていました。


カメオ

見学の後はショーウインドゥが並んだ部屋に導かれて、
「さあどうぞ買って下さい」ということになります。

それは「あっしには、かかわりねぇことでござんす」から、
廊下に展示してあった額入りのカメオを撮ってきました。
売り物でないから値札も付いていません。
以下も額縁入りの作品です。


カメオ


カメオ


カメオ


カメオ

旅の途中で、
よくこういう店に連れていかれますが、
滞在時間がうまく設定されているように思います。
ある程度品定めの時間はあるのですが、
最後は、
時間切れになりますから早く決断を、
と迫る仕掛けになっているみたいで・・・

われわれは僅か11人のグループでしたが、
それでも2人くらいが買ったようでした。
その内の一人は新婚さんの奥さんです。

バスに向かいながら、
後ろから会話が聞こえてきました。
おばさんの一人が新婚夫人に聞いています。
「どっちが支払ったの?」
「向うの目を見たんですけど、
知らん顔されましたから、
仕方なく自分で払いました」

最近は耳が悪くなって、
大事な話は聞こえないことがあるのに、
こんなことはよく聞こえるのです。


◎  水辺 

7月7日、
久しぶりに新宿御苑に行きました。
あまり花もないし、
人も少ないし、
暑いし、
でした。


1_IGP7162.jpg

日陰の水辺は涼しそうです。


2_IGP7158.jpg

日向は暑いのですが、
木陰に入ると風が涼しく、
ほっとしました。


3_IGP7152.jpg

盛りを過ぎていますが、
紫陽花が水辺に咲いていました。


4_IGP7155.jpg

清涼感を出すよう、
やや露出オーバー気味に撮りました。

実はカメラが故障して
露出がオーバー気味になったのです。
この写真はそれなりに
いい具合に撮れましたが、
真っ白になったり、真っ黒になったり・・・
でした。

後日カメラメーカーで見てもらったら故障でした。
修理に10日以上掛かるとのことですが、
仕方ありません。
保障期間が先月で切れてしまったのですが、
この程度の日数オーバーなら無償で直します、
センサーのクリーニングもやっておきます、
修理が終わったら無料でご自宅までお送りします、
とのことで、
嬉しくなって置いてきてしまいました。


◎  タオルミーナ 

タオルミーナの街歩きです。
ギリシャ劇場はツアーのプログラムでしたから、
現地のガイド付きです。
その後少しだけ一緒に歩いて、
美味しいジェラートの店を教えてくれて、
サヨナラしました。


1_IGP5890.jpg

そのガイドさんがおまけで案内してくれたところには、
人形芝居の操り人形が展示してありました。

人形芝居は近世のシチリアにおける大衆娯楽だったそうですが、
テレビの普及によって廃れてしまったそうです。

演目は子供相手の童話などではなくて、
騎士道文学からシェークスピアもの、
歴史もの、キリストの物語などだそうです。

この展示も騎士道物語のように見えます。


2_IGP5891b.jpg

中でも一番ハンサムな騎士です。


3_IGP5892.jpg

王様でしょうか、一番偉そうな人です。


4_IGP5892a.jpg

唯一の女性です。


5IMG_2423.jpg

あとは勝手にお土産を買ったり、
ぶらぶらと歩きました。
もっと店の写真を撮ってくればよかったと、
今思っていますが、もう遅い~~~

果物も鳥も人形も全部陶器です。


6_IGP5909.jpg

賑やかな通りの長さは1kmくらいのものですが、
その間にいくつもの教会がありました。
これはそのひとつで、
前に大きな夾竹桃の木がありました。


7_IGP5909a.jpg

屋根の上の十字架のすぐ下は、
ぶっちがいの骨の上に髑髏です。
人間はみんなこうなるんだと教えているのでしょうか。


8_IGP5933.jpg

上よりも大きな教会の前の広場です。
今結婚式を終えた所なのでしょう。
記念撮影です。
縁もゆかりもないのですが、
こちらもカメラを向けてしまいました。


9_IGP5934.jpg

新夫婦と親御さんなのでしょうが、
どちらの父親か母親か分かりません。

縁もゆかりもないと書きましたが、
いささかながら縁はあったのです。
つばの白い帽子をかぶったお母さんは、
ホテルのロビーで見かけました。


10_IGP5801a.jpg

数時間さかのぼります。
ホテルのロビーでガイドさんが来るのを待っていました。
そこへちょうどこの人たちが出てきて
記念撮影を始めたのです。
こっそり撮りました(スミマセン!)

