Photo & Essay

◎  青の洞門 

ホテルで1泊して、
旅程では3日目、
観光は1日目を迎えました。

観光に先立って、
マルタの紹介をちょっとだけ・・・
下の地図は、
今回の旅に関係した所だけが記載してあります。


1マルタa

地中海の中での位置関係は前回説明しましたが、
シチリア島から約90km南にある島国です。
イタリアの一部かと思っていたら、
小さいながらも独立国で、
マルタ共和国といいます。

面積は淡路島の約2/3で、
5個の島からなり、
最大のマルタ島とその西北にあるゴゾ島が主な居住地で、
地図にあるコミノ島の住人は4人だと
ウィキペディアに書いてあります。

人口は約40万人、猫70万匹。
イギリス連邦に属し、
公用語はマルタ語と英語。
EUに加盟していて、
通貨はユーロです。

ホテルはセントジュリアンという街にあります。
最初の観光は「青の洞門」(Blue Grotto)です。


2IMGP6911.jpg

これはバスの窓からの写真ですが、
青い海が見えてきました。

この島に到着した日も晴れていましたが、
その前日まで、
ずーっと雨ばっかりだったそうです。

「青の洞門」は小舟に乗って観光します。
旅程表には「悪天候で船の出ないときは・・・」
と但し書きがありましたが、
全く問題なしの好天です。
前日まで船は出なかったそうですからラッキーでした。


3IMGP6917.jpg

バスを降りて船の乗り場へ下って行きます。
小さな祠があって、
聖母子像が安置されています。
海での安全を願って立てたのでしょう。


4IMGP6926.jpg

真っ青な海の向うに四角い小さな島(岩?)が見えます。
フリフラ島という無人島だそうです。
マルタ共和国は5個の島からなっているということですが、
これで4個出てきました。
最後の1個は未だ分かりません。


5IMGP6931.jpg

1艘目が出て行きました。
私は2艘目でした。


6IMGP6948.jpg

水の色が美しいです。


7IMGP6954.jpg

この島は石灰岩で出来ているそうです。
波に浸食されてくぼみや穴や複雑な形状が出来ています。


8IMGP6969.jpg

大きな洞窟に入って、
中を一巡りして、
外へ出るところです。


9IMGP6982.jpg

岩にぶつかった波が急流になって出てきています。


10IMGP6993.jpg

幾つもの洞穴を見たり、
入ったりして、
船着き場へ戻るところです。
高い岩の上に人が立っています。
この写真では見定めることができませんが、
竿を持って、
釣をしているのです。


◎  マルタ到着 

長らく投稿を休んでいましたが、
2月16日出発、23日帰着で、
地中海の十字路といわれるマルタ島へ行ってきました。
観光日数は短いのですが、
ゆっくり紹介して行きたいと思います。


1IMGP6848.jpg

エミレーツ航空EK319便で、
16日22:00成田発。
12時間のフライトでドバイ着。
3時間の待ち合わせでマルタ行きに乗り換え、
EK107便で(キプロス共和国ラルナカの途中着陸を含めて)8時間のフライトで、
マルタ島に17日13:20(現地時間)着。
時差を加えると約23時間半の旅でした。

長旅に耐えられるか心配もあったのですが、
待ち合わせ時間というのが結構休息になったし、
2便とも機中ではほとんど眠っていましたから、
思ったほど苦痛でありませんでした。

成田からマルタ到着迄カメラはバッグの中だったので、
写真はマルタの空港から始まります。

ということで、
上の写真は、
入国手続きを終えてから窓のガラス越に撮りました。


2IMGP6856.jpg

空港を出て、
目についたのが、
南国らしい風景です。

着陸時に上空から見た第一印象はあるのですが、
写真がないので、
地上での第一印象を載せておきます。


3IMGP6874.jpg

小さな島ですから、
空港からホテルまで30分くらいだったでしょうか。
これが滞在中連泊するホテルです。


4IMGP6861.jpg

チェックイン手続きが済むのを待っていたロビーの壁の時計です。
午後3時少し前です。

前日家を出発したのが午後4時少し前でしたから、
23時間+8時間(時差)=31時間
これだけ掛かってようやくホテル到着です。


4IMG_3439.jpg

ホテルの裏側は真っ青な海、地中海です。
手前の水色のはプールですが、
今は冷たくて入れません。

左側に見える奥の建物はカジノ。
大王製紙の元会長なら、
毎日入り浸りだったでしょうが、
私には無縁の施設です。


5IMGP6876.jpg

部屋に入って、
スーツケースを開いて、
衣類を引き出しに入れたり、
整理して、
一息ついて、
外へ出ました。
すぐ近くにスーパーがあるので、
添乗員が案内してくれるというのです。

