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Photo & Essay

◎  萬福寺(5) 




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若葉


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怨親平等塔

脇に由来が書いてありました。

昭和12年日中両国干戈を交るに至り
痛恨にも両国の戦病死者夥し
当寺ははその創立中国と最も深き因縁にあり
当寺の住職山田玉田和尚痛くこれを愁い
戦禍に斃れた両国の将兵及び諸民の精霊を慰めんと
妙法蓮華経六万九千六百四十三文字を一字一石に謹書して
宝筐印塔に収めその冥福を祈ることを発願された
云々


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法堂


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回廊

◎  萬福寺(4) 




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箒目


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丸窓


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障子戸


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◎  萬福寺(3) 




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大雄宝殿
(本堂)

本尊は釈迦牟尼佛
両脇侍は迦葉・阿難の二尊者
他に十八羅漢像が安置されています。


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十八羅漢像のうちの一体

名前は記録して来ませんでしたが
端っこの一体だけ撮らせてもらいました。


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開梛(魚梆)
(かいばん)

萬福寺を紹介する写真には
必ずといってよいほど出てきます。

これを打って時を知らせるそうですが
実際の音を聞いたことはありません。
木魚の原型だとか・・・


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名前はわかりませんが
これも合図に打つものだと思います。

◎  萬福寺(2) 




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回廊


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躑躅と黄檗樹

葉が緑の細い木は
「黄檗樹」
「きはだ」
と立て札に書いてあります。

この寺は中国福建省から渡来した隠元大師が創設しました。
彼が住職を務めていた福建省の寺は
黄檗樹の群生する山・・・黄檗山にあったので
黄檗山萬福寺と称していました。

この地に寺を建てる時
中国の寺を懐かしんで同じ名前をつけ
黄檗樹を植えたそうです。

多分古い木が枯れたので
新しく若木を植えたのでしょう。


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般若瓦

勝手に命名しましたが
これもやっぱり鬼瓦と呼ぶのでしょうか?


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青モミジ

◎  萬福寺(1) 


先週奈良方面に行って来ました。
桜も牡丹も石楠花も終わって
「花も紅葉もなかりけり」の時期でしたが
好天に恵まれ新緑が綺麗でした。

京都から奈良に向かう途中
宇治市にある
萬福寺と平等院に寄りました。
まず萬福寺から始めることにします。

京都からのJR奈良線を黄檗(おうばく)駅で下車
そこから5分歩けば萬福寺です。

禅宗には三つの宗派(臨済・曹洞・黄檗)があり
萬福寺は黄檗宗の大本山で
正式には
「黄檗山萬福寺」といいます。


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三門

この日は日曜日
萬福寺では「全国煎茶道大会」が開かれていました。

何度か訪れたことのあるお寺ですが
いつもは静かな雰囲気で参拝・拝観するのが
境内には和服の女性が大勢いて賑やかでした。
(なるべく人影のない静かなところを撮りましたが・・・)


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水鉢


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大雄宝殿
(だいおうほうでん)

萬福寺の本堂であり
最大の伽藍。


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ツツジと青モミジ

◎  真鍋島観光(8) 


これで主な観光ポイントの見学は終わりで
港に戻ります。


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細い道


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廃屋


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細い道

大通りに近いので家並みも立派です。


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港に面した大通り

ここは車が通れます。


これで真鍋島観光終了
またボートで鞆の浦に戻りました。

昼食はみんなが食べ過ぎ・・・お腹いっぱい!
坂道の散歩疲れもあって
30分の乗船中は
ほとんどの人が居眠りでした。


真鍋島から鞆の浦に戻って・・・
まだまだ続けるつもりでいたのですが
何しろ桜の頃の写真なので・・・
ここで一旦区切ることにして
明日からは新しいシリーズを始めます。

◎  真鍋島観光(7) 