カメラを持っていたのはどんな人だったか
全く記憶がありません。
もしかしたら、
白髪のお父さんだったかも知れませんし、
花婿さんだったかも知れないし、
専属のカメラマンだったかも知れないし・・・


◎  ギリシャ劇場とエトナ山 

ホテルから徒歩での観光です。
前回掲載の街を通っていくと
古代ギリシャの劇場がありました。


タオルミーナ

入り口に見取り図がありました。
直径が115mあって、
シチリア島で第2の規模だそうです。

紀元前3世紀の建造で、
図の黄緑の部分が前3世紀から前2世紀のもの。
赤い部分が前2世紀前半のものだと書いてあります。


タオルミーナ

ここから入りました。
上図の赤い部分の左端を外から見ています。


タオルミーナ

赤い部分の下部中央部を内側から見ています。


タオルミーナ

レンガの部分が赤部です。
観覧席は後のものでしょう。

ローマ時代の紀元2世紀には、
円形闘技場に改築されたそうです。


タオルミーナ

上から見た全景です。
この劇場は現在でも夏の間、
演劇、バレー、コンサートなどに使われているそうです。

右上に見えるのがエトナ山です。


タオルミーナ

エトナ山は標高3323m。
活火山です。
方角はタオルミーナの西南西になります。


タオルミーナ

左側は富士山よりもゆるい傾斜に見えますが、
これが南斜面になります。


タオルミーナ

タオルミーナに向かうバスの窓から撮ったエトナ山です。
ほぼ南からだと思います。
見る方角によって形が変わります。
タオルミーナからの姿が美しいですね。


タオルミーナ

劇場の最上部から見たイオニア海です。
シチリアでは毎日好天に恵まれました。


タオルミーナ

上の写真の左側です。
ホテルのバルコニーから撮ったのと同じ海岸線になります。
ずーっと先の方、
岬辺りでしょうか、
そこの村で映画「ゴッド・ファーザ」のロケが行われたそうです。

今日はエトナ山とイオニア海と、
ふたつの名勝をお見せしました。



エトナ山にまつわる神話

ここはイタリアですから
ギリシャ神話というよりローマ神話なのでしょうが、
神々の名を急に変えるとややこしくなるので、
ギリシャ神話の名前で通します。

オリュンポスの最高神、ゼウスと
その正妻、ヘラとの間にヘパイストスという息子が生まれました。
彼は生まれながらの醜男で、
そのため両親から嫌われ、
遠ざけられましたが、
海の女神に救われて育てられ、
高い技術をもつ鍛冶の神になります。

その技術の故にオリュンポスに戻ることができて、
12神のひとりとなりました。
父神ゼウスに尽くしたので、
褒美として美神、
アフロディテ(ヴィーナス)を妻とすることになりました。

時々火を吐くエトナ山の地下には、
ヘパイストスの工房があるとされました。
ローマ神話での彼の名をウルカヌス(Vulcanus)といい、
これは英語の「火山(Volcano)」の語源です。

しかしアフロディテはエトナ山には住まず、
シチリア島西端エリチェの山頂で、
肉体美を誇る軍神アレス(マルス)と同棲していました。
この二人の子がエロス(キューピッド)です。

アフロディテの浮気を太陽神アポロン(アポロ)が見つけました。
アポロンはこのことを夫のヘパイストスに知らせ、
場所も教えました。

ヘパイストスは驚きましたが、
気を取り直し、
鍛冶の技術を発揮して、
真鍮の細い鎖を編んで罠を作りました。
目には見えないくらい細く、
そして丈夫でした。
これを巧みに寝床の周りに張り巡らしました。

