Photo & Essay

◎  大聖堂(3) 




9IMGP2897.jpg

祭壇側の天井


10IMGP2903.jpg

主祭壇

中央の絵は
ルーカス・クラーナハ作の「救いの聖母」です。


11IMGP2904.jpg

「救いの聖母」

クラーナハはマルチン・ルターの友人でプロテスタントです。
プロテスタントの描いた聖母子図が
カトリックの聖堂に掲げられるのは珍しいことで
その経緯を
ガイドさんが説明していましたが・・・

それはともかくとして
この絵の模写が街中のビルの壁に何枚も掲示されています。

プロテスタントが描いたマリア様には
光輪がないそうです。


12IMGP2914.jpg

堂内のどの辺にあったか
誰の像か
分かりませんが・・・

◎  大聖堂(2) 


聖堂内に入りました。


5IMGP2919.jpg

祭壇を背に
まずパイプオルガンを撮りました。

天井のフレスコ画を下に載せます。


6IMGP2894.jpg




7IMGP2895.jpg




8IMGP2896.jpg

騙し絵だそうですから
今となっては
どこで騙されているのか分かりません。

彫刻に見えるものが絵だったり
天井がドームでなかったり・・・


◎  大聖堂(1) 


大聖堂に到着です。
聖ヤコブの教会で
ローマ・カトリックのチロル地方の総本山です。


1IMGP2885.jpg

ファサード


2IMGP2886.jpg

ファサード上部

1枚目に塔の上の十字架が入らなかったので
上部だけを載せておきます。


3IMGP2887.jpg

ファサード中央上部


4IMGP2892.jpg

入り口右側の掲示板

DOM ST. JAKOB(聖ヤコブ大聖堂)






◎  王宮 


宮廷教会を出て
次は大聖堂に向かいましたが
隣に王宮があります。

見たい人は解散後にゆっくり見て下さいとのことで
前を通り過ぎました。

解散後は
疲れてしまって
入る 気がしませんでした。
(入った人はいなかったようです)

そんなことで
外観だけですが・・・


1IMGP2879_20161021165929dc7.jpg

王宮
(右半分)

白亜の建物の両端にある緑色の丸屋根がアクセントになっている。
1466年頃にチロルのジークムント大公によって建てられた城を
マクシミリアン1世が拡張
さらに1754〜1773年にマリア・テレジアによって
ウイーン風の華麗なロココ様式に改築された。
内部は豪華な家具調度の部屋が続き
皇帝やマリア・テレジア、皇妃エリザベートの肖像画も飾られている。

(ガイドブックから)


2IMGP2878_20161021165932006.jpg

バルコニー


3IMGP2877.jpg

緑色のドーム


4IMGP2876.jpg

ハプスブルク家の紋章
(双頭の鷲)

◎  宮廷教会(2) 


記憶が不鮮明なのですが・・・


5IMGP2867.jpg

マクシミリアン1世の像だったと思います。

マクシミリアン1世はは
ハプスブルク家出身のオーストリア大公で
神聖ローマ皇帝(在位:1493年 - 1519年)です。


6IMGP2868.jpg

衣の模様拡大


7IMGP2872.jpg

イギリスのアーサー王だったと思います。

マクシミリアン1世はこの王を敬愛していたそうです。

像の股間が光っています。
ここに触ると・・・
とかいう伝説があって・・・
だそうです。


8IMGP2873.jpg

何だったでしょう?