歩き始めるとすぐ、
道路をゆっくりと横切っている猫を見つけました。
この島は猫が多いと聞いていました。
島の人口40万に対して、
倍近い70万匹が生息しているというのです。

早速お目に掛かったので、
皆がカメラを向けました。
向こう側の歩道でポーズを取ってくれているみたいでした。


6IMGP6898.jpg

街の中の緑地みたいな所にウチワサボテンが茂っています。
空港から来るときも道ばたに沢山見かけました。
葉っぱについているのは実だろうと思います。

シュロノキ、サボテン、真っ青な海、
南国を思わせますが、
実は、結構寒いのです。
温かさ(寒さ)は東京と同じ位と聞いていましたが、
嘘でもありませんでした。
日が当れば温かいですが、
日陰は寒い、つまり気温は低いし、
風が冷たいのです。
最低気温は東京ほど下がらないですが・・・


7地中海

マルタってどこにあるのだろう?
という方も多いと思いますので、
地図を載せておきます。

長靴といわれるイタリア半島のつま先に、
逆三角形のシチリア島があり、
その南にある小さな島がマルタです(赤丸)。
上の地図で、
マルタの南西にあるのはアフリカです。
東にはギリシャ。
西へ行けば(地図が切れていますが)フランス、スペイン。
確かに地中海の十字路にあります。


◎  春の色 

立春から10日経ちますが、
まだまだ寒い日が続いています。

120214-IMGP1379.jpg

春が待ち遠しく、
春の色の写真を出してきました。
(昨春のものです)

「春の色」に留守番を頼んでおいて、
暫く投稿を休ませて頂きます。
2月末ころ再開の予定でおりますので、
その際は、
またお出で頂きますようお願い致します。


◎  霜柱 

寒い日が続いています。
夜~朝、冷えるので霜柱が立ちます。

2IMGP6846.jpg



1IMGP6843.jpg


「霜柱」は冬の季語です。
歳時記を見ると、

霜柱兄の欠けたる地に光る   三鬼

という句がありました。
私には年の離れた兄が3人おりましたが、
すべて欠けてしまっています。
嫂は全部元気ですから、
男女の寿命差を見せつけられています。

長兄は20歳も年上です。
昨日写真を載せた小樽は、
その兄が青春を、
旧制の小樽高等商業の学生として、
過ごした地です。
遠い遠い戦前のことです。
小樽の街には活気が満ちていたことでしょう。
家から遠く離れた北の街で、
青春時代を楽しんだのだろうと思います。

その頃の我が家は経済的には豊かでした。
それが・・・私が青春時代を迎える頃は・・・そうでなくなって・・・
「栄枯盛衰世の習い」「諸行無常」です。。。
いろいろありましたが、
今は貧しいながらも、
楽しく老年時代を過ごしています。

