Photo & Essay

◎  カラスウリ 

昨日は一日だけ、
涼しくなりましたが、
今日は午後から夏が戻ってきました。
蒸し暑い夜、
家からちょっと出かけると
カラスウリが咲いています。


カラスウリ

写真を見ると昼間のようですが、
フラッシュ撮影です。


カラスウリ

ふたつ並んで咲いていますが、
カップルというわけではありません。
どちらも雄花です。


カラスウリ

採ってきて、
黒い紙をバックにして撮影してみました。


◎  ウォーターヘッド 

ウインダミア湖は南北に細長く伸びています。
『ビアトリクス・ポターの世界』を見たボウネスの街は、
湖の真ん中の東側ににあります。
泊まったホテルは湖の北端にあり、
地名もホテル名もウォーターヘッドです。


ウォーターヘッド

これがホテルです。
庭のシャクナゲが満開でした。


ウォーターヘッド

ホテルに戻ったのが早かったので散歩にでました。
ボートがたくさん並んでいますが、
乗る人はいないみたいでした。


ウォーターヘッド

白い雲がどんどん湧いていました。
(翌日は雨でした)


ウォーターヘッド

湖の北端ですから、
ここはフェリー(水上バス?)の終点です。


ウォーターヘッド

左側の建物には船の切符売り場や待合室があります。
赤いのは(いわなくても分かるでしょうが)郵便ポストです。
日本が郵便制度と作る時イギリスを手本にしたそうですから、
日本の昔のポストに似ています。


ウォーターヘッド

シャクナゲ
以下散歩中の撮影です。


ウォーターヘッド

ヤマボウシ


ウォーターヘッド

カエデ


ウォーターヘッド

ジギタリス
イギリスではキツネノテブクロ(foxglove)と呼んでいるようです。


◎  ピーター・ラビット 

『ピーター・ラビットのおはなし』シリーズは、
ヘレン・ビアトリクス・ポター(Helen Beatrix Potter, 1866~1943)によって、
ここウインダミア湖のほとりで書かれました。

ポターはロンドンの裕福な家に生まれ、
幼少時代はナースとガヴァネス(家庭教師)によって育てられました。
他の子供たちとあまり関わることなく、
イモリ・蛙・蝙蝠・ウサギなどを飼い、
小動物や植物に興味を抱くようになります。
何時間も飽くことなく観察し、
外出や遠出の際にペットもよく一緒に連れて行きました。
ピーターラビットのモデルになったウサギもこの頃飼っていたといいます。
夏はパースシア地方・スコットランド・湖水地方などの貸し別荘で過ごしていました。

彼女の書いた『ピーターラビットのおはなし』は、
湖水地方で観察した小動物が発想の素材となっています。
周囲のすすめで出版されて好評を博し、
結局23冊の本を書き、
本の売上から多くの収入を得ました。

晩年はイギリスの湖水地方で牧羊場を購入、経営しました。
彼女はその景観を愛し、
安定した著作権使用料と両親の遺産で地元の土地を買い上げました。
彼女はナショナル・トラスト運動の創始者の一人の友人であり、
自身の財産で多くを小屋、15の農場、4000エーカー(16km²)の土地を買い、
その美しさが失われないように努力しました。
彼女の遺産は現在、湖水地方国立公園の一部となっており、
晩年を過ごした自宅はヒル・トップという名で一般に公開されています。

ボウネスの街に『ビアトリクス・ポターの世界』
("The World of Beatrix Potter Attraction")
があり、
ヒル・トップは湖の対岸の山の上にあります。


ピーター・ラビット

前置きが長くなりましたが、
『ビアトリクス・ポターの世界』をご案内します。
入ると、
短い映画を見せてくれます。
日本人には日本語で説明が流れます。
映画のタイトルです。


ピーター・ラビット

展示室内は撮影自由です。
沢山撮ってきましたが、
物語をよく知りませんので、
どういう場面であるのかも知りません。
というわけで、説明抜きの、写真だけの紹介です。