妻と恋人が寝床に入ると、
二人は見事に捕えられてしまい、
抱き合ったまま身動きもできません。
ヘパイストスは寝室の扉を開いて、
神々を呼び入れました。
二人はぶざまな姿をさらけ出すこととなり、
長いこと天界の語り種になってしまいました。

ヘパイストスが怒り狂い、
エトナ山のように噴火したら大変でしたが、
驚くほど冷静に対処したものです。

恥を掻いたアフロディテは仕返しをします。
相手は密告者のアポロンです・・・と、
神話は果てしなく続きますが、
エトナ山とは無関係になってきましたので、
この辺でおしまいにします。


◎  タオルミーナ 

シチリア島で泊まったホテルはみんな、
「グランド・ホテル***」でした。

アグリジェント

アグリジェントで宿泊したホテルは
"GRAND HOTEL DEI TEMPLI"
でした。
ここを出発して、
前回に掲載した古代ローマの別荘を見学しました。


その前に泊まったパルレモのホテルは
"GRAND HOTEL ET DES PALMES"
でした。


アグリジェント

"GRAND HOTEL DEI TEMPLI"
の部屋がどんなだったか、
レストランでどんな朝食を食べたか、
もう思い出せません。。。

部屋の窓から下を見ると、
きれいなプールがあったことだけ、
この写真で分かります。
部屋の向きは、
古代ギリシャ神殿のある丘とは反対側を向いていたようです。


タオルミーナ

ピアッツァ・アルメリーナの別荘見学を終えて、
タオルミーナに向かいました。
この別荘はシチリア島のヘソ(中心部)にありましたから、
海は見えませんでした。

昼食後、居眠りしている間にバスはひた走り、
やがて海辺へ出ました。
前回の地図を見てもらえば分かりますが、
イオニア海です。

タオルミーナは標高400mのタオル山の中腹にある保養地です。
海岸からバスは坂道を登っていきます。
途中の景色はすばらしかったのですが、
窓のガラスが光って写真が撮れませんでした。


タオルミーナ

早めのチェックインです。
ここも"GRAND HOTEL"です。
こじんまりしたホテルのように見えましたが・・・


タオルミーナ

ホテルの前面です。
2階建てみたいですが、
斜面に建っていて
入った所が8Fでした。

国旗が何種類か立ててありましたが、
日の丸がなかったのは残念です。


タオルミーナ

ホテルの玄関付近に実っていたレモンです。


タオルミーナ

ホテルに入ると小さなフロントデスクがあって、
ロビーはこじんまりしていました。
そこから海側に出るとバルコニーがあって、
真下にはプールが見えました。


タオルミーナ

目を上げると正面は真っ青な海です。


タオルミーナ

左を見ると、
海岸線が延びています。

ここタオルミーナ自慢の風景は、
青いイオニア海と
雪を頂いたエトナ山なのですが、
このホテルから山は見えませんでした。
エトナ山の紹介は後日とします。


タオルミーナ

ホテルを出発して観光jに出かけました。
ここには大きなギリシャ劇場があるのです。
劇場を見た後は自由に街歩きを楽しむことになっています。


タオルミーナ

面白い顔(人形)があります。


タオルミーナ

日本には
「見ざる・聞かざる・言わざる(三猿)」というのがありますけれども、
イタリアでは何というのでしょう?


◎  ピアッツァ・アルメリーナ 

シチリア島の旅は、
パレルモから始まり、
下の地図に赤丸を付けたセジェスタの遺跡を経て、
アグリジェントの神殿遺跡を見学しました。

ピアッツァ・アルメリーナ

今回は、
アグリジェントを出発してシチリアの臍といわれる青丸部分で、
古代ローマの別荘の見学です。
町の名をピアッツァ・アルメリーナといいます。
"Piazza Armereina"小さなイタリア語の辞書にも出ていました。
「ピアッツァ・アルメリーナ(古代ローマ時代の別荘
Villa Romana del Cassaleで有名なシチリア州の町)」

