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Photo & Essay

◎  牡丹 


牡丹は夏の季語だが
立夏(5月6日)前に咲いてしまう。


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開く日は平成?令和?紅牡丹   capucino


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牡丹咲く己の好きな方向いて   capucino


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白牡丹といふといへども紅ほのか   虚子

句に詠まれた牡丹よりも
少し紅が強いかも

◎  春の木々 


春たけなわとなって
木々は冬枯れの寂しい色から
春らしい色の衣に着替えた。


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クスノキ

楠は常緑樹だから秋の紅葉や落葉はない。
春になって
新しい葉が出てくると
古い葉は紅くなって落ちる。
新旧の葉が混在している期間は短いが
とても美しい。


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色の重なり

八重桜が咲き
その向こうに
緑のモミジと紅いモミジ
その向こうには
いろいろな新緑・・・


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赤と緑と


◎  ハナニラとムスカリ 


紫色の花を2種


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ハナニラ


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ムスカリ

◎  黄梅 


オウバイ
漢字では「黄梅」と書く。
漢名(中国語名)は「迎春花」
英名は「ウィンター・ジャスミン」といい
そのどちらもが
オウバイがほかの花に先駆けて咲き
あたかも春を迎えているかのごとく思わせることに基づいている。

(Wikipediaより抜粋)


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◎  チューリップ 


春の花 チューリップ


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な〜らんだ
な〜らんだ
チューリップの花が・・・


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黄色いチューリップ


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赤いチューリップ

◎  ユキヤナギ 


雪柳は染井吉野と一緒くらいに咲いていた。
「柳」の文字が使われているが
バラ科の花。


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いかにもバラ科らしい5弁の花


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玄関先に雪が積もったよう

◎  八重桜 


八重桜は
品種ではなく
八重咲きに花を付けるサクラの総称である。

多くはヤマザクラやソメイヨシノに比べて開花期が1~2週間ほど遅く
ちょうどソメイヨシノが散るのと同じ時期に開花を始める。

(Wikipediaより抜粋)


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茂みの向こうの八重桜


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紅い八重桜

1枚目とは別の木


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白い八重桜

◎  染井吉野 


開花したと聞いて
どこへ行っても
咲いているのは染井吉野。

わっと咲いて
わっと散ってしまうこの桜
咲いてから寒い日が多かったから
長持ちして
いつもより長く楽しめた。


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◎  枝垂れ桜 


近所に植木屋さんが
枝垂れ桜を育てている畑(?)があって
もう売り物になるだろうと思われる木が沢山ある。

市内のお寺も
川越のお寺も
秩父のお寺も行かず
今春撮ったのは
ここの枝垂れだけだった。


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◎  所沢航空記念公園の桜 


4月4日に行ってみた。

桜の木がまとまって咲いている場所は
春休みだから
家族連れなどで賑わっていたが
ぽつんぽつんとある桜の周りは静かだった。


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◎  上野公園の桜 


3月29日(金)上野の東京都美術館で
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」展を見た。

早くから前売り券を買っておいたのに
風邪気味だったり
何か用があったり
している内に
会期が終わりそうになったので
ようやく出かけた。

行ってみると
上野の山は桜が真っ盛り!
美術館の帰りに人混みの中を歩いてみた。


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桜に囲まれた小松宮

小松宮彰仁親王(1858〜1903)は
鳥羽・伏見の戦に征東大将軍として参戦。
ついで会津征討越後口総督として戊辰戦争に従軍。
その後日本赤十字社の総裁として赤十字活動の発展に貢献。
この銅像は1912年に建てられた。


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上野は花盛り・人盛り


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花より団子


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大寒桜(?)

白っぽい染井吉野ばかりの中
清水観音堂の前に
華やかな色合いの桜が1本だけ咲いていた。

◎  目黒川の桜 


六本木から
最近人気が出すぎて
地元の人たちが困っているという
目黒川に行ってみた。

六本木から地下鉄日比谷線で二駅
中目黒で降りた。
3月27日(水)の午後
平日だというのに
スゴイ人出!
若い人たちも一杯いる。
春休みの学生なのか?


