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Photo & Essay

◎  マングローブ(2) 


マングローブの森の中の流れを
カヌーを巧みに(ウソです!)操りながら
下っていく


乗る前に
「干潟に上がってみたい方は靴が汚れますから
サンダルか草履に履き替えてください」
と注意があり
我がグループの方々はほとんど履き換えたようである


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この日の干満差を調べてみたら
満潮時 170cm
干潮時 34cm
となっているから
その差は136cmもある

満潮時には
この樹木の根は全て海水の中になっていただろう 


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板根

マングローブの特徴は根にある
こんな板状の根の他にも
膝を曲げたような形の屈曲膝根
タコ足のような支柱根
(1枚目の写真参照)
などなど

柔らかい泥地に生えて
上げ潮下げ潮で毎日流れにさらされ
地域的には度々台風に襲われながら
その地にしっかりつかまっていなければならない

もう一つは塩水の問題
普通の植物は塩水をかけられたら死んでしまう
マングローブは塩分をろ過する装置を根に持っているそうである


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干潟に上陸

ぶつかり合って操船ままならないわれわれを
係りの人たちが
一艘ずつ浜に乗り上げされてくれた

船底にべったり腰を下ろした状態から立ち上がるのが大変!
これも手を差し伸べ
体重を支えてくれて
みんなが無事に上陸した

◎  マングローブ(1) 


金作原原生林を散策した後は
マングローブ原生林を
カヌーで散策することになっている

「マングローブ」という植物があると誤解していたが
そうではなくて
熱帯や亜熱帯地域の河口で
満潮になれば海となり
干潮となれば陸地になる
「潮間帯」と呼ばれる地域に生えている植物の総称とのこと

世界中には100種類以上の植物がマングローブと呼ばれているが
日本には20種類ほどあるそうだ


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黒潮の森マングローブパーク入口

この中で
まずマングローブについてビデオで学習し
その後簡単にカヌーの漕ぎ方を教わり
カヌーに乗せられて
流れに放り出される

どうなることかと心配になるが
初心者でもシニアでも大丈夫というから
深く考えないことにして出発した


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カヌーから前方を望む

先頭を切って漕いでいるわけでない
すらすら進んでいるわけでもない
誰もいないところを狙って・・・

この日の満潮は 9:32
干潮は 16:01
漕ぎだしたのが 14:40 頃だから
かなり潮が引いた状態であり
まだ引きつつある状態である

川の流れなのか
引き潮の強さなのか
どちらか知らないが
かなりの急流である


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ご覧ように深くはない
屈強の男たちが大勢腰までの長靴を履いて
水の中にいてくれる
曲がったり
ぶつかったり
トラブっているカヌーがいると助けてくれる


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水底

ここは淡水なのか海水なのか
ちょっと舐めてみればよかったと
今になって思っている

◎  金作原原生林(5) 


金作原原生林探索も今回が最後


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着生植物

細長い葉っぱの塊はこの木の葉でない
他の植物が場所を借りて住んでいる
雨が多く湿度も豊富なので
必要な水分は空中から取り込むから
家主には何の負担も掛けていない
それ故「寄生」とは言わず「着生」という


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オキナワウラジロガシ

これは樹齢150年以上と推定される奄美大島最大級の大木の根っこ
(高さ:22m 胸高直径:1m)
根が板状に張り出す板根(ばんこん)が見られる

この木が散策コースの一番奥にあり
これを見学したら同じ道を戻る


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ギンリョウソウ(銀竜草)
別名:幽霊花

これもガイドさんが見つけてくれた


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新緑

奄美大島の木々は紅葉しない
春になって
新芽が出ると
古い葉は落ちるそうである


これで金作原原生林探索は終わり

◎  金作原原生林(4) 


気にいったヒカゲヘゴなので
もう一回紹介を・・・


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ヒカゲヘゴ

鳥の羽のような葉を広げて
どんどん空に向かって伸びていく


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年数を経た背の高いヒカゲヘゴ

長い幹を上から下へ目を写すと
他の植物が蔓を絡ませているが
それは関係ない

幹の様相が途中から変わる


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ヘゴ

様子が変わった幹の姿には見覚えがある
昔植木鉢でポトスを育てたとき
心棒に立てたヘゴ棒そっくりなのだ

そっくりなはずで
これこそがヘゴ棒の材料である

水はけがよく
保水性に優れ
腐りにくく
耐久性があるので
つる性の観葉植物や着生の蘭を
栽培するのに最適とのこと

◎  金作原原生林(3) 