ピーター・ラビット



ピーター・ラビット



ピーター・ラビット



ピーター・ラビット



ピーター・ラビット

ここからが『ピーター・ラビットのおはなし』のようです。

お母さんの言いつけを破ったピーターは
マグレガーさんの農場へ忍び込んで、
野菜を食べて、
マグレガーさんに見つかり、
追いまわされます。
辛くも逃げ出しましたが
上着と靴をなくしてしまい、
上着はマクレガーさんの案山子に利用されてしまいました。


ピーター・ラビット

お母さんが
「マクレガーさんの農場へ行ってはいけませんよ」
と言っているところでしょう。


ピーター・ラビット

お母さんの言いつけを守らず、
マクレガーさんの農場に忍び込んで、
野菜を食べている所だと思います。
もう上着を着ていませんが・・・・・


◎  イングランドへ 

バーミンガムを出発して南下。
かつての
スコットランドとイングランドの国境は、
現在、
スコットランドのお土産を売る店が並ぶショッピングセンターになっています。

そこで、
トイレ休憩とお買い物タイムを取って、
イングランドに入ると間もなく、
「湖水地方」です。
その名が示す通り多くの湖が点在する風光明媚な地方です。
ここでは最大の湖、
ウインダミア湖のほとりにある街、
ボウネスに到着しました。


湖水地方

ボウネスはピーター・ラビットの街です。
その作者、
ビアトリクス・ポターの家もあります。
それらについては次回に紹介するつもりです。


湖水地方

ボウネスの街です。
(以下の写真も)


湖水地方



湖水地方



湖水地方

ウインダミア湖です。
ここはイングランドですから
"Loch Windermere" ではなくて "Lake Windermere" です

これも細長い湖で、
長さは約18km、幅は1.5kmほどです。
氷河の爪痕が作った湖です。


湖水地方

白鳥がたくさんいます。
馴れていて、
人に近づいてきます。


湖水地方


スコットランドとイングランドの国境のこと・・・・・
ここはかつて、
「駆け落ち国境」と呼ばれていたそうです。
イングランドでは21歳にならないと結婚できない。
しかも親の承諾が必要でした。
ところがスコットランドでは16歳から結婚できるし、
親の承諾もいらなかったので、
結婚するために
スコットランドへ駆け落ちする若いカップルがいたそうです。
(これは昔のことです。今は何歳で結婚できるのか、調べてありません)

インヴァネスのホテルでのこと・・・・・
ホテル内のレストランで夕食を終えて出てくると、
ロビーは大勢の着飾った人たちでいっぱい。
結婚披露宴でした。
初老の夫婦が嬉しそうにはしゃいでいました。
察するに、花嫁の父母だったようです。

こちらの結婚式は日本に比べると僅かな費用しか掛けないそうです。
およそ30万円くらいとのことです。
式はカトリックの教会であげないで、
市役所に届けるだけの人が多いそうです。
カトリックは離婚を禁じているからだそうで、
市役所への届けだけで結婚したのなら、
簡単に離婚できる-----離婚率は50%を超えるそうです。
女性が我慢しない、経済力がある、
からだそうです。

この国でも、
晩婚化、少子化が進んでおり、
人口が増えないので、
移民を増やしている・・・・・
いろんな国の人たちが移ってくる・・・・・
それを嫌う人もいる・・・・・
とのことでした。


◎  グラスゴーへ 

インヴァネスが今回の最北端で、
ここから南下を続け、
ロンドンを目指すのですが、
さし当たって、
スコットランド最大の都市グラスゴーに向います。

インヴァネスからちょっと南のネス湖を見てから、
南下して昼食です。
ネス湖では雨でしたが、
青空が出て、暖かくなりました。
イギリスでは、
雨はよく降るけれども、
長時間は降らないとのことですから、
その典型を体験したわけです。


グラスゴーへ

レストラン近くに咲いていたキングサリです。
スコットランドではよく見かけました。


グラスゴーへ

シャクナゲとエニシダも盛りでした。

今バスが走っているのは、
大ブリテン島の西側、大西洋側です。
目指しているグラスゴーも西側にあります。
ほぼ同緯度の東(北海)側に
旅の起点となったエジンバラがあります。
そのエジンバラから東北に50kmほどの所に、
今回は寄っていませんが、
石川遼君が活躍した
セントアンドリューズがあります。
ゴルフ発祥の地として有名で、
ゴルファー憧れの街だそうです。
(「だそうです」と人ごとのようにいうのは、
ゴルファーでないからです)