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中目黒駅から目黒川沿いに出たところ

若い人たちは
ここでゆっくりしていて
河岸を歩くつもりはなさそうに見えた。


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ボンボリが並んで
お花見らしい雰囲気を出しているが
花の方は満開にはまだ遠い。


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右岸(西側)は
かなり開いているが
左岸はさっぱり。

◎  六本木の桜 


のんびりと奄美大島紀行を連載していたら
4月半ばを過ぎてしまった。

時期遅れの気味もあるが
3月末頃から4月にかけて撮った花写真を
しばらく連載する。

まずは桜・・・
東京のソメイヨシノ開花は3月21日・・・

そして3月27日の六本木・・・


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高層ビルの下に咲く桜

ミッドタウン西交差点付近


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花よりお話
花よりパソコン

東京ミッドタウン裏手の桧町公園


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花の下をそぞろ歩き

2枚目と同じ公園

◎  羽田到着 


帰りのフライトは西風に乗って
往きより1時間も短かく羽田に到着


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式根島

機内放送があり
「左側に富士山が見えます」
と知らせてくれたが
右側の席だから富士山は見えない
下を覗くと小さな島が見えた
地図で調べると式根島のようである


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房総半島のどこか

この後無事着陸


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羽田空港にて
(客室乗務員たち)


長らくの連載でしたが
これで「奄美大島紀行」を終わります
ご愛読ありうがとうございました

◎  奄美大島出発 


名残惜しい奄美大島にさよなら
帰りの便も満席

窓側の席だったので
少し写真を撮った


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奄美空港

ゲートを通り
機内に入る直前
窓から外を見るとプロペラ機が・・・


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喜界島

離陸直後目の下に見えた


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雲海


◎  レストランの人形たち 


レストランの中には
小さな人形が飾ってあった

遅めの昼食を済ませて
ビーチを散歩した後だから
もう誰もいない店内
ゆっくり撮影した


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この後は空港に向かう
楽しかった奄美の3日間
日本で一番日照時間の少ない土地とのことだが
ずーっと晴れていてくれた
ありがとう 
奄美大島さん

◎  サンゴ 


砂浜を歩くと
白い石見たいなものがあちこちに転がっている
サンゴの死骸?


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これは15cmくらいあった


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レストランの外に置いてあった
(50cmくらい)


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2枚目の写真の一部を接写

◎  ビーチのレストラン 


泥染めと美術館と終えて
遅めの昼食は
真っ青な海と空とを窓外に見ながらの昼食


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海辺から見たレストラン


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ビロウ(蒲葵、枇榔、檳榔)

ヤシ科の常緑高木

古代天皇制においては松竹梅よりも
何よりも神聖視された植物で
公卿(上級貴族)に許された檳榔毛(びろうげ)の車の屋根材にも用いられた
天皇の代替わり式の性質を持つ大嘗祭においては
現在でも天皇が禊を行う百子帳(ひゃくしちょう)の屋根材として用いられている
民俗学の折口信夫はビロウに扇の原型を見ており
その文化的意味は大きい
扇は風に関する呪具であったからである。

(Wikipediaより)


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西を望む


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東を望む

◎  田中一村終焉の家 


「田中一村終焉の家」

奄美大島に着いた初日
この家を訪れたが
写真掲載は美術館見学の後にしようと思い
今日まで伸ばしてきた

昭和33年
50歳の田中一村は奄美に移り住んだ
最初は国立療養所奄美和光園の官舎で医師と共同生活
その後市内の借家に移り
紬工場で染色工として5年働き3年画業に専念する
そんな生活を繰り返しながら
亜熱帯の植物や魚を描き続けた

昭和52年9月1日
長年住んだ借家から和光園近くの畑の中の一軒家に移り
「ここは御殿のようだ
ここなら好きなように絵が描ける」
と喜んだが
僅か10日後の昭和52年9月11日
夕食の準備中心不全で倒れ
69歳で死去

毎年命日には
この場所で地元有志による一村忌が行われている


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田中一村終焉の家

区画整理のため
取り壊されることになったので
ここに移設して保存することになった

戸口が開いているが
バスガイドさんが開けてくれたから


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裏口

家の中は真っ暗なので撮ってない


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家の周りの空き地

かなり広い敷地らしく
「一村が描いた植物の多くが植えられていますから
回って見て下さい」
とバスガイドさんが言うので
この小道に入ろうとしたら
もう一言
「ハブがいるから気をつけて下さい」
怖くなって進めなかった
結局誰も行かなかった


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バナナの花

これは小道に入らなくても撮れた


先日も1句載せたが
一村の俳句を・・・

奄美流寓 二階に娼婦 下に吾

恋文の 代筆果す 吾五十二


どちらも
和光園を出て
市内で借家した時の句と思われる

◎  奄美の郷 


奄美パークの中には
一村美術館の他にドーム状の建物「奄美の郷」がある
美術館でゆっくり時間を費やしたので
ほとんど見てないが
奄美の自然・歴史・文化を展示している

建物の外は
元空港だけあって
広々としており
いろんな植物が植えてある

パンフレットを見ると
美術館の奥に「一村の杜」という区画があって
一村が描いた植物が集められているそうだが
行かずじまい


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奄美の郷


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椰子


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クロトンノキ(?)