金作原原生林で一番の見ものはヒカゲヘゴである

ヒカゲヘゴ(日陰杪欏)は
大型の常緑木生シダで
日本では最大のシダ植物である
沖縄本島から八重山諸島にかけて森林部でよく見られる
高さが平均5~6m
最大で15mほどになる
葉だけでも2m以上はある

ヘゴ科の植物はシダ植物の中では比較的新しく約1億年前に出現したものであるが
ヒカゲヘゴはその大きさから古生代に栄えた大型シダ植物を髣髴させるものであり
その生き残りと呼ばれることもある

(Wikipediaより抜粋)

この説明の通り
ジュラシックパークの舞台に相応しい姿をしている


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ヒカゲヘゴ

初めて見たときは感激した
こんな大木が羊歯なの?!


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ヒカゲヘゴ群生

こんな写真を何枚も撮った


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ヒカゲヘゴの新芽

シダ類だからゼンマイと同じだ
くるくる巻いているのが伸びて開くと葉になり
下の葉は落ちていく
そして1枚目の写真の幹に見られるように
蛇紋のような痕跡を残して成長していく

◎  金作原原生林(2) 


金作原原生林の探索ウォーキングの続き


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クワズイモ

見るからにサトイモである
でも食べられない
それで付いた名は「喰わず芋」

芋は食べられなくても
観葉植物として愛好されているらしい


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これも観葉植物として扱われていると思うが
名前が分からない


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イモリ

ガイドさんが水たまりで見つけてくれた


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手のひらの上のイモリ

ガイドさんの手のひら乗っているから
大きさがわかる


鳥を含めて生き物は
このイモリ以外出会わなかったが
足跡と糞を見つけて
タブレットで姿を見せてくれたのが「アマミノクロウサギ」

これは奄美大島と徳之島だけに生存する
原種的ウサギで
耳は大して長くないし
ぴょんぴょん跳ぶことはなく
のそのそ歩くらしい
爪が発達していて
急な坂を登るのが得意とか

ここで昨日のハブの話に戻ると
1979年ハブ退治のためマングース30頭をこの島に放った
ところがマングースは
ハブよりもアマミノクロウサギなどの希少動物を捕食したので
絶滅が危惧される状況になってしまった

そこで1993年から
マングースを捕獲・駆除する事業が始まり
2000年頃には1万頭もいたマングースが
現在ではほとんどいなくなり
アマミノクロウサギも復活してきているそうである

◎  金作原原生林(1) 


二日目の午前は
金作原(きんさくばる)原生林へ

中型バスで山道を登った
ネイチャーガイドさんがついてくれて
バスの中でも色々説明してくれた

その中からハブの話を・・・

今は噛まれる人も少なくなり
噛まれても救急体制が整っているので
命を落とすことはないが
やっぱりハブを減らしたい
それでハブを捕まえてきた人には
1匹につき3000円の報奨金を市が払ってくれる

捕まえるには
捕まえる棒と入れる袋が必要だが
1式5〜6千円するから
2匹捕まえれば元が取れるとか

高校生などで小遣いの欲しい子は
この制度を利用するとか

年に何十万円も稼ぐので
ハブを飼育しているのではないか疑われる人がいるとか

タクシーやバスの運転手は捕獲器具を車に積んでおく人が多く
道路を横切っているハブを見つけたら
車を降りて行って捕まえるそうだ
因みにわれわれが乗っているバスの運転手さんに
ガイドさんが確認したら
道具はちゃんと持っているとのこと

などなど


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バスを降りて歩き始める前
ここでしばらくガイドさんの話を聞いた
彼はタブレットを持っていて
そこには説明のための動植物の写真がいっぱい収めてあった

奄美は暖かいと前日体験して
そのつもりの服装で来たのに
ここは風が冷たく
とても寒かった

しかし歩いたのはこの道でなかったから
その後寒い思いをしないで済んだ


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台風で折れた木

奄美は台風銀座の目抜き通りにある
大きな木がこんな風に倒れると
待っていた小さな木が伸びるそうである

大木が倒れるのは
後進に道を譲ることである


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テンナンショウ(天南星)
(マムシグサともいう)