9IMGP2874.jpg

銀の礼拝堂

◎  宮廷教会(1) 


中庭の回廊を回って
宮廷教会に入りました。

部分の写真ばかりで
全体をお見せできませんが・・・

宮廷教会は
フェルディナンド 1 世が
祖父のマクシミリアン 1 世に哀悼を捧げるために
1553 年に建てました。


1IMGP2858.jpg




2IMGP2864.jpg




3IMGP2871.jpg




4IMGP2865_201610211021309d4.jpg

◎  チロル民族博物館 


黄金の小屋根周辺の観光を終えて
チロル民族博物館へ。


17IMGP2848.jpg

バイク・シェア・ポート

中世以来の小径を抜け出て
近代的な道路に出ました。

遠くに見える赤い集団は
中国人の小学生です。
この近くに彼らの学校があるのか
修学旅行で来たのかはわかりませんが・・・


18IMGP2850.jpg

チロル民族博物館の看板


19IMGP2851.jpg

中庭

宮廷教会があり
隣接して教会付属の修道院があって
その間の中庭です。


20IMGP2855.jpg

今では修道院が博物館になっていますが
そちらは見ないで
中庭を巡る回廊を通って
宮廷教会に向かいました。


◎  旧市街散策(4) 




13IMGP2836.jpg

ヘルプリングハウス


画面中央の白っぽい建物で
ロココ様式の華麗な装飾が目を惹きます。


14IMGP2838.jpg

ここにも
クラーナハの聖母子がありました。


15IMGP2843.jpg

食料品店だったと思いますが・・・


16IMGP2811.jpg

刺繍の店


◎  旧市街散策(3) 




9IMGP2827.jpg

彫刻人間

黄金の小屋根がある建物の前です。


10IMGP2828.jpg

彫刻のようにジッとしていますが
時々体のどこかを動かしたり笑顔になったりします。

街角の被写体として
気軽にパチリと撮るのですが
ガイドさんにいわれました。
「彼らはパフォーマンスをやるために
許可を取りお金を払って
演技しているのですから
撮る人は
前に置いてある箱にいくらか入れて下さい」


11IMGP2833.jpg

市の塔

お金を払えば
展望台に登れるようです。


12IMGP2834.jpg

塔の四隅にあるのはシャチだろうかと
ズームアップしてみましたが
何だか分かりません。

時計のそばに双頭の鷲が・・・

◎  旧市街散策(2) 




5IMGP2817.jpg

ホテル「黄金の鷲」のカフェ


6IMGP2824_20161020173136925.jpg

看板

ブドウの収穫でしょうか〜
ワインの店?


7IMGP2825.jpg

時計

前回アップしたのは ROLEX でしたが
今度は別。

今にして思えば
時計よりも壁の彫刻を撮った方がよかったかも〜


8IMGP2826.jpg

金色の文字が美しい!

◎  旧市街散策(1) 


イン川を見た後
再度旧市街に戻りました。
行くだの戻るだのいっても
小さな街ですから
同じ所を行ったり来たりのようです。


1IMGP2808.jpg

ホテルの看板

「GOLDENER ADLER」は「黄金の鷲」でしょう。
写真中央下の看板に
金色をした双頭の鷲が描かれています。


2IMGP2816_20161020173112ee3.jpg

左側の建物が「黄金の鷲」


3IMGP2815.jpg

上の写真に見えていた塔の先端をズームアップしました。
トナカイでしょうか?
それと右側の屋根のフェンスには鳥が・・・


4IMGP2813.jpg

聖母子図

2枚目の写真の左側にちょっとだけ見えていたビルです。

壁面には聖母子の絵が2枚も掲げてあります。
インスブルックの街には
とても多いのだそうです。

左側の絵は
後で訪れることになっている宮廷教会の
クラーナハの絵の模写です。

◎  イン川 


イン川に到着しました。
そこに架かる橋
イン橋のたもとでいろいろと説明ありましたが
また聞いていなかったので・・・

標高2000mを越えるアルプスの山々に囲まれたインスブルックは
チロル州の州都。
「イン川に架かる橋」という意味の名の通り
この町は
12世紀にイン川の橋のたもとの集落から始まって
15世紀末に
この町を愛した皇帝マクシミリアン1世の統治下で発展を遂げた。

(とガイドブックに書いてあります)


21IMGP2791.jpg

橋のすぐ近くにあった銅像

何か意味ありげなのに
どういう情景か
説明があったと思うのですが・・・

背景の窓に花が飾ってあるのは
レストランです。


22IMGP2797.jpg

イン橋の上から下流を望む

この川の行く先は?

