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Photo & Essay

◎  赤城神社(3) 


社殿の周囲はガラス張りです。
これぞ隈研吾さんのデザイン!
なのでしょう。


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社殿左側面

光の具合から
外の景色が映り込んでいました。


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社殿右側面から

1枚目のガラス面を反対側のガラス越しに見ています。
ガラスが綺麗だから
向こうがくっきり見えました。


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2枚目から場所を少し変えたら
参拝客の姿が映りました。

◎  赤城神社(2) 


日曜日だったせいもありますが
参拝客が予想以上に多い!
ほとんどが若い人たち!

赤城神社は縁結びの神様らしいです。

参道の左右に狛犬がいます。
高い台の上に置いてあるので
近づくと
見上げるようになってしまうので
遠くから撮りました。


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向かって右側

この種の狛犬は
江戸時代に『加賀白山犬』として流行ったそうですが
現在はわずかしか残っていないとのことです。


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向かって左側

あれ!
どちらも口を閉じています。
「阿」と「吽」でなく
「吽」ばかり?


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古風な神社らしい風景

◎  赤城神社(1) 


用意して行った地図を見ながら
坂を登って行きました。

この辺だろうと思ったら
右に大きな参道があり
鳥居が見えました。


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赤城神社の鳥居

繁華街の中の小さな神社?
かと思っていたのですが
そうではなさそうです。


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拝殿

石段を登って行くと拝殿が見えて来ました。

普通の神社とは
屋根の形がちっと違うような・・・

実はこの社殿は建築家の隈研吾さんがデザイン監修をしたのだそうです。


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拝殿上の掲額

この辺の風景は
まさに神社そのものです。

◎  神楽坂へ 


大久保通りを進んで
間もなく目的地
神楽坂に到着します。


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路地


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袖摺坂

説明板には
俗に袖摺坂と呼ばれ
両脇が高台と垣根の狭い坂道で
すれ違う人がお互いの袖を摺り合わした

とありますが
これだけの道幅があったら
摺り合わさずに通れそうに思います。

江戸時代は
もっと狭い坂だったのかもしれません。


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ようやく大久保通りと
神楽坂の交差点「神楽坂上」に到着。

いつもは
ここから坂を下るのですが
赤城神社へは
坂を登ります。

◎  抜弁天付近 


抜弁天交差点付近で
小さなお寺に入って見たり
小路に入って見たりしました。

このあたりには「厳嶋神社」があります。
祭神は市杵島姫命だが
これが仏教の弁才天と習合したため
新宿山ノ手七福神の弁財天を祀る神社として知られ
通称抜弁天(ぬけべんてん)という。

(Wikipedia)


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梅とお地蔵様

行ったのは2月の初旬でした。


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駐犬場?

住宅街の小さなスーパーの前です。


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黒猫のいる風景

スーパーのちょっと先です。

◎  小路 


大通りを歩きながら
脇の小路を撮りました。


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NTTドコモ代々木ビル


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"caffe"


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分かれ道

振り返って撮りましたから
写真の向こうから来たのです。
2本の道はすぐそこで
一緒になっています。

◎  稲荷鬼王神社 


新宿山ノ手七福神を巡る時は
最初に参拝する神社です。
今回は七福神巡りでありませんが
立ち寄ってお参りしました。


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この神社は
天保2年(1831)に
大久保村にあった稲荷神と
熊野から勧請されていた鬼王権現とを合祀し
稲荷鬼王神社となりました。

熊野の鬼王権現が現存しないため
「鬼王」の名を持つ唯一の神社となっているそうです。


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本殿


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水鉢

入り口の左側にあります。
大きな石の水鉢を頭に載せて・・・

可哀想に!
といつも思いながら
この鬼さんを撮っています。

◎  出発 


テレビで
神楽坂の赤城神社を紹介していたのを見て
行って見たくなりました。

折角だから少し歩いて
ということで西武新宿駅から歩きました。


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西武新宿駅北口を出たところ


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職安通りを進みながら
細い路地を撮ります。


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この辺りは韓国系の店が多いです。

◎  池の鴨 


池にオシドリがいるだろうかと思い
行ってみましたが
泳いでいたのはカモばかり。


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おらおらでひとりいぐも


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みんなでいけばこわくない


これで新宿御苑はおしまいです。

◎  台湾閣 


台湾閣に行きました。

この建物は
昭和天皇の御成婚を記念して
当時の台湾在住邦人の有志の方々から寄贈された建物で
建築家、森山松之助の設計により
昭和2年に竣工されました。
この建物は中国南方地方(福建省)の建築(ビンナン建築)と同じ様式で造られており
本格的中国風建築の日本における数少ない建物として
貴重なものと評価されています。