グラスゴーへ

日程表には「グレンコーを経由して・・・」
とありました。
バスが停まって、
添乗員が「グレンコーです」というので降りました。
三角の石に"GLENCOE"と書いてあります。
道路から見える山々を指して「あれが3姉妹といわれる山です」
三角石に山の見取り図が書いてあります。
そうか~この「3姉妹」が「グレンコー」なのか、と思いました。


グラスゴーへ

三角石によると「3姉妹」の山の名は、
右から"Aonach Dubh" "Gearr Aonach" "Beinn Fhada"
とありますが、
どう読むのでしょう?
多分、
ゲール語(ケルトの言葉)に由来する地名なのでしょう。

この記事を書くために、
検索を使って調べました。
「グレンコー」はこの3つの山のことではありません。
"Glen" は「峡谷」、"Coe"は「コー川」だそうですから、
コー川の峡谷です・・・この地方の名・・・村の名前、のようです。
川があって、谷があって・・・景勝の地のようです。
バスの中で眠っている内に、
景色のよい所を通ったのでしょう・・・


グラスゴーへ

「3姉妹」と道路を挟んで反対側の山並みです。
スイスのようです。

イギリスに高い山はありません。
ベン・ネヴィス(Ben Nevis)という1344mの山が最高峰で、
それはスコットランドにあります。
イングランドの最高峰は978mしかありません。

だからここの山々は高く見積もっても1000mくらいです。
しかし木が全く生えていない・・・森林限界を超えているのです。
寒いのです。。。

写真の下の方の色濃い草はヒースです。
8月を過ぎると花をつけて、
一面が赤くなるそうです。
参加者の一人が
「出発前に『嵐が丘』を読んできました。
ヒースが見れてよかったわ!」
と緑のヒースに感激していました。

私もDVDで『嵐が丘』を見て行きましたが、
映画はモノクロでしたから
ヒースの花の色はなかったし、
今ここに生えているヒースに花はないし、
正直、感激するに至りませんでした。

こんなに感激できるのは、
女性だから?
(私より)若いから?

バスが走っている内にまた雨になりました。
雨の中、
荒涼としたヒースの高原をバスは走りました。


グラスゴーへ

ロッホ・ローモンド(ローモンド湖)でトイレ休憩。
雨の中湖を見に行きました。
バスに帰る途中で撮ったバラです。

グラスゴーは大きな街です。
夕食後ホテル近くを散歩してみましたが、
カメラを持って出なかったので写真がありません。
夕方から上がっていた雨が
散歩中にまた降りだしました。


◎  ネス湖 

コーダー城見学の後、
インヴァネスという街に宿泊しました。
インヴァネス(Inverness)とは、
「ネス(Ness)川」の「河口(Inver)」という意味で、
ネス川はネッシーで有名なネス湖から流れ出ている
長さ10kmのヨーロッパ最短の川です。

翌日は早速ネス湖見学ですが、
スコットランドに来てから続いていた晴天が終わり、
初めての雨となりました。


ネス湖

ネス湖は細長い湖です。
幅約2km、長さ約35km、最大深さ290m。

イギリスの湖はほとんどが
こんな風に細長い形をしています。
成り立ちが「氷河の削り痕」だから、とのことです。


ネス湖

笑って下さい。ネッシーです。
インヴァネスが有名なのはネス湖があるから、
ネス湖が有名なのはネッシーがいるから、なのですが、
そのネッシーは「存在しない」という結論がほとんど確定しているそうです。
ネス湖ほとりの小さな池に、
こんな怪獣を浮かべて見せていました。
風に吹かれて、
この小さな池の中を彷徨っていました。

日本では「ネッシー」として知られていますが、
本名は" Loch Ness Monster"(ロッホ・ネス・モンスター=ネス湖の怪獣)です。
この"Loch"はゲール語で英語の"Lake"(湖)に当ります。
スコットランドでは湖を Loch***と呼び、
イングランドではLake***と呼んでいます。