アルプスの水を集め
やがてドナウ川に入ります。


23IMGP2804.jpg

旧市街の対岸

木々に隠れていますが
素敵な家が並んでいるようです。


24IMGP2800.jpg

川の水

アルプスの氷河が溶けた水です。
この青みがかった美しい水が
やがて
「美しく青きドナウ」になるのです。

◎  イン川へ(2) 


更に進みます。

といっても小さな街ですから
距離はたいしたことありませんが・・・


17IMGP2780.jpg

こんな細い道ばかりです。


18IMGP2784.jpg

店先の展示


19IMGP2786.jpg

コケコッコ〜〜〜


20IMGP2787.jpg

門番

下げている白い紙には
「触らないで下さい」と
ドイツ語と英語で書いてあります。

英語の表示は珍しいです。


◎  イン川へ(1) 


ここでガイドさんは
イン川を見せてくれるとのことで
街散歩をしながら
川に向かいました。

インスブルックの名は
「イン川に架かる橋」という意味だそうです。


13IMGP2778.jpg

ビルの間に見えるのは
「市の塔」だと思います。


14IMGP2773.jpg

相変わらず
上を見て
看板を撮りました。


15IMGP2779.jpg

1754年に何があったのでしょう?
この店の創業?
名前はなく
ライオンしかいませんが〜


16IMGP2783.jpg

ホテルらしいですが・・・

◎  黄金の小屋根 


更に進むと
正面に・・・


9IMGP2766.jpg

中央のお2人を撮ったわけではありません。
その向うに見える金色の屋根が
インスブルック旧市街観光の目玉のひとつなのです。


10IMGP2768.jpg

だんだん寄って行きます。

広大ではありませんが
多分旧市街一の広場だったのでしょう。


11IMGP2771.jpg

1500年に完成したこの屋根は
2,657枚の金箔を貼った銅製のタイルでできており
神聖ローマ皇帝 マクシミリアン1世が
ビアンカ・マリア・スフォルツァと結婚したことを記念したものである。

(Wikipediaより)


12IMGP2840.jpg

皇帝と皇妃は下の広場で開かれる祭りやトーナメント
その他催しを黄金の小屋根のバルコニーから眺めた。

(Wikipediaより)

◎  ホテル白十字 


スワロフスキーの隣にマクドがあって
その先に小さなホテルがありました。

ヴァイセス・クロイツ(Weisses Kreuz)という名です。
(英語にするとWhite Cross=白十字)
1465年から続く部屋数40のホテル


5IMGP2763_20161011213312dc5.jpg

ホテルの看板


6IMGP2765.jpg

壁のプレート

1769年12月14日に
レオポルド・モーツァルトが
13歳の息子ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを連れて宿泊し
コンサートを行ったと書いてあります。


7IMGP2764.jpg

ホテルの壁面の一部


8IMGP2820.jpg

薄汚くなっていますが
著名な宿泊者のリストが道路沿いの壁に貼ってあります。
(これはリストの一部です)

左最上部には
1494年にマキシミリアン1世
右最上部には
1773年にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
中央部には
1786年にゲーテ
1832年にハイネ
などの名が見えます。