(新宿観光振興協会)


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池越しに見る台湾閣

今二人が立っているところからは
先日アップした寒桜(メジロがいた)が正面に見えます。


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1枚目の裏側に入り口があり
その脇にある透かし窓です。

文字は「於物魚躍」で
「ああ満ちて魚躍れりと」と読み
「天子を賛美する言葉」だそうです。

「於物」がどうしてそういう読み方になるのか不可解ですが・・・

人民から敬慕された古代中国・周の国の文王について
「文王が王宮の池にあれば、魚たちも集まり喜び跳ねる」という天子を賛美した詩文があるそうだが・・・

と解説した記事も見つけましたが
王様が池のほとりに立つことが
なぜ「於物」なのでしょう?

◎  寒桜 


寒桜が咲き始めていました。
まだ蕾がいっぱいで
その蕾を見ると寒緋桜に似ています。

調べてみたら
新宿御苑では「寒桜」と呼んでいますが
「熱海桜」とも呼ばれ
寒緋桜と山桜の雑種と推定されるそうです。


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あまり大きくない木
日当たりの良い枝の花を撮りました。


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中央休憩所近くにある大きな木です。
カメラを持った人が大勢で取り囲んでいます。
まだ花も少ないのに・・・
と思って行って見ると
狙っているのは花でなく
メジロでした。

真似して狙ってみましたが
静止しているものでも難しいのに
ちょろちょろ飛び回る小鳥は手に負えません。
それにレンズももっと長くないと・・・
この写真は大トリミングしました。

◎  福寿草 


地図にチェックして行った福寿草は
確かに咲いていましたが
生垣に囲まれ
遠くて撮れません。

お茶室「楽羽亭」のそばにあったはずと思い
行ってみたら・・・
ありました。


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まさに咲き始め


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茎が短く
葉っぱが殆どない
こんな花が
そして蕾の色が
大好きです。

◎  紅梅 


1週間ほど前
久しぶりに新宿御苑に行きました。

新宿門脇のインフォメーションセンターで掲示を見ると
かなりの種類の花が「見頃」とか「咲き始め」とか書いてありました。

園内のマップに印をつけて
歩いてみましたが
騙された気分でした。

例えば「蝋梅が見頃」は
行って見ると枯れ木ばかり
咲いた後なのか
初めから咲いていないのか
わかりませんが・・・

池のほとりの「修善寺桜が咲き始め」は
行って見ると
確かに蕾は膨らんでいますが
花は見つからない・・・

そんな中
ぽつぽつ咲いていた紅梅です。


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広々とした芝生の原に面して立つ
1本の梅の木
まばらに花が付いていました。


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お茶室「楽羽亭」そばの梅林は
まだ咲いていませんでしたが
少し離れたところに1本
これもまばらな花付きでした。

◎  雑司が谷七福神スタンプ集 


雑司が谷の七福神は
終わりの方に来て
安置されている場所がお寺でなかったり
お寺であってもその写真がなかったり・・・
単なる街散歩の写真みたいになってしまいました。

当初は昨日で終わりにするつもりでいたのですが
そんなことで
今日は7箇所で押してきたスタンプを並べることにしました。


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大黒天
(鬼子母神)


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恵比寿神
(大鳥神社)


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毘沙門天
(清立院)


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吉祥天
(清土鬼子母神)


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弁財天
(観静院)


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布袋尊
(中野ビル)


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福禄寿
(仙行寺)