真鍋中学校は
この島観光ポイントの一つです。


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細い道

島内の細い道は
車の通行は無理のようです。
バイクには時々出会いました。


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廃屋と猫


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二宮金次郎銅像

真鍋中学校入口に立っていました。


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真鍋中学校

校舎とグラウンドです。
映画「瀬戸内少年野球団」のロケ地だそうです。
映画を見てないから特別な感慨は湧きませんでしたが・・・

左奥
桜の咲いている校舎が真鍋小学校。


ちなみに生徒数ですが
真鍋小学校:4名
真鍋中学校:2名
とのことです。

◎  真鍋島観光(6) 


圓福寺から真鍋中学校に向かいました。
途中にあるのは
細い道と壊れた家です。


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崩れかけている家


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細い道


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廃屋


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細い道


同じような風景が続いていました。

◎  真鍋島観光(5) 


島内散策
向かっているのは圓福寺です。


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細い道


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階段を登る


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圓福寺


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圓福寺横の畑

◎  真鍋島観光(4) 


真鍋家住宅を出て
細い道を歩きました。


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細い道


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細い道


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崩れかけている家


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鈴蘭水仙(スノーフレーク)

廃屋裏の空き地に咲いていました。

◎  真鍋島観光(3) 


島内散策
まず平安時代以来島の有力者だった
真鍋家住宅に向かいました。


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小路

メインストリートの道幅はまずまずでしたが
島内の道は全て(と言って良いようですが)小路ばかりです。
こういう細い道は大好きだから
沢山撮ってあります。


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真鍋家の椿

角を曲がれば真鍋家の門がある
塀の瓦の上の落ち椿です。


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ホルトノキ

真鍋家住宅は現在無人。
家の前に立つホルトノキを見るのが目的でした。

ホルトノキは熱帯〜亜熱帯の常緑高木で推定樹齢300年。
平賀源内が讃岐に苗木を持ち込んだものが
やがて真鍋家に伝えられたそうです。


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庭石

ホルトノキの根元のそばに置いてあった石ですが
仏像に見えました。

◎  真鍋島観光(2) 


「漁火」での食事は
生きた海老を1匹ずつ与えられて
四苦八苦しながら皮を剥いて食べることから始まって
次から次へ食べきれないほど・・・

ようやく食事が終わって
腹減らしの島内散策。
島のガイドさんがきてくれました。


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島の猫

小さな島どこも猫が多いようです。
食事処の前でガイドさんを待っていると
われわれを見つけて寄ってきたのか
ぞろそろと・・・
もっといたのですが
まとめて撮れたのがこれ3匹。


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孤独な猫

このコンクリート壁の下には沢山集まっているのに
1匹だけここに上がって・・・


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港と島の東側の山


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散策出発

鞆の浦のガイドさんは男性でしたが
ここは女性が来てくれました。

西側に少し進んで
そこから南に・・・

◎  真鍋島観光(1) 


真鍋島は岡山県笠岡市に属する小さな島です。

平安時代末期に藤原氏の一族が水軍の根拠地を置いて真鍋氏を名乗ったとか
西行法師の「山家集」に島の名が詠まれているとか
「瀬戸内少年野球団」など映画のロケ地になったとか
色々あるようですが
今回の旅行で行くことになった最大の理由は
この島に食事できる店があることだったそうです。

鞆の浦からの直線距離は20km
水上タクシーで30分の船旅でした。


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水上タクシー

20人乗りで
総勢20人
ちょうど満席です。

船に乗るといつもデッキで写真撮りをするのですが
運転手さんに聞いたら「波をかぶるからダメ!」
乗ってみたらその通りでしたから
船の中でじっとしていました。
したがって海上の写真は無しです。


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真鍋島到着

船を降りてすぐ・・・
目の前にある白い建物が食事処「漁火」
ここで漁師料理を食べるそうです。


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海に沿ったメインストリートの西側展望


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メインストリートの東側展望

◎  鞆の浦観光(9) 


鞆の浦観光も終わりに近づきました。
これから港へ行って
瀬戸内海に浮かぶ小さな島
真鍋島に向かいます。
小さなチャーター船で30分だそうです。
そこで昼食をとって
島の観光をして帰ります。