ゆっくり歩きながらも
ガイドさんは八方に目を配っていて
こんなものを見つけては説明してくれる




◎  奄美市郊外 


あやまる岬の後は
奄美市郊外の古い家を訪ねた
それは後日に紹介するが
付近の様子だけ載せておく


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街並み

本土と変わるところはないようだ


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マンホールの蓋

「なぜし」つまり「名瀬市」
島内最大の市だったが
2006年に付近の町村と合併して
「奄美市」となった

つまり名瀬市時代に置かれた蓋である
奄美らしく魚と珊瑚が描かれている


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ヘンヨウボク(変葉木)

さすがに南国
植物園の温室で見る観葉植物が
民家の庭先に植えてある


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ベンガルヤハズカズラ(ベンガル矢筈葛)

これも温室で見る花
道端に咲いていた

◎  あやまる岬 


到着してすぐ
空港から少し北にある「あやまる岬」に行って海を見た

「あやまる」の名の由来
奄美の乙女たちは
正月になると
赤・青・黄の色とりどりの糸で刺繍した綺麗な手毬で
手毬歌を歌いながら鞠つきします
この岬一帯のなだらかな地形が
「綾に織られた手毬」によく似ているところから
いつの間にか地名になったと伝えられている

とのこと


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あやまる岬に到着


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あやまる岬から北を望む

干潮のようで浜が広い
満潮の方が
「あやまる」らしく美しい岬になるのではなかろうか

目の前の海のその向うに見える半島の先端が
奄美大島北端の今井崎で
その岬から向こうは東シナ海
見えている海は太平洋


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あやまる岬から東を望む

見て欲しいのは水平線の上に薄く見える島
これが喜界島
俊寛が流された島として
名前だけは知っていた

サンゴ礁でできた島で
少しずつ隆起しているとのこと
因みに奄美大島や沖縄本島などは年々少しずつ沈下しているそうだ

◎  出発〜到着 


3月11日〜13日
奄美大島へ行ってきたので
今日からその写真をアップする


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まずは羽田空港から出発

窓に映る飛行機は隣のゲートだから
これに乗ったのではない

奄美大島直行便は人気のようで満席!


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2時間半のフライトで奄美大島空港に到着

さすが南国!
椰子と蘇鉄にカメラが向く


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田中一村美術館の見学があるとのことで
ツアーに申し込んだのだが
その時点で
奄美大島がどこにあるか正確に知らなかった

地理の知識の確かな方は読み飛ばして欲しいが
地図を載せて説明しておく

地図の上にあるのは九州南端
下にある細い島が沖縄本島
赤い印が奄美大島で
鹿児島県に属している

奄美大島の面積は離島の中で5番目とのこと
書き並べると
1番 択捉島
2番 国後島
3番 沖縄本島
4番 佐渡島
5番 奄美大島

◎  野の草 


今日はいよいよ春分

「暑さ寒さも彼岸まで」
いよいよ暖かい春がやってくる


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土筆


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仏の座

◎  辛夷 


辛夷も咲き始めた


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まだ蕾が沢山あって
これから満開を迎えるのに
花びらの色が変わり始めている花がある。


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◎  白木蓮 


白木蓮が咲き始めた。
染井吉野より一足早い。


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咲き始めたばかりだから
みんな純白


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梢の方では開い花もあるが
下の方では「まさに開かんとす」の状態

◎  椿 


3月も半ばを過ぎてしまって
椿のシーズンも終わりそうなので
散歩道で狙いをつけていた椿を撮ってきた。


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この写真では大きく見えるが小さめの椿


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オトメツバキの横顔

◎  川越街歩き(8) 


有名な「時の鐘」に行った


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時の鐘


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時の鐘背面

下を潜り抜けてから
振り返って見上げた

時の鐘の奥には薬師様があって
眼病に効くというから
しっかりお参りした


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塀に写る梅の樹影

参拝を終えて戻ろうとすると
板塀に影が・・・


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その梅の木には花が2輪咲いていた


これで「川越街歩き」シリーズは完了です

◎  川越街歩き(7) 


有名な土蔵造りの通りに向かった


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格子戸の家

ここから
もう少しで
土蔵造りの通りになる


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蔵造りの町並み


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「かつおぶし 中市本店」

そばまで行ってみてないが
若い男女は何に群れているのだろうか?