これで
今年二つ目の七福神巡りを終わります。

◎  仙行寺 


最後7番目は仙行寺で
福禄寿が祀られていますが
ここもお寺というよりは
ビルの軒先みたいなところに
福禄寿の厨子が置いてあるだけです。


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路地のレストラン


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柱鏡


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フクロウ

お寺も福禄寿も撮ってありませんので
厨子の上に載っていたフクロウを・・・


◎  中野ビル 


6番目の「お寺」と言いたいところですが
「中野ビル」という大きくもないビルです。
その前に布袋様が安置されているのです。


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日曜日の昼下がり


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中野ビルはもうすぐ


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中野ビルの向かい側

中野ビルも布袋様も撮ってありません。
いつも向かい側は撮りますが・・・

◎  法明寺 


観静院のそばに
いかにも格式ありそうなお寺があるので
いつも立ち寄って参拝します。

寺の名は
威光山法明寺。
創建は弘仁2年(811)
「吾妻鏡」にも記された雑司が谷随一の古刹で
雑司が谷鬼子母神は同寺の諸堂の一つである。

とのことです。


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山門

奥に本堂。


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山門脇の塀の瓦


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境内にあった石碑

恥ずかしいことですが
上の文字を「18181にアンダーバー」だと思い首を傾げました。

写真をよくよく見たら
「幽顕」でした。

さてその「幽顕」とは?
調べてみました。

神道では
この世界は
私たちが生きているこの世界と
目には見えない神の世界との
二つより成り立っていると考えていました。
目に見える現実世界
人間の世界のことを「顕世(うつしよ)」または「顕界」といいます。
人間の目に見えない幽冥の世界で
神の世界のことを「幽世(かくりよ)」または「幽界」といいます。
顕と幽を並べると顕幽となりますが
幽顕(ゆうけん)ともいいます。

(出雲大社紫野教会HPより)
とのことでした。

続いて書いてあったことも紹介しておきます。

日本書紀の国譲りの話の一つに
この顕世幽世の話が出てきます。
大国主大神はこの日本の国作りをされましたが
高天原から降りてこられた皇孫にお譲りすることになりました。
この時に高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)がこう語られました。
「夫(そ)れ汝(いまし)が治(しら)す顕露(あらは)の事は
是(これ)吾孫(すめみま)治すべし。
汝は以(もっ)て神事(かみのこと)を治すべし。」
あなたが治めていた地上の世界のことは
皇孫(天皇)が治めます。
あなたは神の世界のことを治めて下さい
という意味です。


さてここまで分かりましたが
日蓮宗のお寺に建てられている石碑ですから
神道だの出雲大社だのというのはどうも・・・

ということで調べてみると
顕幽=あらわれたり、見えなくなったりすること。
(net 大辞林 第三版)

ならば「幽顕」は
見えなくなったり、あらわれたりすること。

こうあっさりでは
子供の隠れんぼのことかと・・・

広辞苑を
(私が持っているのは古くて第四版ですが)
引いて見たら
「幽顕」も「顕幽」も載っていません。


◎  観静院 


観静院に到着です。
ここには弁財天が祀られています。


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冬桜

東京音大の前を通り
観静院が近づくと毎年そこに桜が咲いています。


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観静院

小さなお寺です。


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本堂屋根の風鐸

風鐸を見ると撮りたくなります。

◎  観静院へ 


5番目のお寺
観静院に向かいます。
首都高池袋線の下の道を通り
雑司が谷霊園の北側を迂回します。

前にこのコースに参加した時は
霊園の中を通りました。

ここには有名人の墓が数多くあります。
金田一京助
小泉八雲
ジョン万次郎
竹久夢二
夏目漱石
などなどあるのですが
今回は墓めぐりなしのコース設定でした。


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道路の向こうに首都高が見えます。


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都電雑司が谷駅

雑司が谷霊園を過ぎると
都電の線路を渡り
雑司が谷鬼子母神のすぐ近くを通ります。


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パンジー

高いところに植えてありましたので
しゃがまないで撮れました。

◎  清土鬼子母神 


清土鬼子母神に到着です。
小さな社で
ここには吉祥天が祀られています。


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枯れ蔦のある家

清土鬼子母神はもうすぐです。


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清土鬼子母神本堂の屋根

ここは不忍通りのすぐそばで
護国寺の近くです。
雑司が谷鬼子母神は有名ですが
「清土」って・・・?


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「鬼子母尊神出現所」石標

上で「?」と書いた答えみたいな・・・
石標の由来を調べてみました。

「雑司谷鬼子母神略縁起」に下記のよう記載されているそうです。

人皇百七代正親町院の永禄四年辛酉五月十六日土人山本氏なる者ありて・・・
(以下現代語で要点を書けば)
この石標のあるところで
田を耕していた所
何かの塊が鍬に掛かったのでよく見たら
木像だった。
持ち帰って東陽坊というお寺の坊さんに見せた所
仏像らしいとのことで仏壇のそばに安置しておいた。
それから10年あまりが経って
安房の国から来た僧が
これは霊仏だと知って
密かに盗み出して安房に持ち帰った。
(ここから原文)
然るに此の僧何となく物ぐるわしき病発せりて
口走りけるは
我は元武蔵国雑司谷の鬼子母神也
往昔名家に崇敬せられし事の縁ありて
久しく泥土に埋もれ隠れしかども
今彼地の機縁已に熟し
済度の期を得るを以って再び出現せしを
此僧故なく誘い来たりこそ安からね
速やかに彼地に送り還すべし
・・・・・・・・