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小路


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大きな家の羽目板

上の方が反っているのが珍しいです。


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杉皮の羽目板


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港に着いて
山の方を見ると小高いところにお寺があって
桜が綺麗です。
医王寺だと思います。
真鍋島から帰ったら行ってみようと思います。

◎  鞆の浦観光(8) 


旧太田家屋内の見学が続きます。


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雛人形


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雛人形


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土蔵


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稚児雛(昭和初期)


◎  鞆の浦観光(7) 


太田家住宅見学です。

1655(明暦元)年に大阪から鞆に移り住んだ中村吉兵衛は
1659(万治2)年に漢方薬酒「十六味地黄保命酒」の製造・販売を始めました。
「保命酒屋」(旧中村家)として
江戸時代の間は醸造販売権を独占して栄えました。

江戸時代が終わると
中村家の独占販売権が消滅し
ライバル業者が次々と出現し
中村家は没落して
1903年(明治36年)に廃業。
屋敷は太田家の所有に代わったので
現在では太田家住宅と称され
瀬戸内海の近世商家建築を代表するものとして
国の重要文化財に指定されています。


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太田家住宅入口

手前に「十六味地黄保命酒」
向こうに「保命酒売捌所」
の看板が見えます。

昨日通った時の写真にはこの看板がありません。
見学時間が終わると仕舞い込むようです。


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玄関の上の杉玉


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雛人形

住宅内には数知れぬほどの雛人形が飾ってありました。
色刷りの案内地図が置いてあり
「第16回鞆・町並ひな祭」が2月17日〜3月18日
と書いてあります。行ったのは4月4〜6日ですから
会期は終わっているはずですが
展示期間が延長されていたようです。


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庭の手水鉢の上の雛人形

◎  鞆の浦観光(6) 


次にガイドさんが連れて行ったのは
「太田家住宅」です。


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小路


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シャガの花

1枚目の左隅に写っていた花です。


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古い町並みを歩く

昨日夕方歩いた時は
観光の人達がいない時間帯でしたが
昼間はガイドさんに案内されたグループが歩いています。


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太田家住宅入口

到着です。
昨日もここを通ったのですが
その時は入口が閉じていました。

◎  鞆の浦観光(5) 


またまた龍馬です。
龍馬人気というのもあるでしょうが
鞆の浦の人たちは
この町で談判が行われたことが自慢のようです。
行われたけれども決着せず
舞台は長崎に移ったのですが・・・


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旧魚屋萬蔵宅

赤い布に書いてありますが
この町家で談判が行われたそうです。


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2階の色ガラス

龍馬が談判した頃からある窓かと思って撮りましたが・・・

旧町役人の家であった魚屋萬蔵宅はその後何度も増改築が繰り返され
さらに戦後になって通りに面した部分が近代的に改築されてしまいました。
長く呉服屋として使われていたのが空き家となり
売りに出されたのを地元のNPOが買い取り
旅館兼店舗として再生し2007年にオープンしました。
宮崎駿監督のイメージスケッチに基づいて再生したそうです。
(宮崎監督は2度鞆の浦に滞在して「崖の上のポニョ」の構想を練りました)

つまり龍馬の頃のまま残っているわけでないのですが
ガイドさんは史跡として案内していました。


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鞆の浦(左側)


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鞆の浦(右側)


◎  鞆の浦観光(4) 


対潮楼は丘の上にあります。
見学を終えて
麓の道に戻りました。


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丘の上の小道

右は福禅寺の石垣です。
小道の向こうに桜が見えましたが
そちらには行かず
来た道を戻りました。


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下に降りる小道


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下に降りてからの小道


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下から見た2枚目の小道


小道があると撮りながら進みました。

◎  鞆の浦観光(3) 


対潮楼の見学です。
昨日の写真で見上げた坂の石段を登りました。

対潮楼は朝鮮通信使を接待するために造られたそうですが
ここでも
坂本龍馬と紀州藩との間で
いろは丸沈没事件の賠償交渉が行われたそうです。
(ただし決着はしなかった)