◎  旧市街へ 


何故自由昼食なのか分かってみると
レストランで食べるほどの時間がないから・・・
なのです。
だから結局ファーストフードで・・・


1IMGP2745.jpg

食事が終わったら
集合場所に向います。


2IMGP2754.jpg

全員が揃って
午後の観光が始まりました。
目の前の道路を横切ると旧市街ですが
道が狭くなります。
中世の道幅なのでしょう。


3IMGP2756_20161011213308a80.jpg

先刻の道路を横切るとすぐに
「SWAROVSKI」の看板が見えます。

「スワロフスキー」の店はザルツブルグにもありましたが
ここチロルが同社創業の地だそうです。

そしてこの店が本店だとのことで
女性たちを惹き付けました。


4IMGP2823.jpg

店内にはキラキラしたクリスタルガラスの製品がいっぱい!
でもカメラを向けるのも・・・

店の外から天井を撮りましたが
あんまり輝いて見えません。。。

◎  聖アンナ記念柱 


マリア・テレジア通りの最後まで行って
自由昼食のため
一旦解散となります。


13IMGP2727.jpg

聖アンナ記念柱

バイエルン公国との戦いに勝利した日が
聖アンナ(聖母マリアの母)の日
7月26日だったので
この記念柱が建てられました。


14IMGP2728.jpg

記念柱の上に立っているのは
聖アンナではなく
聖母マリアです。

三日月を踏み
12の星を冠っている像は
先刻ハル・イン・チロルでも見ました。


15IMGP2739.jpg

柱根元で正面に立っているのが
聖アンナです。

聖母マリアも聖アンナも
バイエルンの方を向いて立っています。
(下の写真の山の向うがバイエルン)


16IMGP2737.jpg

この写真の奥が
マリア・テレジア通りの終端で
そこに小さなスーパーマーケットがありました。

お土産も買えるからということで
そこが集合場所と決まって
解散〜昼食となりました。

◎  マリア・テレジア通り(2) 


マリア・テレジア通りを歩いています。


8IMGP2716.jpg

あるビルの入り口上部


10IMGP2718.jpg

広い通りです。


11IMGP2721.jpg

大きな時計

間もなく正午
自由昼食の予定ですから
ガイドさんが
あそこに・・・
こっちに・・・
と紹介してくれましたが
どこがよいのやら・・・


12IMGP2726.jpg

聖アンナ記念柱

マリア・テレジア通りのほぼ中央にあります。

◎  マリア・テレジア通り(1) 


マリア・テレジア通りをぶらぶら歩きました。


9IMGP2717.jpg

歩道に面したビルの壁に
「Maria-Thresien-Straße」=「マリア・テレジア通り」
と書いてあります。

マリア・テレジアとこの街
インスブルックとのつながりについては
ガイドさんが説明してくれたようですが
写真ばかり撮っていて
聞いていなかったのでゴメンナサイ!


5IMGP2707.jpg

昨日の最後の写真のビル

前方の山の向うがバイエルンです。


6IMGP2710.jpg

時計塔


7IMGP2714.jpg

あるビルの入り口上部

◎  凱旋門 


オーストリア紀行を再開します。

ハル・イン・チロルの観光を終えて
インスブルックに戻ってきました。
バスを降りたのは
凱旋門の前です。

門を抜けると
通りの名が「マリア・テレジア通り」に変わり
それを進むと見所の多い旧市街になります。


1IMGP2693.jpg

凱旋門

マリア・テレジアが息子レオポルドの結婚記念として
1765年に建設しましたが
同時期に夫フランツ1世が死去したので・・・


2IMGP2698.jpg

こちら側(入り口側)は
結婚を祝って
「生と幸福」がモチーフになっています。


3IMGP2702.jpg

門の裏側(旧市街側)は
「死と悲しみ」がモチーフになっています。


4IMGP2704.jpg

凱旋門を背にして進みます。


◎  高麗川風景 


巾着田は蛇行する高麗川に囲まれています。


20IMGP6327.jpg

鹿台橋から

巾着田の始まりです。
静かで湖みたいですが
向うに流れ
左に曲がっていきます。


21IMGP6329.jpg

1枚目の前方左です。


22IMGP6510.jpg

あいあい橋

曼珠沙華群生地の終端部にある
木製トラス橋。

1枚目の下流です。


23IMGP6506.jpg

あいあい橋から


明日から「オーストリア紀行」を再開します。

◎  フウセントウワタ(風船唐綿) 