スコットランドの湖で
面積が最大なのはLoch Lomond(ロッホ・ローモンド=ローモンド湖)で、
水量最大が Ness(ネス湖)だそうです。


ネス湖

ネッシーの池のそばに小さな潜水艦が置いていありました。
最後に使ったのが1969年、
それ以後こうして展示されているのでしょう。
ネス湖に潜ってネッシーの細胞サンプルを採取しようとしたそうです。


ネス湖

ネッシーがいないので、
見学は湖畔に立つ古城(廃城)です。
アーカート城といい、
1230年の築城だそうです。
実物を見る前に城の歴史を上映してくれましたが、
(日本語字幕が出ました)
もう、詳しくは覚えていません。
とにかく幾多の攻防が繰り返されたこと、
堅固な城だったこと、
だけが記憶に残っています。


ネス湖

日本の城でいえば天守閣でしょうか、
ここに登れば城内もネス湖も見渡せます。


ネス湖

塔の上から見下ろした城内です。
廃墟になっている古城を、
降ったり止んだりの冷たい雨の中で見るのは、
風情のあるものでした。

ネス湖

ネス湖畔の斜面に、
黄色の花をつけた灌木が広がっていました。
ハリエニシダです。


ネス湖

近づいて見ると葉っぱが針状になっています。


◎  トケイソウ 

「イギリス紀行」を中断して、
今日は「トケイソウ」です。

昨年、
友人がトケイソウの写真を送ってくれました。
とてもステキな写真だったので、
自分でも撮ってみたいと思っていました。

6月半ばに、
ふと見つけたので、
早速撮りましたが、
友人の写真とどうも違います。
カメラもアングルも違いますが、
花の姿が違うのです。

その後近くに沢山咲いている所を見つけ、
「1日花」であることも知り、
いろいろ撮りましたので、
蕾から「時計」に変化してゆく様子をまとめました。


トケイソウ

真上から見ると、
針が3本あって時計のようです。


花のつくり

花のパーツは上の用語を使って説明します。

上図にありませんが、
トケイソウに特徴的な放射状の多数の紫と白の糸は副花冠と呼びます。



トケイソウ

開きかけたツボミですが、
柱頭(3個あります)が覗いています。
葉の形も見ておいて下さい。


トケイソウ

最初に蕚が5枚開きます。


トケイソウ

次に花弁が5枚開きますが、
花弁と蕚は同じように見えます。

花が現れ、
黄色の葯が5個とも全部上を向いています。


トケイソウ

葯が下向きに変わって行きます。
(右下にチョッと蔓が見えています)

友人が撮った花の状態はこれと次の写真の中間くらいでした。
そして花柱がこんな風に真っ直ぐでなく、
柔らかくS字を描いていました。


トケイソウ

葯が全部下向きになる頃、
花柱が横に広がってきます。
副花冠もすっかり伸びました。


トケイソウ

最初の写真と同じく、
時計らしくなったところです。

この花を英語ではパッション・フラワー(Passon flower)と呼びます。
この「パッション」とはキリストの「受難」を表わし、
花の各部がそれになぞらえられています。

葉:十字架のキリストを刺した槍の先端
蔓:キリストの鞭打ちに使われた鞭
全部で10枚の花弁と蕚片:10人の忠実な使徒
(使徒は12人いましたが、『否認』のペテロと『裏切り』のユダを除きます)
副花冠:キリストが冠った茨の冠
子房:聖杯(最後の晩餐で用いられた酒杯)
3本の柱頭:キリストを十字架に打ち付けた釘
5本の葯:キリストが十字架の上で付けられた傷の数
(副花冠)の青と白:天国と純潔


トケイソウ

上で説明したように、
柱頭、葯の数まで「受難」になぞらえているのですが、
この写真のように数が違っている花もあります。
(柱頭と葯と各4個です)


◎  コーダー城 

コーダー(Cawdor)城はシェイクスピアの
『マクベス』 (Macbeth)の舞台という触込みで見学しました。
この戯曲は1606年ごろの執筆であると推定されています。
モデルは実在のスコットランド王マクベスで、
その在位は1040年~1057年だったそうです。