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福禅寺

真言宗大覚寺派の寺で山号は海岸山。


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境内に立つ看板

本堂に隣接した海側に
朝鮮通信使のための迎賓館として
元禄年間に建てられたのが対潮楼です。


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対潮楼からの眺め

上の看板と同じ構図です。
ガイドさんが撮れというままに撮りました。
頼山陽が「山紫水明」と褒めた対仙酔楼からの眺めとほぼ同じと思いますが
こちらがやや高いところにあります。


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平成いろは丸

対潮楼の窓から撮っていると
昨日見た平成いろは丸が目の前を通り過ぎました。
今日は客が多いようです。


【朝鮮通信使】
新しい将軍が襲職すると
対馬藩は大慶参拝使を朝鮮へ送って知らせ
次に修聘参拝使を送って通信使を要請した。
通信使は釜山から海路で対馬、壱岐に寄港。
馬関を経て瀬戸内海に入り
鞆の浦、牛窓、兵庫などに寄港しながら大坂まで進んだ。

とWikipediaにあります。

大阪からは陸路で江戸に向かい
将軍に拝謁。
帰路も鞆の浦を通ったとのことです。

【日東第一形勝】
「日の昇る東の国一番の景色」だと
朝鮮通信使が褒めた言葉だそうです。

以下ガイドさんの説明
日本に来て初めてここの景色を見て
一番だと言っているんじゃないか
他の景色を見ていないんじゃないか
という質問をする人がいます。
使節が「日東第一形勝」と讃えたのは
江戸からの帰りなんです。
日本のいい所をみんな見て来た後で
言った言葉だから重みがあります。
(だそうです)

◎  鞆の浦観光(2) 


案内されたのは
昨日の散歩とは別の道です。


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桝屋清右衛門宅

いろは丸事件の時
坂本龍馬が泊まった家で
隠し部屋があるそうです。
龍馬は刺客を恐れていたようです。

中に入ることもできるようですが
ガイドさんはパスしました。


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対仙酔楼

江戸中期の商家の門で
門楼と呼ばれる2階には眺望の良い座敷があり
文化2年(1814年)に頼山陽が宿泊して
「対仙酔楼」と命名したそうです。

目の前は海で
すぐそこに仙酔島が見えます。
つまり仙酔島に相対している部屋という意味でしょう。
この時頼山陽が「山紫水明」という四字熟語を作ったそうです。
仙酔島の山とそれを囲む海が美しい・・・
地元の人たちの自慢の種です。


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万葉集にある大伴旅人の歌

我妹子(わぎもこ)が
見し鞆の浦の
むろの木は
常世(とこよ)にあれど
見し人ぞなき


意味は
妻が見たことのある鞆の浦のむろの木は
いつまでも絶えることなくあるけれど
その妻はもういないのです



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この石垣の上に福禅寺というお寺があり
そこに「対潮楼」という客殿があるので
坂を登りました。

◎  鞆の浦観光(1) 


「鞆の浦紀行」を再開します。

鞆の浦2日目(4月5日)の夜が明けました。
結局予報は外れて降らなかったようですが
曇っています。

午前中は
地元のガイドさんがついて
鞆の浦町歩きです。
昨日通ったところ
通らなかったところなど
連れて行ってくれるでしょう。


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ホテルの部屋の窓から(6:02)


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窓から(7:14)

この後朝食
ゆっくりしてから
9:30の出発です。

地元のガイドさんは
60代くらいの男性で
かなりベテランらしいです。

出発すると
昨日の散歩と同じく海沿いの道を少し歩きましたが
途中から小道に入りました。


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小さな祠

こんなのが町のあちこちにありました。


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小路

いつもの通り
小路があると撮ります。

◎  花散歩(いろいろ) 


色別で掲載してきましたが
最後は「いろいろ」


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イモカタバミ
(芋片喰)


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ナガミヒナゲシ
(長実雛罌粟)


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アカバナユウゲショウ
(赤花夕化粧)


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ハコネウツギ
(箱根空木)

名前に「箱根」が付いていますが
箱根には僅かしか自生していないそうです。

◎  花散歩(白) 


今日は白い花


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エゴノキ


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タンポポ
(蒲公英)

花でなく
種になっていますが・・・
背景の赤い花はアカツメグサ。


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サヤエンドウ
(莢豌豆)


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アジサイではないようですが
何でしょう?