◎  川越街歩き(6) 


昼食は老舗料亭の別館みたいなレストランで食べた

料亭の方は高そうだが
こちらはリーズナブル


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店の前の白梅と葉牡丹


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店内窓辺のハイビスカス


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レジの後ろの照明

◎  川越街歩き(5) 




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飛行機雲


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家と家の間の暗がりの奥にある小径


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銭湯

ここは古い木材を焚いて
湯を沸かしているようだ

◎  川越街歩き(4) 


川越市立美術館は
市立博物館の隣にある

博物館の方が大きく
蔵造りの街らしく
土蔵のような建物である


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市立博物館の白壁と枯れ枝


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「友好」橋本次郎作

市立美術館入り口前に立っている彫刻


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白壁と枯れ木

2枚目の写真の
彫刻の背後にある塀の奥

ここに入るには
美術館の中にある扉を通らなければならない
そんな扉があることに
今回初めて気づいた

◎  川越街歩き(3) 




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蜜柑の実る家


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椿の咲く家


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梅の咲く家

◎  川越街歩き(2) 




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小江戸ビール


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マグカップ


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カフェの入り口

◎  川越街歩き(1) 


2月23日(土)に川越立美術館で
「生誕100年 没後20年 相原求一朗の軌跡」展を見た
その行き帰りで撮った「川越街歩き」シリーズ


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雛飾り

家の前を通る人に見せるための飾り付けのようで
最下段を残してほぼ飾り終えたところだった


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紅梅

雛飾りの家から少し歩くと
前庭の紅梅が満開の家があった


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白梅

もう少し行くと
白梅の咲いている家があった

風は寒いがよく晴れた日だった

◎  韮山反射炉(2) 


鉄製大砲国産化のため
反射炉の建設が進められた

反射炉は
17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで発達した
大砲などを鋳造するための溶解炉で
内部の天井がドーム状になった炉体部と
煉瓦積みの高い煙突とからなる
石炭などを燃料として発生させた熱や炎を
炉内の天井で反射し
一点に集中させることにより
鋳鉄を溶かすことが可能な千数百度の高温を実現する

(パンフレットから)
(炉体部の構造は3枚目の写真を参照)

千数百度という高温に耐える耐火煉瓦は
賀茂郡梨元村(現河津町)で作られた

ここで製造された大砲は
品川のお台場に据え付けられた

年月を経て反射炉は遺跡になった

昭和32年補強工事が行われ
写真のような鉄骨トラスで囲れた姿になった


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反射炉
(双連2基4炉)

写真中央にある隙間の向こうに
鋳型を置いて
溶かした鉄を流し込んだ


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鋳物鉄投入口

次の写真を参照


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説明板

燃焼室で発生した熱は
上部の緩やかなカーブを描く天井に反射して
鋳鉄を溶解する


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24ポンドカノン砲

これは模作品

ここの反射炉で作られた大砲は
靖国神社の遊就館にあるとのことだから
行く機会があったらぜひ見たいと思う


これにて2日間にわたる伊豆方面の旅は終わりです

◎  韮山反射炉(1) 


河津桜の次は
今回最後の観光・・・世界遺産:韮山反射炉

河津川沿に連なる河津桜を見ながら
バスは伊豆半島を北上

ループ橋を渡り
天城峠を越え
浄蓮の滝のそばを通り
湯ヶ島温泉、修善寺温泉を過ぎ
韮山に到着

韮山反射炉は安政4年(1857)完成
大正11年(1922)敷地も含めて国の史跡に指定
2015年ユネスコの世界遺産に指定


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江川太郎左衛門英龍の銅像と反射炉

江川家は伊豆韮山の代官で
江川英龍は36代当主(1801年 - 1855年)
代々太郎左衛門を名乗っていたが
江川太郎左衛門といえば英龍を指すことが多い。
洋学の導入に貢献し
民政・海防の整備に実績を挙げる。
品川台場(お台場)を造り
鉄製の大砲を鋳造するための反射炉も造り始めた。
日本で初めてパンを焼いた人物としても知られる。

(Wikipediaより)