この城の建設は
マクベス王在位の年代から300年あまり以後のことだそうですから、
シェイクスピアが執筆した頃には実在していましたが、
マクベス王が住んだはずはありません。
そういってしまうと有り難みが薄れてしまうのですが・・・


コーダー城

左下の芝生がお城の正面ですから、
この写真は右側から撮っています。

城内は見学しましたが、
撮影禁止でした。

このお城は今もコーダー伯爵が使っておられますが、
他にもお屋敷があるので、
そちらに滞在しているときは見学可能になります。
お城を見せるのは収入を得るためだそうです。

因に現在の伯爵はもう若くはない女性で、
ご主人は亡くなられ、
子供がないので養子を取っておられるそうです。
養子は二人いるとのことで、
相続争いが起きないのか、
人ごとながら心配になりました。
多分広大な領地もあるのでしょうし・・・


コーダー城

今度は左側から見たところです。
植え込みの間の小径が入り口に通じています。


コーダー城

ガクアジサイのような白い花が真っ盛りでした。
ムシカリ(オオカメノキ)です。


コーダー城

1枚目の写真を撮ったポジションの裏側に、
刈り込みで形作った広大な迷路があり、
それをキングサリのトンネルが囲んでいます。


コーダー城

2枚目の写真の左に行くと広大なお花畑があります。
そのお花畑に続く道です。


コーダー城

建物近くで咲いていたライラックです。
キングサリの大木もありました。


コーダー城

お花畑にはいろんな花が植えてありましたが、
ヒマラヤの青いケシがちょうど咲いていました。
この地方なら真夏でも高温にならないから、
育て易いのでしょう。


興味のある方は下記をどうぞ。
『マクベス』のあらすじ


◎  スコッチウィスキーの醸造所 

6月5日朝、
エジンバラを出発して北に向かいました。
この日の泊まりはインバネスです。


スコッチウィスキー

途中、
ピットロッホリーという町で、
スコッチウィスキーの工場に立ち寄りました。
入り口に看板があって、
スコットランドで最も小さな醸造所と書いてありました。

小さいとはいえ、
観光客立ち寄り場所になっているようで、
駐車場が空にならない程度に
観光バスが出入りしていました。


スコッチウィスキー

小さな工場で、
少量で良質のウィスキーを造っているようでした。
工場見学と試飲と売店と・・・


スコッチウィスキー

売店の建物だったかと思いますが・・・


スコッチウィスキー

何故か滞在時間がたっぷりありましたので、
近くを散歩しました。
醸造所の中を流れている川の下手に、
こんな素敵な家がありました。


スコッチウィスキー

この家の裏手に回ってみると、
細い道があって、
そこに立った老夫婦が垣根越しに、
庭仕事をしている家人に話しかけていました。


スコッチウィスキー

その道をどんどん進んで行ってみたら、
右手に草原(牧場と思いますが)が広がっていました。


スコッチウィスキー

この道は多分「フットパス(下記参照)」なのでしょう。
さっきの老夫婦は私たちと反対方向から歩いてきたのです。
歩いている内に2組ほどすれ違いました。

牧草らしい草が広がっていますが、
羊も牛も見えませんでした。

イギリスは世界で名だたるウォーキング大国です。
「パブリック・フットパス(Public foot path)」は、
そのための歩行者専用の遊歩道で、
運河沿いの小径、
畑の裏の散策路、
少し長いトレイルなど、
イギリス中にあります。
誰もが自然を共有し、
そこを通行する権利があるとの考えから、
時には他人の土地を横切るコースもあるようです。


スコッチウィスキー

帰り道で撮ったミミナグサです。

バスで少し移動して昼食を取ってから、
次の目的地、
コーダ城に向かいました。


◎  エジンバラの花 

今日はエジンバラで撮った花々です。(6月4日)

エジンバラの花

ライラックが真っ盛りで、
いい匂いが漂っていました。

ここから4枚はお城の下の公園で撮りました。


エジンバラの花

シャクナゲ。
スコットランドではシャクナゲが至る所に咲いていました。


エジンバラの花

セリ科の花です。


エジンバラの花

マメ科の花ですから、
最初は黄色の藤かと思いましたが、
後で分かりました。
”Golden chain tree” (日本では「金鎖」と呼ぶようです)でした。
この花はスコットランドではよく見かけました。