とのことで船を仕立てて送り返し
現在の雑司が谷の地に祀ったのだそうです。

◎  清土鬼子母神へ 


4番目のお寺
清土鬼子母神に向かう途中の街写真です。


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自転車が並ぶ路地


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狸が並ぶ家


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曲がっている路地

◎  道の辺の花 


4番目のお寺・清土鬼子母神までは
ちょっと道のりがあります。
途中で撮った花写真です。


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侘助


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多肉植物


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蝋梅

◎  清立院 


3番目のお寺は清立院です。
日蓮宗のお寺で
ここに祀られている七福神は
毘沙門天です。


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都電の線路

大鳥神社から青立院に行く時
この線路を渡ります。


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清立院

雨乞いと皮膚病の祈願寺として
尊崇されているそうです。

  
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境内の石仏

観音様かと思います。
われわれのことを憂いていてくださるのでしょうか
お顔が悲しそうに見えます。

◎  大鳥神社 


七福神の2番目
大鳥神社に到着です。

本殿脇の小さな祠に
恵比寿神が祀られています。


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提灯

右側には都電の線路があり
左が大鳥神社です。
提灯の向こう端に
石の鳥居が見えています。


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鳥居と茅の輪と本殿

茅の輪とは茅で作った大きな輪で
これをくぐることで
穢れを祓い
これからの無病息災を祈る神事です。
それを大祓と称し
年に2回
6月と12月に行います。

写真は1月7日ですが
まだ大祓できるようでした。


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手水舎の水盤


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水盤への水が
口先から垂れています。

カメラ任せで撮ったら
垂れる水が
点、点、点・・・と写りました。


◎  雑司が谷鬼子母神 


雑司が谷鬼子母神に到着です。
ここの本殿にはもちろん鬼子母神が祀られています。

鬼子母神(きしもじん)は
安産・子育(こやす)の神様として広く信仰の対象となっていますが
もともとの来歴には深いいわれがあります。

その昔
鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ
王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で
嫁して多くの子供を産みました。
しかしその性質は暴虐この上なく
近隣の幼児をとって食べるので
人々から恐れ憎まれました。

お釈迦様は
その過ちから帝母を救うことを考えられ
その末の子を隠してしまいました。
その時の帝母の嘆き悲しむ様は限りなく
お釈迦様は
「千人のうちの一子を失うもかくの如し。
いわんや人の一子を食らうとき
その父母の嘆きやいかん」と戒めました。

そこで帝母ははじめて今までの過ちを悟り
お釈迦様に帰依し
その後安産・子育の神となることを誓い
人々に尊崇されるようになったとされています。


(KISHIMOJIN OFFICIAL SITE より)


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本堂屋根の隅


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本堂前

七福神としては
本堂脇の小さな祠に大黒様が祀られています。


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境内にある武芳稲荷大明神


◎  鬼子母神へ 


最初に向かうのは
雑司が谷鬼子母神です。


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シルエット


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お母さん・・・


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山茶花


◎  池袋駅を出発 


「川越七福神めぐり」に続いて
もう一つの七福神めぐりを連載します。

1月7日(日)
西武鉄道主催のウォーキングに参加しました。
「雑司が谷七福神めぐり」です。

出発地点は
西武池袋線の池袋駅南口を出たところ。


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鏡の国
(西武デパート内三省堂書店)


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池袋の空

飛行機雲の成れの果てでしょうか?


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明治通り

まず最初は
雑司が谷鬼子母神に向かいます。

◎  妙昌寺 


第7番妙昌寺に到着。


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本堂側面

このお寺の七福神は弁財天ですが
本堂ではなく
少し離れたところにお堂があります。


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弁天堂への坂道

よく晴れていますが
風の強い日だったので
「小江戸川越 七福神」の幟が
風ではためいていました。

弁天様は
七福神唯一の女神で
弁舌、芸術、財福、延寿を授ける神として
古くから
商人や芸人など幅広い人々の信仰を集めており
運を開き
福を招く女神です。

(パンヅレットから)

弁天堂の写真がありませんが
これで七福神全てを参拝
満願となりました。

今年は良いことあれば・・・
いや
高望みはしません。
悪いことがなければ
それでいいのですが・・・


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川越の街灯


これで「川越七福神巡り」は終わりです。


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