Photo & Essay

◎  金沢文庫 

先週土曜日に、
金沢文庫へ運慶の仏像を観に行ってきました。

ここへは10年ほど前に行ったことがあって、
そのときは、
ガラガラに空いていたので、
今回もそのつもりで出かけたのですが、
結果的には「運慶」の名前の大きさを
今更乍ら思い知らされました。
つまり大変な混みようでした。


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運慶のことは、
写真もないので省かせて頂きます。


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その前日は春の暖かさでしたが、
当日は晴れてはいるものの、
風が冷たい日でした。

朝のラジオが「75年前の今日、2.26事件が起こりました」
と伝えていました。
その日の東京は大雪だったそうです。

品川から京浜急行に乗って、
多摩川を渡り、
川崎を過ぎて・・・
線路沿いにマンションが並んでいました。
好天の土曜日、
ベランダに洗濯物、布団が干してあります。
今日は漱石でなくて自前の句です。

2.26今年は晴れて布団干し

あの事件を境にして日本は戦争へ突き進んでいったそうです。
そんな歴史は繰り返したくありません。


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金沢文庫の後、
称名寺の境内を回って帰りました。
(その写真は次回に)
帰りの乗り換え駅のカフェでカプチーノを注文して、
ひと休みしました。
このカフェはいつもハートを乗せてくれます。


◎  ウメ 

またも漱石の句です。

いの字よりはの字むつかし梅の花

注釈には、
「字」を題にした句で、
これは手習いのようす。

とあります。

単に、
「い」の字よりも「は」の字が書くのにむつかしい、
といっているだけで、
そのことと梅の花とどんな関係になるのか、
私にはよく分かりませんが、
とにかく梅の花の写真を掲載することにします。


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漱石はストレートに「い」の字としていますが、
なぞなぞみたいな言い方があります。
江戸時代の川柳~古川柳~色っぽい川柳~バレ句(破礼句)ですが・・・

二つ文字牛の角文字娘知り

「二つ文字」は「こ」を表します。
「牛の角文字」は形の類似から「い」を表します。
つまり「こい(恋)」を娘がもう知っている・・・ということ。
江戸時代の「娘」とは14~15~16歳位でしょうか~

こういう表し方はもっと古くからあるようで、
徒然草の第62段に、

二つ文字牛の角もじすぐなもじゆがみもじとぞ君はおぼゆる、
こひしく思ひ参らせ給ふとなり


とあるそうです。
「すぐなもじ」は「真っ直ぐな文字」→「し」、
「ゆがみもじ」は「歪んだ文字」→「く」、
つまり「こいしく(恋しく)とぞ・・・」
ということです。

これで4文字紹介しました。
応用として、
バレ句をもうひとつ。

あれさもう牛の角文字ゆがみ文字

どういうこと??
知りません!!!


◎  雪の後 

2月15日の午後新宿御苑を訪れました。
前夜から雪になりましたが、
朝には止んで、
快晴となりました。


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日当りのよいところの雪はすっかり溶けましたが、
日陰にはこうして残っていました。


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池には松と青空が映り、
鴨が一羽・・・・・


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カンザクラはもう終わりが近づいていました。
遠くから見ればきれいですし、
人も大勢寄っていますが、
花も咲いているが、
花びらの落ちた後の花殻も多い、
という状態でした。

そしてウメはまだまだ・・・
そして、突然場面は変わりまして・・・・・


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この3人、
向うから歩いてきましたが、
正面から撮るのは失礼と考え、
やり過ごしてから振り向いてパチリ。

男性は若い西洋人で、
女性は日本人です。
正面から見たとき、
3人とも可愛かったのですが、
何の趣向でこんなコスチューム???