エジンバラの花

エニシダ。

この写真から下は、
エジンバラのニュータウン東にある、
カールトン・ヒルという小高い丘で撮りました。


エジンバラの花

カールトン・ヒルへの昇り口があって、
階段を昇っていくとそこから、
更に石段を登る道と、
緩い坂道とに分かれます。

「どっちへ行くんだろう?」と独り言のつもりで云ったら、
階段を下りて来た人が
「どっちでもいいですが、
そちらから回って行って、
上に昇って、
この石段を降りてくるのがいいですよ」
と教えてくれました。
見ると日本人みたいで、
そうでないみたいな老人で、
5~6人の家族づれでした。

家内が「どちらからですか?」と聞くと、
「台湾です」とのことでした。

云われた通りに緩い坂道を上って行くと、
セイヨウサンザシが沢山咲いていました。
真っ盛りです。
ピンクの花もありました。


エジンバラの花

カールトン・ヒルの上にある、
ナショナル・モニュメントです。
アテネのパルテノンを模して、
ナポレオン戦争の戦没者記念として
建てたそうですが、
途中で予算が尽きてしまって、
未完のままだそうです。

計画通りにできたら、
どんな姿になっていたのか知りませんが、
この廃墟のような風情もいいのでは、
と思いました。


エジンバラの花

丘の上にキンポウゲが咲いていました。

ここから、
さっきの台湾の一家と同じ石段を降りました。


◎  エジンバラぶらぶら歩き 

聖ジャイル教会の見学後昼食を取り、
あとは自由行動でしたから、
ぶらぶらと歩いてみました。

旅行社のパンフレットには、
この半日のために
いろいろとオプショナル・ツアーが準備されていましたが、
参加者が僅か9名しかいないので、
どれも実施されませんでした。


エジンバラ

タータンチェックを着て、
バグパイプの演奏をする人を、
時々見かけました。


エジンバラ

エジンバラ城下の公園です。
お城が建つ岩山の様子が多少分かると思います。
公園の反対側はもっと急峻です。


エジンバラ

公園の芝生で遊ぶ母と子。


エジンバラ

芝生で憩う人たち。
陸橋から見下ろしました。


エジンバラ

陸橋のたもとで憩う若者たち。
金曜日の真昼、
芝生の人たちも含めて、
みんな暇そうにして、
どういう人たちなのでしょう?

写真に撮ってありませんが、
繁華街は歩きにくいほどの混雑でした。
若い人たちが多いのです。

こんなに陽が射せば暖かい---暑いくらい---です。
しかし木陰やビルの陰に入ればひんやりとし、
風がが吹けば、それは冷たい風です。
陽が陰れば、夕方になれば、涼しくなってしまいます。


エジンバラ

スコット・モニュメント。

スッコットランドを代表する文豪、
サー・ウォルター・スコットを記念して建てられた塔で、
作家の記念碑としては世界最大、
だそうです。


エジンバラ

サー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott, 1771~ 1832)って、
さー、だれでしょう?

スコットランドの詩人、作家。
1771年、エディンバラで生まれた詩人・作家。
代表作は「ロブ・ロイ」「アイヴァンホー」「湖上の美人」など。

(「アイヴァンホー」は聞いたことがあるような気もしますが・・・)

その他に、
ウォルター・スコットの肖像はスコットランド銀行発行の
すべての紙幣に使用されている。

これは現実的な事柄です。
イギリスの紙幣はイングランド銀行が発行している、
ご存知のポンドです。
女王の肖像が描かれています。

ところがスコットランドには、
スコットランド銀行が発行しているポンドもあるのです。
1度手にしたこともありましたが、
女王の肖像でない紙幣は持っていない方がよいといわれて、
すぐ使ってしまいました。
サー・スコットの肖像をよく見ておけばよかったと思います。

スコットランドの紙幣はイギリス中で使えるのですが、
イングランドでは受け取りを拒否する店もあるとか・・・
それに日本に持ち帰っても円に交換できないとか・・・
エリザベス女王の紙幣は日本で交換できますが、
サー・スコットの紙幣は交換できないのです。



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