霜柱顔ふるるまで見て佳しや   多佳子


◎   小樽雪あかりの路 

2004年2月9日の午後、
「雪祭り」の札幌から「雪あかりの路」の小樽へと向かいました。

平成11年2月に市民有志により始まった「小樽雪あかりの路」は、
キャンドルの灯火が古い街並みを優しく照らす幻想的なイベントです。

と説明があります。


1IMG_6615.jpg

電車が小樽駅に到着しました。
(小樽駅のホームが今も写真と同じかどうか分かりません)
駅を出たときはまだ空が青く日が射していました。


2IMG_6636.jpg

市内をあちこち見て、
ぶらぶら歩いて、運河に着いた頃は雪になっていました。


3IMG_6643.jpg

運河沿いの倉庫には見事なツララが下がっていました。


4MG_6660.jpg

だんだんと日が暮れてきて、
「あかり」が灯り始めました。
観光客もぞろぞろと出てきました。


5IMG_6675.jpg

これも「雪あかり」の展示です。


6IMG_6677.jpg

とっぷりと日が暮れてきたし、
運河周辺を一回りしたし、
小樽駅に向かいました。

駅の周辺で食事をしたと思いますが、
寿司だったような気もするし、
他のものを食べたような気もします。
8年も前のことです。
覚えているわけがありません。

小樽市は、ウィキペディアによれば、
20世紀半ばまでは石狩地方で産出された石炭の道外への輸送や、
ロシアとの交易で栄え、
1920年頃までは、
札幌の人口よりも多く、
函館に次ぎ道内第二位の人口があった。
しかし1960年代以降、
石炭需要の低下と北海道内の炭鉱の閉山、
ロシア貿易の衰退、
太平洋側の苫小牧港や近隣の石狩湾新港の整備により港としての機能は衰え、
人口も最盛期より35%も減少している。

2010年、
道内の人口10万人以上の市で初めて、
過疎地域の指定を受ける。
なお、
人口10万人以上の市で過疎地域の指定を受けた道外の市には、
小樽市と同時に指定された福岡県大牟田市がある。

とのことです。

現在の人口が13万人強なのに対して、
昨年(平成23年)の「小樽雪あかりの路」の来場者数が57万3千人だそうですから、
すごい人出です。

8年前の写真で、
「札幌雪祭り」と「小樽雪あかりの路」を紹介してきましたが、
これをもちまして、
終了とさせて頂きます。


◎   サッポロの街 

2004年2月8日。
真駒内から市内に戻りました。

1IMG_6570.jpg

まずは有名な時計台。
内部が博物館になっているので、
ゆっくりと見物しましたが、
今になって、
何があったかと聞かれたら、
「?」としか答えようがありません。


2IMG_6588.jpg

つぎは、
「赤レンガ」と呼ばれる「北海道庁旧本庁舎」です。
ここも内部を見学。


3IMG_6595.jpg

2階窓からの風景です。
雪国育ちの私は、
こんな風景を見ると嬉しくなります。


4IMG_6597.jpg

展示してあった優佳良織(ユーカラ織)。


5IMG_6610.jpg

赤レンガを出て駅に向かいました。
街角の彫刻。
雪の中のヌード像は寒そうに見えました。


6IMG_6611.jpg

札幌駅です。
帰るのではありません。もう1泊します。
これから小樽へ行くのです。


◎  札幌雪祭(自衛隊真駒内駐屯地) 

2004年の雪祭りです。
2月8日は朝からよく晴れました。
自衛隊真駒内駐屯地に行ってみました。
ここでの雪祭りは翌年(2005)を最後に開催されなくなったそうです。


1IMG_6507.jpg

広い雪原のかなたに雪像が見えてきました。


2IMG_6515.jpg

「5回さっぽろゆ」と書いてありますが、
「第55回さっぽろゆきまつり」です。
右奥の方に子供たちが見えます。


3IMG_6539.jpg

巨大な滑り台に登るのを待つ子供たちの行列です。


4IMG_6525.jpg

ブラスバンドの演奏会です。
何曲もやってくれましたが、
記憶に残っているのは「虹と雪のバラード」です。




5IMG_6518.jpg

インドのタージマハルです。


6IMG_6545.jpg


売店の風景です。
これを掲載したのは「コニカカラー」が目についたからです。
このころはまだフィルムが使われていたのですね。


青空。
真っ白な雪。
カラフルな子供たち。
ブラスバンドの響き。
建物の中では隊員たちの美術展。
すべてが平和そうでした。

しかし、
自衛隊がイラクの復興支援に出始めた頃でした。
この駐屯地からも部隊が近日派遣されると聞いていました。

戦争をしに行くわけではないとしても、
いつ攻撃を受けるかもしれない場所へ行くのですから、
この広い基地内の空気に、
張りつめた緊張感、悲壮感が漂っているように感じました。

イラクのサマーワ。
もう忘れかけた地名です。


◎  札幌雪祭り 

2月4日に、
2004年の節分会の写真を載せました。
それを探し出したとき、
2月8日から札幌雪祭りに行っていたことが分かりました。
古い写真のついでで、
8年前の雪祭りを紹介します。