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またしても漱石先生の句です。

範頼の墓濡るるらん秋の雨

明治43年の作です。
この年の6月、漱石は胃潰瘍で入院。
同年8月、療養のため伊豆の修善寺に転地療養しましたが、
そこで大吐血を起こし、
生死の間を彷徨う危篤状態に陥りました。

上の句はその危機を脱した後のものと思われます。
同時期に、

生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉

の句があります。

範頼は頼朝の弟で義経の兄です。
義経が平泉で討たれてから4年後に、
範頼も謀反の疑いを掛けられ、
伊豆の修善寺に流され、
そこで誅殺されましたから、
修善寺に墓があるのでしょう。

範頼の墓の句から、
私の連想は義経へ、
そして弁慶へと飛びました。

数年前に芭蕉の後を(ほんの少しですが)辿る旅をしたとき、
松島、山寺は快晴でしたが、
平泉では雨になりました。
バスが中尊寺から毛越寺へ向かっている時、
ガイドが「このそばに弁慶の墓があります」といいました。
激しい雨がバスの窓を打っていて何も見えません。
どんな墓か、見たこともありませんが、
雨に濡れている弁慶の墓を思い浮かべて、
一句できないものかと思いました・・・

漱石の力添えで、

弁慶の墓濡るるらん秋の雨

の句を得ました。


◎  世界らん展 

「世界らん展」が今日から東京ドームで始まります。
ブログを始めた年、見に行きましたが、
それ以来行っていません。
その時の句です。

蘭蘭蘭人人人の東京ドーム     capucino

圧倒されてしまいます。

下の写真は先日新宿御苑で撮ってきました。
温室が工事中のため本格的な展示はありません。
園内のレストランの一角に僅かなスペースがあって、
そこに幾鉢か並べてあります。
その中で背景と光と、
撮り易い花を撮ってきました。
名前も確かめてありません。
(御苑で作出された品種かもしれませんが~)


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らん展は昨夜NHKのBS2で紹介していました。
受賞作品は下記でご覧になれます。
「世界らん展日本大賞」


◎  山茶花 

山茶花も終わりに近づいています。


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航空記念公園のお茶室「彩翔亭」です。
結婚記念写真撮影中のようでした。


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庭をぐるっと回って築山へ行ったら、
ちょうどいい具合に・・・
これも撮影のポーズのようでした。


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またまた漱石の俳句ですが、
前回よりずーっと早い時期の明治24年の作です。

細眉を落とす間もなくこの世をば

いつだったか、以前にも載せたことがあるのですが、
嫂の登世が25歳の若さで亡くなった時
沢山の句を詠んでいて、
その中の1句です。
「眉を落とす」とは、
結婚して眉毛をそり落とすこと、
結婚して妻となることです。
(今では---上の花嫁さんも---そんなことはしないでしょうが~)

前回引用の句、

そそのかす女の眉や春寒し

の女は、
まだ眉があるのだから、
未婚だということになるのでしょうか~
若い娘が、
何を「そそのかす」のか、
ますます興味が湧いてきます。

前回の最後の句で、

朝寒や自ら炊ぐ飯二合

漱石先生は「ガスコンロ」で炊いたのでは・・・
と書きましたが、
名称が中途半端だったようです。
今風にいえば「ガスレンジ」でしょうし、
明治の呼び名は「瓦斯竈(がすかまど)」だそうです。


◎  冬枯れ 

今日は朝から雪がちらちらと舞っていますが、
積もるほどではありません。
明日迄降り続くという予報ですから、
その内に真っ白な世界になるのかも知れませんが~

以下の写真はみんな晴れた日に撮ったものばかりです。


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四つ目垣も草も落ち葉もみんな枯れて・・・
陽射しだけは強さを増して来ています。


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アジサイ。


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ススキ。


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ツワブキ。


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サンザシの実。


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漱石の俳句を紹介します。
明治41年(1908)の作品です。
この3年前に「吾輩は猫である」を発表し、
2年前に「坊ちゃん」を、
この年には「三四郎」を書きました。

南天に寸の重みや春の雪

予報通りに雪が降ればこんな様子になるのでしょうが、
「降ります、積もります」と予報が出ると、
空振りのことが多いようです。
今日はどうなることでしょうか?


そそのかす女の眉や春浅し

改めて「そそのかす」の意味を辞書で引くと、
1)その気になるように仕向ける。特に、おだてて悪いほうへ誘い入れる。
2)早くそうするように勧める。せきたてる。


この女、何を「そそのかし」ているのでしょうか?
さすが文豪・・・
想像、妄想が広がります。


朝寒や自ら炊ぐ飯二合

上に書いたように、
既に小説家としての地位を固め、
年齢は41歳でした。
文豪が自ら飯を炊いた・・・
今と違って電気炊飯器でありません。
薪を焚いて、
始めチョロチョロ、中パッパの時代・・・
と思ったのですが、
明治5年(1872)横浜にガス灯がともり、
明治35年頃には炊事や暖房に都市ガスの利用が始まったそうですから、
漱石先生はガスコンロで炊いたのかも知れません。