散歩していて見つけました。
最初実が目についたのですが
花も咲いていました。


19IMGP6721.jpg

フウセントウワタの実


18IMGP6716.jpg

フウセントウワタの花


24IMGP6916.jpg

別のところ(温室)で
トウワタ(唐綿)を見つけました。
中の種〜綿が露出していました。

フウセントウワタも同様になるのだろうと思います。

◎  花と実と 


いろいろな花と実と・・・
とはいいながら
実がほとんどです。


14IMGP6661.jpg

キンモクセイ(金木犀)


15IMGP6426.jpg

ムラサキシキブ(紫式部)


16IMGP6779.jpg

コブシ(辛夷)

こんな実がつくことを始めてしりました。
赤い実が秋の日に映えると
とてもきれいです。


17IMGP6689.jpg

ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)

◎   スイフヨウ(酔芙蓉) 


撮ったのが午前中でしたから
まだ酔いが回っていなくて
薄いピンクでした。


11IMGP6391.jpg




12IMGP6405.jpg




13IMGP6436.jpg

◎  コスモス 


巾着田には広いコスモス畑があるのですが
今年は台風に倒されたそうで
全滅状態でしたから
他所で撮った写真を掲載します。


8IMGP6757.jpg




9IMGP6457.jpg




10IMGP6750.jpg

◎  秋の野菜 


巾着田への道路際には
地元の農家が店を出していました。

飾り野菜の展示を撮りました。
何も買わずに撮るのは少々後ろめたかったですが・・・


5IMGP6314.jpg




6IMGP6315.jpg




7IMGP6318.jpg

◎  マンジュシャゲ(曼珠沙華) 


「オーストリア紀行」の途中ですが
暫時中断して
季節の花などの写真を掲載します。

久しぶりに巾着田に行ってきました。
今年は雨の日が多く
晴れた日は都合が悪かったり
行ったのは25日。
終わった花も多く
これから咲く花もあるという状態でした。


1IMGP6335.jpg

水辺に咲く


2IMGP6491.jpg

木に倚って咲く


3IMGP6365.jpg

光を浴びて


4IMGP6470a.jpg

開花進行中

◎  ハル・イン・チロル(12) 


出発まで
僅かな時間ですが
城の外でぶらぶらしました。


9IMGP2659.jpg

貨幣製造用のプレス機

機械の下部にあるプレートの説明文がドイツ語なので
よく分からないのですが
どこかから移設してきたものらしく
実際に使われた機械でなさそうですが・・・

ここで作られた貨幣は「ハーラー銀貨」と呼ばれ
それがチェコで「ターラー」になり
アメリカで「ダラー($)」になったそうです。


10IMGP2680.jpg

草むらの一郭がお花畑になっていました。


11IMGP2690.jpg

マロニエの実

バスに乗るため道路に出たら
マロニエ並木でした。


12IMGP2692.jpg

バスの車窓から

バスでインスブルックに戻りました。

これでハル・イン・チロルの観光は終わりです。

◎  ハル・イン・チロル(11) 


ハーゼック城に到着しました。
岩塩を守るための要塞であり
また貨幣の製造所でありました。

中庭に入って
そんな説明を聞いただけで見学は終わりでした。


5IMGP2650.jpg

小さな門から入って
サラッと見て
別の出口から外に出て
自由時間みたいな
トイレ休憩みたいな時間がちょっとあって・・・
だったのですが

この城について検索したら
書き込みが見つかりました。

外観は古城・・人がいないので雰囲気たっぷりです。
でも内部は最新式の設備になっていて「シャリーン」という効果音まで鳴り響く・・。
狭い階段をぐるぐる登り
塔の上からはイン川やアルプスの山々そして街並み
昔街道を見張る城であったことが実感出来るチロルの風景を見ることが出来ます。
古城としても楽しめる場所でした。


つまり
建物の中には貨幣博物館があり
塔に登れば景色が見えたりしたのですが
入っていません。
登っていません。
時間がなかったのでしょう・・・


6IMGP2657.jpg

中庭のステージ


7IMGP2654.jpg

入り口そばに飾ってあった花


8IMGP2655.jpg

中庭にあったレストラン


back to TOP