◎  アダンの海辺 


田中一村記念美術館を見学

田中一村(1908〜1977)は日本画家
栃木県に生まれ
幼少より画才(南画)を発揮し
7歳にして父より「米邨」の号を与えられた

東京美術学校に入学するも2ヶ月で退学
その後は南画家として活動
第19回青龍展に「白い花」(1枚目の写真参照)を出品入選するが
その後中央画壇で入選することはなかった

昭和13年千葉県に移って活動していたが
昭和33年50歳で奄美大島に移住
紬工場で染色工として働き
蓄えができると絵を描くという生活を繰り返し
亜熱帯の植物や動物を描き続け
独特の世界を作り上げた
絵描きとして
清貧・孤高な生き方を通した一村は
昭和52年69歳で
誰にも看取られずひっそりと生涯を閉じた

その後
一村の作品が紹介されると大きな反響を呼び
少しずつ世に知られるようになった


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パンフレット

左側の絵は「不喰芋と蘇鉄」
大きな葉っぱが先日紹介した「クワズイモ」

右側の上が唯一の入選作「白い花」
この写真では緑の葉っぱしか見えないが
満開の山法師の白い花が描かれている

右下は昨日紹介した一村美術館の建物


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アダンの海辺

今回展示されていた絵の一枚「アダンの海辺」


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アダン

マングローブでカヌーに乗った後
添乗員さんが「あれがアダンです」と教えてくれた

アダン(阿檀)は
タコノキ科タコノキ属の常緑小高木
亜熱帯から熱帯の海岸近くに生育し
非常に密集した群落を作る
時にマングローブに混生して成育する

(Wikipediaより)


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アダンの実

上の木の実を望遠で撮った


美術館内に一村の作った俳句がいくつか書いてあった
その中から一句

熱砂の浜 あだんの写生 吾一人

◎  田中一村記念美術館 


紬村の後は「奄美パーク」へ

以前は空港だったが
ジェット化によって滑走路の長さが足りなくなり
近くに新しい空港ができて
不要になった空港はパークに変わった

その一画に「田中一村記念美術館」がある
今回の奄美行きはこの美術館が主目的だった


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美術館への通路

パークの中ほどにある駐車場を降りたところで
パンフレットとチケットをもらい
自由に見学する

真っ先に美術館に向かった
美術館の入り口はこの正面とのこと


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喫茶室

美術館に入るとすぐの場所


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美術館

水に浮かぶ三つの建物からなっている

この度の新元号決定に際して
元号に関する有識者懇談会のメンバーに選ばれた
千葉商科大学教授の宮崎緑さんが
パークの園長と美術館の館長を兼ねていて
年に数回はお見えになるとか・・・

◎  紬村の花 


紬村の植物園内に咲いていた花


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ハイビスカス


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ハナチョウジ(花丁字)


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ブーゲンビリア


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ツツジ(躑躅)

撮ったのが3月中ばだから
南国の花ということにしておく


紬村はこれで終わり

◎  紬村の樹木 


紬村の中は広くて植物園のようである
園内全てを回ったわけでないが
通りすがりに撮ったものを・・・


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トックリヤシ(徳利椰子)


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ソテツ(蘇鉄)


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デイゴ(梯梧)

大きな枯れ木があった
何の木だろうと思って眺めていたら
案内の人が「デイゴです」と教えてくれた
写真には一部の枝しか写っていないが
この大きな木に赤いデイゴが満開になったら・・・
と想像した

◎  泥染め 


いよいよ泥染め実習である


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「泥染め発祥の地」説明板

読んでも分かりにくいのでHPを参照して説明する

泥染めは
絹糸を
シャリンバイ(バラ科の植物)の木の皮で染め
この地の泥田に浸すことを
85回以上繰り返す

こうすることで
絹糸のタンパク質とシャリンバイのタンニン色素と泥田の中の鉄分とが化学結合し
色落ちしない
深い光沢の
渋い黒色に染まる

泥田に含まれる鉄分が隕石に起因するとして
「天の川伝説」と称しているようだ


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シャリンバイで染めた絹糸を
泥田の水で丁寧に洗っている


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染めれられた絹糸



実習は
絹でないし
染めの回数も少ないし・・・

染める前に
「絞りで模様をつけてください」
突然そう言われても
どういうデザインにして良いか・・・

染めの実習というよりは
絞りの実習みたいだった


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染め上がったTシャツ

白いシャツのあちこちを糸で縛り
アルカリ液に浸けてからシャリンバイの染め液に漬ける
それを2回繰り返して(自分でやったのはここまで)
最後に泥田で洗う。

それを水洗い〜脱水して
ポリ袋に入れて渡してくれた

◎  奄美大島紬村 


奄美大島の旅3日目は
紬村でTシャツの泥染めをやることになっている


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奄美大島紬村到着

入り口を入ってすぐの建物で
これから泥染めする材料・・・
自分に合ったサイズの白地のTシャツを受け取る


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随分広い敷地のようで
植物園みたいだ


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この狸の前を右に行くと実習工場があるとのこと
いつも通り
写真を撮りながら
最後尾で歩いていく