嘉永6年(1853)ペリー艦隊の来航を受け
幕府もついに海防体制の強化に乗り出す。
以前から様々な進言をしてきた江川英龍を責任者として
反射炉と品川台場の築造が決定された。

(韮山反射炉パンフレットから)

反射炉とは銑鉄の溶解炉で
これによって大砲を鋳造して
お台場に設置した

英龍は反射炉の完成を見ることなく死去し
息子の江川秀敏が受け継いで完成させた


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小川

狩野川の支流で
これも世界遺産の一部

この流れを利用した水車で
鋳造した砲身の中を刳り貫いた


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反射炉

見る方角によって
煙突の数が変わる

◎  河津桜(3) 


天気もよし
花の咲き具合もよし

歩いても歩いても河津桜
撮っても撮っても河津桜

適当なところで折り返して
堤防の上の同じ道を戻ることにした


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戻りながらの河津桜


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河原

堤防から河原に降りている人がかなりいる
下から見上げたら・・・
という気もしたが
降りずに戻った

後になってから
降りたらどんな眺めだったろう?
と・・・


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桜見物の人波

少し向こうが低いから
奧まで人波が撮れた


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河津桜と菜の花と人波と

時間いっぱい
集合時間ピッタリでバスに帰着
これにて河津桜見物終了

バスガイドさんが
首から下げた一眼を見て
「これから原木の前を通りますから
そこの空き席に移って撮ったらいいですよ」
とアドバイスをくれたので
それに従い
席を移ってカメラを準備していたが
うまく撮れなかった
残念!

◎  河津桜(2) 


小枝に咲く河津桜


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◎  河津桜(1) 


河津川の堤防散策が始まった

河津桜は
1955年に河津町の飯田勝美氏が
河津川沿いの雑草の中で1mほどの原木を偶然発見し
庭先に植えたことが由来である。
1966年から開花し
その後の学術調査で今までに無かった雑種起源の園芸品種であると判明し
1974年に「カワヅザクラ(河津桜)」と命名された。

(Wikipediaより抜粋)


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桜と菜の花を背景に


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青空を背景に


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河津川を背景に

◎  河津川堤防へ 


かじやの桜を見てから
河津川の堤防に向かった
ここには約800本の河津桜が植えられている
菜の花も咲いていて
人気を集めている


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みかんの店

堤防までの道には露店が並んでいる
みかん(柑橘類)の店も多い

帰り道で
この店ではなかったが
「はるか」を買った


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桜を見る夫婦

堤防に到着すると
そこに広場があってベンチがあった


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河津桜と菜の花

◎  かじやの桜 


ホテルから河津の町まで30分ほどで到着
海沿いの道から町に入ると
まず伊豆急行線の河津駅があり
それを過ぎていくと駐車場が並んでいる
そこでバスを降りてお花見開始

バスガイドが
道路の向かい側に
「かじやの桜」があるから見たらいいという
そこから10分ばかり歩けば「河津桜原木」があるともいうが
原木はやめて
「かじやの桜」を見に行った


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かじやの桜

河津桜原木が発見され
まだ開花して間もない頃
接ぎ木による苗の生産が始まりました。
その時の苗は河津町内の関係者にも配られ
それらの桜は今では立派に成長しており
地元の方には一期生と呼ばれているそうです。
かじやの桜もその1本で
樹高はそんなにありませんが
枝振りとたくさん咲いた花の素晴らしさは見事です。

(netからの引用)


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かじやの桜


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かじやの桜


◎  ホテルの窓から 


伊豆で泊まったのは
海辺の温泉ホテル
全室オーシャンビューとのことなので
海しか見えないのだろうと思っていたら・・・
(泊まった翌朝の撮影)


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目の下には海岸の林
右手には伊豆半島・・・
これから向かう河津町は写真のずーっと奥になる


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カメラを左に振ると島が見える
大島だ

河津桜は緋寒桜と大島桜の自然交配によるとのこと
そう聞くと大島が有り難く思われる


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山に行って湖のほとりを歩くと
林の間から湖面が見える
ここでは林の間から太平洋が見える
「太平洋」では大袈裟だから「相模湾」にしようか
それも大袈裟だから「海面」にしようか
いっそ「波」にしようか

今日はこれから河津桜見物に出かける


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