ここの見学を午前中に済ませて、
午後はシチリア島最後の宿泊地となる
タオルミーナに向かいました。


ピアッツァ・アルメリーナ

Villa Romana del Cassale(カサーレの古代ローマの別荘)の見取り図です。
みやげ物屋に貼ってあったものを、
失礼して撮ってきました。
日本語のガイドブックも売っていますが、
荷物になるので買わないことにしています。
(空港の荷物重量検査が厳しくなっていて、
僅かなオーバーでも数万円取られると
おどかされていましたので)

第二次世界大戦後、
床に見事なモザイク画が描かれたローマ時代の屋敷跡が発掘されました。
今では世界遺産に指定され、
シチリア観光の目玉になっています。


ピアッツァ・アルメリーナ

屋敷の一部の概観です。
外壁は残っていますが、
屋根は発掘後につけたものです。

紀元3世紀ころのもので、
ローマ皇帝の別荘ともいわれているそうですが、
確証はないようです。
いずれにしても余程の金持ち、
それも権力者でなければ作れません。


ピアッツァ・アルメリーナ

見学風景です。
床に絵(モザイク)があります。
多くの部屋があって、
そのすべてにモザイクが施されているのです。


ピアッツァ・アルメリーナ

例えばある部屋の床の一部です。


ピアッツァ・アルメリーナ

これもそうです。
部屋の用途と絵柄に関連があるようでしたが、
とても記憶しきれません。


ピアッツァ・アルメリーナ

これはトイレです。
丸穴にお尻をのせて3人並んで、
できるようになっています。
このころから腰掛式で、
しかも水洗です(下の溝に水が流れています)。
ここだって、
シンプルですがモザイクがあります。

他に浴場もあり、
そこには暖房システムがあり、
冷浴室、微温浴室、高温浴室と、
温度の異なる浴室が設けられていたそうです。


ピアッツァ・アルメリーナ

絵としてはあっさりしていますが、
有名な部屋だそうで、「ビキニの十少女」です。

ボール遊び(競技?)をしている姿は、
現代のビーチバレーを思わせます。


ピアッツァ・アルメリーナ

上の写真の左上部分です。
隅っこのモザイクが剥れて別のモザイクが現われています。
ビキニの少女は後で模様替えした絵なのです。


ピアッツァ・アルメリーナ

モザイクの石片が分かるように
左下部を拡大しました。
この女性だけが衣を羽織っていますが、
勝者を表彰しているようです。


ピアッツァ・アルメリーナ

戸外に咲いていました。
スイカズラみたいですが・・・


◎  夏の花 

今日は近くで咲いている花の写真です。

キキョウ

桔梗(キキョウ)

題名を「夏の花」としたのですが、
歳時記をみると桔梗は秋の季語です。

早いものは初秋のころから咲き始め、
優しい花容と美しい紫の花は印象深い。


と書いてありますが、
初秋どころか、
今すでに真っ盛りです。

紫のふっとふくらむ桔梗かな     子規


アジサイ

額紫陽花(ガクアジサイ)

アジサイはそろそろ終わりでしょうか。
こちらは夏の季語でした。
歳時記ではこんもりと咲く花が「紫陽花」で、
額紫陽花は「額の花」と呼ぶそうです。

会のたび花剪る今日は額を剪る     虚子


オカトラノオ

岡虎の尾(オカトラノオ)

先日この花を見つけましたが、
とっさに名前が出てきません。
「トラノオじゃないか」
「トラノオとは違う」
といい合いました。

図鑑で調べると
サクラソウ科のオカトラノオでした。
「トラノオ」がつく花には、
タデ科のイブキトラノオや、
シソ科のミズトラノオなど、
いろいろとありました。

歳時記には「虎尾草(とらのお)」が夏の季語で入っています。
花の説明を読むと
サクラソウ科のオカトラノオを指しているようです。

虎の尾の浸れる水を掬ひけり     露中


クチナシ

山梔子(クチナシ)

「山梔子の花」は夏の季語です。
八重咲きになると「花山梔子」だそうですから、
俳句では句中の「花」の位置で
一重か八重か分かることになります。

今朝咲きし山梔子の又白きこと    立子



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