◎  奄美大島の海(2) 


夕方にホテル近くを
散歩して撮った海の風景


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白波

滞在中は
好天に恵まれたが
風は強かった


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岩礁と白波


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夕日


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夕食メニュー

同じホテルに2泊したが
夕食は会席風
これは2泊目のもの

テーブルには
最初3品くらい並べてあるが
後は食事の進行に合わせて1皿ずつ運んでくれる
ウエイター・ウエイトレスは合わせて4〜5人
揚げ物を持ってきてくれたのは30代くらいの男性
男性「海老と長命草の天婦羅です
長命草は・・・アシタバですね」
私「明日葉は大島で食べたよ」
男性「?????」
私「あ、ごめん! 
明日葉を食べたのは伊豆大島
ここで大島といったら奄美大島のことだよね」

この男性はとてもフレンドリーなので
テーブルに来てくれるたびに
ちょっとずつお話した
彼は東京でしばらく働いていたそうだが
島に帰りたくなって戻ってきた
「ここでは時間がゆっくり流れています」
「島での暮らしに満足しています」
とのことだった

◎  奄美大島の海(1) 


あちこちで撮った
奄美大島の海の風景を・・・


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名瀬新港観光船パース
(ホテルの窓から)


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立神島(たちがみじま)
(バスの窓から)

名瀬湾入り口にある無人島で
神が降り立った島として
崇められている


奄美大島の民謡では「島娘」が有名である
一番の歌詞がよく知られているが
♩赤いソテツの 実もうれる頃
加那も年頃 加那も年頃
大島育ち

(「加那」は恋人または愛しい人という方言)

そして3番には
♩朝は西風 夜は南風
沖の立神や 沖の立神や
また片瀬波

と立神島が歌われている


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ススキのある風景
(バスの窓から)

もう3月半ばなのに
ススキの穂が・・・

◎  マングローブ(4) 


マングローブの最終回
干潟からの眺めの続き


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三叉路

われわれは左の水路からここへやってきた
正面(画面奥)に進むと海に出るのだと思われる
右には広い水路がある


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上の写真で説明した右側の水路

われわれのグループは干潟に上がったが
この人たちは右の奥までカヌーを漕いで行ってきたらしい
係りの人たちの姿が見えないのは
流れが緩やかで
自力漕艇が可能なのだろう
陸地から見ていると
楽しそうに漕いでいる

でもここから以後の帰り道は
どの船も助けを借りていたから
そう言っては何だが
大した腕前ではないような気がする


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干潟からの帰途

干潟での見学を終えて
帰途につくことになった

流れが急なので
帰れるだろうか心配だったが
カヌー5〜6隻を紐でつないで引張てくれる
これなら無事に帰れる
有難や〜有難や〜

流れの緩いところまで戻ると
紐は外され
自力で漕ぎなさいと・・・

なんとか出発点に戻って
カヌーによるマングローブ探索は終了


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帰り道からのマングローブ俯瞰

バスに乗ってホテルへ帰る途中
写真ストップしてくれた
「マングローブが見えます」と

マングローブの中を蛇行する川がなんとか見える
もうちょっと高いところから見下ろせれば
もっと潮が満ちていれば
と思うが
バスを止めてくれたことに感謝しなければ・・・

とは言うものの・・・
ここは他力本願
JALの写真をお借りしておく

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◎  マングローブ(3) 


干潟に上陸して
説明を受けたり
写真を撮ったり


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メヒルギ(雌蛭木)

整然と並んでいるが植林したわけでない


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オヒルギ(雄蛭木)

メヒルギとオヒルギとあり
「雌」と「雄」かと思うがそうでなく
単に名前がそうなっているだけとのこと


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オヒルギの花

赤いのはガクで
中に黄色い花があると聞いたので
下から撮ってみたが
黄色い花は見えなかった
これから伸びてくるのかもしれない


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若木

ヒルギ科の植物は
果実が枝についている状態で
根が伸び始め
ある程度の大きさに達すると
その根の先端に新芽がついた状態で
果実から抜け落ちる。
親植物の上で子植物が育つので
このような種子を胎生種子と呼ぶ。
親を離れた種子は
海流に乗って分散(海流散布)し
泥の表面に落ちつくと成長を始める。
親植物から離れてすぐ
下の泥に突き刺さり
その場所で成長することもある。

(Wikipediaより)


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