1IMG_6407.jpg

千歳空港に着いて、
電車で札幌へ。
これは札幌駅付近の写真だったと思います。
粉雪が舞って、
寒々としていました。


2IMG_6420.jpg

一旦ホテルに落ち着いてから、
出かけました。
ススキノには氷像が並んでいました。

「青龍」の像がありましたので、
辰年に因んで載せておきます。


3IMG_6447.jpg

大通り公園に着きました。
ちょうど黄昏れてきて、
テレビ塔もライトアップです。
長い行列でしたが、
のんびり待って、
展望台に登りました。


4IMG_6453.jpg

展望台からの大通り公園(雪祭りの会場)です。


5IMG_6466.jpg

メインステージだったと思うのですが、
松井秀喜選手の大きな顔が・・・


6IMG_6467.jpg

お見せするような、
よく撮れた雪像の写真がないので、
しつこいですが、
松井選手の横顔です。

8年前の松井さんはどんな活躍をしていたのでしょうか?
今年はまだプレイする球団が決まっていないとか・・・
諸行無常です。


◎  小平薬用植物園 

ブログに載せるネタが切れたので、
小平薬用植物園に行ってみました。
小さいながらも温室があるから、
何かの花が咲いているだろうと思ったわけです。

HPを見て行けばよかったのですが、
温室は工事中で入れず、
ガッカリでした。


1IMGP6813.jpg

イヌサフランの芽が出たところでした。


2IMGP6830.jpg

フキタンポポ(キク科)
温室前に植木鉢が3個ばかり並べてありました。
出会えたのはこの花くらいで、
あとはサッパリでした。


3IMGP6828.jpg

窓から温室の中を覗くとブーゲンビリアが咲いていました。


4IMGP6839.jpg

何もないので、
玉川上水沿いの遊歩道を少し歩いて帰りました。
以前にここを撮ったときは、
シラサギがいましたが、
それも見えません。


5IMGP6841.jpg

静かそうに見える川面も、
部分的には白波を立てて流れています。

2月4日(立春の日)のことでした。


◎  節分会 

昨日は節分。
今日は立春。
寒さが続いていますが、
季節の変わり目にさしかかりました。

1IMG_6384.jpg

川越大師、喜多院の節分会、豆まきです。
実は、古い写真なのです。
ブログのネタ切れになったので、
探していたら、
2004年の2月3日に撮ったのがありました。


2IMG_6388.jpg

写真奥の方から提灯を捧げて、
坊さんや年男たちが舞台に向かってきました。


3IMG_6391.jpg

撒き終わったのか、
これから撒くのか、
決定的瞬間の撮影をしなかったようです。
8年も前の事ですから、
事情は分かりません。

年の豆低き声にて撒きにけり   虚吼


4IMG_6399.jpg

川越の街で、
観光目玉になっている「時の鐘」です。
人影がさっぱりありません。
最近はもっと多いと思います。


5IMGP6654.jpg

このところ、
花の写真がさっぱりありませんので、
山茶花を載せておきます。
(これは今年の写真です)

山茶花の日和に翳のあるごとく   麦南


◎  川崎大師 

ANA整備工場見学の後は、
川崎大師を参拝しました。

1IMG_3390.jpg

川崎大師はずいぶん久しぶりです。
お寺の記憶はありませんが、
飴屋が多かったことだけ覚えていました。
参道に入ると、飴屋ばっかりです。


2IMG_3393.jpg

1月も末に近く、
参拝客も多くありませんから、
飴屋さんも暇です。


3IMG_3404.jpg

どこの店もまな板の上でトントンと包丁の音を立てていましたが、
ほとんどが空打ちです。
本当に飴を切っていたのは、
この店の2人の内の1人だけでした。

伝統~~名物~~変えるわけには行かないでしょうが、
人手で飴を切っていて、
コストが引き合うのだろうか、
心配になりました。


4IMG_3394.jpg

大門が近づきました。
葛餅屋、達磨屋など。


5IMG_3397.jpg

本堂です。

川崎大師は、
もろもろの災厄をことごとく消除する厄除大師として、
むかしから有名であり、
総本山は京都東山七条にある智積院だそうです。

御本尊 厄除弘法大師
宗 派 真言宗 智山派


6IMG_3398a.jpg


本堂前で、
若い女性たちが大きな香炉を囲んでいました。
何を願っているのでしょう?
もくもくと煙が立ち上っていました。
写真では、
実際に見た感じよりも煙が薄くなってしまいました。



back to TOP