◎  花散歩(薄紅) 


今日はピンクの花


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ピンクチャイム

エゴノキの花にそっくりですが白でなくピンクなので
調べてみたら園芸品種の「紅花エゴノキ」で
「ピンクチャイム」という名があるそうです。


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カルミア

もう10年も前のことになりますが
この花をアップしたら
「蕾は金平糖みたい」
「花はパラソルみたい」
とコメントを頂いたことがありました。


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ヒルガオ
(昼顔)

結実することは稀で
地下茎で増えるそうです。
根で繋がっているので
花言葉は「絆」


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ヒルザキツキミソウ
(昼咲月見草)

撮ったのは真昼間です。

◎  花散歩(黄) 


今日は黄色の花々


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ナノハナ
(菜の花)

背景は会社の送迎バスらしいです。
日曜日だからバスもお休み。


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カタバミ
(片喰)

写真には大きく写っていますが
直径8ミリくらいの小さな花です。


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アイリス

品種が分からないので
アヤメ、ハナショウブ、カキツバタなど
アヤメ科の植物の総称「アイリス」にしておきます。


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麦畑

花ではないですが
光を透かして黄色に輝いていたので・・・

◎  花散歩(青) 


昨日は赤い花
今日は青い花


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カキツバタ
(杜若)

水辺に咲いているから
杜若だと思いましたが・・・


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シラン
(紫蘭)

お茶室の戸口に咲いていました。


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ジャーマンアイリス


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ヤグルマギク
(矢車菊)


◎  花散歩(赤) 


鞆の浦の旅の1日目が終わったところで
連載を中断して
季節の花々を挿入します。

東京山手
自宅近くの住宅街
郊外の畑など
あちこちの散歩で撮りました。

まずは赤い花です。


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バラ
(薔薇)

🎵バラが咲いた
バラが咲いた
真っ赤なバラが
さみしかった僕の庭に
バラが咲いた


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バラ
(薔薇)

🎵バラよ
バラよ
心のバラ
いつまでもここに咲いてておくれ


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カルミア

蕾ばかりで
花は1個もありません。


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ツツジ
(躑躅)

下の方の薄いグレーは塀です。

◎  鞆の浦散歩(9) 


沼名前神社からもう少し歩くと
安国寺というお寺があるそうですが
夕食の時刻も近づいて来たので
寄らずに帰ることにしました。

後になって知ったのですが
安国寺は鎌倉時代の創建で
釈迦堂は国の重要文化財。
一時衰退していたのを
時代劇で有名な安国寺恵瓊が再興した寺。
やっぱり行っておけばよかったか〜と後悔しています。


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帰り道


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料理屋さん

ここまで戻ればホテルはもうすぐです。
張り紙を読むと
「日本酒・焼酎各種の珍種多数取り揃えてあります」
「仕出し、弁当、天ぷら、鯛めし、寿司、オードブル等もたまわっています」
と書いてあります。


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ベニバナトキワマンサク

ホテルの向かい側の家に咲いていました。


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ホテルの廊下の片隅

ホテルに帰って
夕食〜温泉〜就寝

夕方は降らないで済んだのですが
夜は雨になるとの予報

◎  鞆の浦散歩(8) 


散歩も終わり近くなって来ました。
ホテルのフロントでもらった地図は分かり易く
迷うこともなくすんなり帰れそうです。


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花桃

お寺の塀越しに見えました。


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小さな公園?
休憩所?


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これもお寺。


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沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)


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