炊いたのは二合・・・
自分独りで食べた?
誰かと一緒?
そそのかした女と?
まさか・・・・・

上の3句は同日に作られたものでないことを
申し添えておきます。


◎  光と影 

光があると影が出来ます。

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大相撲に八百長問題という大きな影が落ちています。
「八百長」とは?
八百屋の長兵衛さんが~
うろ覚えでしたので調べました。
よくご存知の方は素通りなさって下さい。

ウィキペディアによれば、
(書いてあることを信じるならば~)

八百長(やおちょう)とは「いんちき」の意で、
まともに争っているようにみせながら、
事前に示し合わせた通りに勝負をつけること。
対義語は「真剣」「ガチンコ」。

『由来』
八百長は明治時代の八百屋の店主「長兵衛(ちょうべえ)」に由来するといわれる。
八百屋の長兵衛は通称を「八百長(やおちょう)」といい、
大相撲の年寄・伊勢ノ海五太夫と囲碁仲間であった。
囲碁の実力は長兵衛が優っていたが、
八百屋の商品を買ってもらう商売上の打算から、
わざと負けたりして伊勢ノ海五太夫の機嫌をとっていた。

しかし、その後、
回向院近くの碁会所開きの来賓として招かれていた本因坊秀元と互角の勝負をしたため、
周囲に長兵衛の本当の実力が知れわたり、
以来、真剣に争っているようにみせながら、
事前に示し合わせた通りに勝負をつけることを八百長と呼ぶようになった。

大相撲では「注射」(真剣勝負は「ガチンコ」)ともいう。
対戦者の一方のみ敗退行為をおこなう場合は「片八百長」と呼ばれることがある。


詳しくは下記をクリックすれば全文が出てきますので、
興味のある方はどうぞ。
「八百長」

その中の『大相撲』という大項目を読むと、
(繰り返しますが、書いてあることを信じるならば~)
「今迄なかった」と言い切れるのだろうか?
「膿を出し切る」なんてことができるのだろうか?
と思ってしまいます。

では日本だけ?
そんなことはありません。
"Yaocho"で検索すると
Wikipediaで”Match fixing”という項目が出てきます。
古今東西にわたって存在しているようです。

英語での言い方にはいろいろあるようで、
"match fixing" "game fixing" "race fixing" "sports fixing"
などの言葉が載っています。
"fix"には、
〈事を〉(不正に)仕組む, 〈人を〉買収する, 〈試合などを〉裏工作する。
という意味があります。

Wikipediaにはビッシリと書いてあるのですが、
『歴史』についてだけちょっと紹介します。

ギャンブルは有史以前から行われてきた。
だから史上、どの時代にも八百長があった。
古代ギリシャのオリンピックゲームでも、
賄賂を貰って勝ちを譲る競技者や、
大金を積んで勝ちを買う都市国家が絶えなかった。
このような行為をしないことを宣誓し、
このような行為が見つかった場合
重い刑罰が科せられたにも関わらず・・・


相撲協会はこの難問を、
どう解決するのでしょう。


◎  水の反映 

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スカイツリーを見に行った時の隅田川の川面です。


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雪吊りをした樹が池に映っていますが、
全く波がありません。

これと下の2枚は国分寺駅に近い殿ヶ谷戸庭園です。
岩崎彦弥太の別邸を東京都が買収したものだそうです。
彦弥太は弥太郎の孫で、
三菱の5代目社長になるはずだったのが、
戦後の財閥解体で、
そうはならず・・・・・


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小さな滝があって、
水が揺らいでいます。


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その滝の上の小さな池ですが、
ここは静かです。



今日は立春。
今迄の寒さはどこへやら、
昨日から暖かくなって、
例年の「春とは名のみ 風の寒さよ・・・」でありません。

一茶の立春の句がありました。

春立つや愚の上に又愚にかへる

アレッと思いました。
同じ句をブログに載せたようだと・・・
載せたのは元旦でした。

年立つやもとの愚が又愚にかへる

一茶はどちらを先に作ったのでしょうか~
元旦に、これはいいと思って載せたのですが、
今日は2番煎じの気分です。



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